第6話 INCREMENT
───決勝戦当日の朝。
事務所前には、壱ノ国代表一行が勢揃いしていた。
「後は李空だけだな」
ぐるりと見回して剛堂が言う。
「りっくんどうしたんだろう・・・」
と、心配そうに真夏が呟く。
「案外ビビって逃げ出したんかもしれんな」
そんな風に横から口を挟んだのは平吉だ。
その言葉に、真夏は不満げに唇を尖らせる。
「そんなこと絶対にないもん!りっくんは絶対くるもん!」
「せやな。ワイもそう思うで」
「え?」
キョトンとした顔をする真夏に、平吉はニヤリと笑みを浮かべた。
ちょうどその時。
曲がり角の向こう側から人影が見えた。
「はあ、はあ・・・すみません。間に合いました?」
「りっくん!」
その人物、李空が現れたことで真夏の顔がパアッと明るくなる。
そのまま駆け寄り、李空の胸に飛び込んだ。
「一週間ぶりのりっくんだ!」
「泥棒猫!抜け駆けはダメですよ!」
そこに一歩遅れて七菜も参戦し、真夏を李空から引き剝がさんと奮闘する。
なんとか抗おうと李空の体に身を埋める真夏が、何かに気づいたようにパッと顔を上げた。
「・・・あれ?何か臭うよ!」
「え?・・あー、そういえば風呂に入るような暇なかったもんな・・・・」
納得し、少し申し訳なさそうに呟く李空。
一瞬間に及ぶ修行の証が、臭いという形になって李空の体を纏っていたのだ。
「一週間分の異臭を感じる・・・一週間の異臭感でありんすね」
「!」「!」
話を聞いていた架純の唐突な親父ギャグに、みちるの両腕に宿る「える」と「ある」が反応を示す。
ダジャレはみちるの笑いのツボなのであった。
「よし!これで全員揃ったな!」
と、気を取り直すように剛堂が言う。
「そうでござるな!」
李空の背後から聞こえてきた声に、李空以外の人物たちがハッとした顔をする。
(卓男くんのことすっかり忘れていました)と、美波が顔に出し。
「えーと、誰だったか・・・」と、京夜がボソッとひどいことを呟く。
七菜の手によって李空から引き剥がされた真夏も、ようやく卓男の存在に気づいた。
「あれ?卓男くん痩せた?」
「そ、そうでござるか!?」
「うん!ふろーしゃ、って感じ!」
「う、嬉しくないでござる・・・」
珍しく的を得た例えに、卓男ががっくりと項垂れる。
その様子を眺めていた平吉が、場を仕切るように咳払いを一つ。
「あー、あれや。決勝の時間までまだ少し余裕がある。お前ら、事務所の風呂にでも入って体清めてこい」
「浮浪者だけに、でありんすね」
「!」「!」
餌を前にしたように「える」と「ある」が顔を上げ、みちるがプルプルと肩を震わす。
そんな緊張感のないやりとりを交わしながら、決勝戦が行われる1日は始まった。
美波の才『ウォードライビング』によって、事務所から央へとやってきた一行。
央を囲むように建てられた、才の効果を一切無効化してしまう城壁の性質の元、零ノ国へ入国するために一行は一度その内側へと移動する。
「さあ、もう一発いきますよ」
せっせと美波が地下行きの『ウォードライビング』の発動準備をする。
その僅かな待ち時間に、李空が何かに気づく。
「あれ?お前ついて来るのか?」
その視線の先にいたのは、卓男であった。
彼は初めてここを訪れた際、美波の『ウォードライビング』の座標として一人央に残り、なんだかんだあって『TEENAGE STRUGGLE』の解説者の役を代理することになったのだ。
座標の代わりとなる『サイポイント』を入荷したことで央に残る必要がなくなった後も、卓男は毎回のようにその役を担っていたのだが、今日は皆と一緒に零ノ国へ入国するらしい。
「・・・ござ。拙者はもう必要とされていないんでござる。知っていることは喋れることの前提条件であるが、知っているからといって喋れるわけではないでござるよ」
「・・・・・そうか」
卓男の言葉の意味は全く分からなかったが、李空は適当に頷いた。
卓男の台詞は、自分探しの旅に出た理由とも直結していた。
それは、先日の伍ノ国戦の時の話。
因縁のあった本来の解説者であるオクターと和解し、ダブル解説者として二人で解説を行ったのだが、その際にプロとの違いを痛感したのだ。
マニアとしての知識はあっても、解説が上手くできるとは限らない。
そんな当たり前のことに、卓男は今更気づいたのである。
「あのー。もう行くよー」
「あ、すみません」
「ござ」
準備が整った美波に声をかけられ、李空と卓男が返事する。
光の球体に壱ノ国代表一行総勢10人が乗り込み、そのまま零ノ国へと飛び立った。
華やかな貴族の街からその姿を一変させる零ノ国へと移動し、一行は決勝戦の会場を目指す。
「お待ちしてました。早速案内を始めますね!」
一行の入国を己の才『千里眼』にて確認し、待ち構えていた零ノ国案内人コーヤが、先頭に立ち案内を始める。
「いよいよ決勝ですね。皆さん頑張ってください!」
「ああ。おおきにな」
ニカっと笑う平吉に、コーヤは優しく微笑んだ。
さて、その光景もすっかり見慣れてきたここ零ノ国。
この国では、実に千人ほどの人間たちが生活している。
それは犯罪者や貴族の隠し子といった、表の世界では存在が許されない者たち。またはその者たちの子ども。さらには、その者たちを統治するために派遣された下級貴族の子どもなど、様々であった。
そんな中、総じて言えることは一つ。
零ノ国の民は、誰一人としてここでの生活を望んではいなかった。
「ここが零ノ国でござるか・・・」
何気に来るのは初めてである卓男が、興味深そうに辺りをキョロキョロと眺めながら呟く。
そんな新参者の卓男を置いていくように先をいく一行の先頭で、平吉は思い出したように李空に声をかけた。
「そういや李空。三仙人のとこ行っとったんやってな。どや?変人ばっかやったろ?」
「はい。それはもう大変でしたよ・・・」
「せやろな」
苦労が滲み出た李空の言葉に、平吉が愉快に笑う。
「試練はクリアできたんか?」
「はい。何とか間に合いました。あ。そういえば、海千兄弟が応援に来るそうですよ」
「そうか。そりゃあ不甲斐ないとこは見せられへんな」
「ですね。滝壺さんたちは来るんですか?」
「あいつらは表の大会中やからな、間に合ったら来る言うとったで」
「そうなんですね」
平吉から引き継ぎ、新しくサイストラグル部の主将となった滝壺楓や、李空との因縁がある炎天下太一などが所属するサイストラグル部は、部活としてのいわゆる表の大会に出場中なのであった。
「試練をクリアしたとなると、李空の修行は成功やったと思ってええやろ。京夜の方はどないや?」
「そうですね。なんとか形になりました」
「そうかそうか。みちるは?」
「成功か失敗か。一口には言えないえ〜る・・・」
「ただ、進展はあったあ〜る!」
「なるほどなあ。架純は・・・まあええか」
「なんででありんす!」
選手一人一人の状況を把握し、壱ノ国代表将は飄々とした態度の裏で思考する。
三仙人の元で三つの試練をクリアした李空に、美波の家で新技の開発に成功した様子の京夜。完璧とはいえないまでも手応えは感じている様子のみちる。
架純に関しても今日に合わせてしっかりと調整してきていることは、誰よりも平吉がよく知っていた。
「準備は万全。あとは闘うだけやな」
いつもは見せない裏の顔を垣間見せ、平吉は一人呟いた。
「さあ、決勝の舞台が見えましたよ」
出発地点から歩いて30分ほどの地点で、先頭のコーヤが振り返り、一行に告げた。
地下に当たる零ノ国側からは分かりにくいが、ここは央の中央部の真下。
つまり、円状の大陸の中心に当たる場所である。
零ノ国の住民のほとんどはこの中央部付近に住んでおり、名目上この周辺は零ノ国唯一の街ということになっている。
といっても、央から落とされる食料や衣類を基盤とした生活を送る国民が、街の繁栄に割ける余力はなく、人が暮らしている痕跡がある場所、といった表現の方がしっくりくる。
そんな街のど真ん中にて、周りとの比較でその存在をいかんなく発揮する建物。
闘技場と言われて連想するような円状の建物こそが、今回の決勝会場であった。
「「「うおおおおおおお!!!」」」
コーヤの案内で選手用の入り口をくぐると、割れんばかりの歓声が闘技場を包み込んだ。
中央の特設リングを囲むように設置された観客席は既に満席。
零ノ国の住民は全員が全員顔を出し、千人と少し収容できる席を埋めている。
「お!みんな着いたっぺな!」
「んだべ!試合楽しみだっぺな!」
その中には海千兄弟の姿もあった。
零ノ国の民たちに混じってだべだっぺと歓声を飛ばしている。
「すごい熱気だな・・・」
注がれる熱を持った声たちに、李空は感心したように呟いた。
「どうした?怖じ気ついたんか?」
「まさか。むしろ逆ですよ」
その様子を見逃さなかった平吉の問いかけに、李空は笑って答える。
才を授かってからというもの、落ちこぼれの「玄」としてぞんざいな扱いを受けてきた。
それが一変。『オートネゴシエーション』本来の能力に目覚め、今ではこうして大勢の人間の注目を浴びている。
その事実は、李空の心を激しく震わせた。
「それなら安心やな。頼むで大将さん」
李空の肩をポンっと叩いて、平吉はリング横の選手控えのベンチへと向かった。
決勝会場のリングの北側と南側にはそれぞれの国のベンチが置かれており、北側が壱ノ国のベンチである。
また、東と西にはリングを挟むようにして二つの像が向かい合っていた。
「あれは何です?」
その像のことが無性に気になった李空は、ここまで案内してくれたコーヤに問いかける。
「あれは『偽ノ王像』と呼ばれている像ですね。以前話した『真ノ王像』と同じく詳しいことは一切解っていませんが、偽物の王を表していると言われています」
そこまで話して、コーヤはハッとした表情をする。
「そういえば、以前『真ノ王像』の石版を解読してましたよね!この『偽ノ王像』にも同じく石版があるんですが、良かったら読んでみてくれませんか?」
そう言うコーヤの視線は、以前己の才『コンパイル』によって『真ノ王像』の石版の内容を解読してみせた、七菜に向いていた。
「七菜。俺からも頼めるか?」
「もちろんです」
七菜が頷き、一方の像の方へと近づく。
その前にある石版に触れ、七菜は静かに口を開いた。
「『偽ノ王トハ負ノ上に正ヲ築ク存在デアル』と、書かれてますね」
それからもう一方の像の方へと移動し、石版に触れる。
「『正ハ負ヲ生ミ、負ハ負ヲ育テ、正ハ正ヲ信ジ、負ハ正ヲ殺スダロウ』・・・よく分かりませんね」
「・・・・・だな」
困り顔でこちらを見てくる七菜に、李空が静かに頷く。
その後ろでコーヤも首を捻っていた。
「「「うおおおおおおお!!!」」」
そこに響く大きな歓声。
「いよいよだな」
「せやな」
剛堂と平吉が一方を見つめながら呟く。
その一方、壱ノ国代表一行が入場してきたのとは対極に当たる場所に姿を見せたのは。
「セウズ様。相手は既に到着しているようですね」
「ああ。知っている」
『TEENAGE STRUGGLE』決勝の相手。絶対王者セウズ率いる、肆ノ国代表一行であった。
一方、央の街中にある巨大モニター前。
そこには、立派な身なりの貴族たちが『TEENAGE STRUGGLE』決勝の模様を見届けようと集まっていた。
「まさか最高オッズの壱がここまで健闘するとは。予想外でしたね」
「そうですな。しかし肆は流石に返せないでしょう。今日は消化試合みたいなものですよ」
「言えてますな」
その内の二人の貴族が、顎髭を摩りながら雑談に興じている。
その場のほとんどが肆ノ国の勝利を疑わず、それによる賭け事への影響などを話している中、1組の男女は全く違う内容の会話をしていた。
「住子!京夜くんが映ったぞ!」
「本当ですね!京夜くん頑張れー!」
その二人。京夜の義親は、賭け事など関係なしに京夜が在籍する壱ノ国の応援をしている。
「また墨桜さんのところですか・・」
「全く。貴族の嗜みがなっとらんですな」
その二人を疎ましそうに眺めながら、先ほどの貴族が呟いた。
さて、こちらは巨大モニターの裏に設置された放送ブース内。
「今日は変な理由を付けて休まなかったんですね」
「勿論でごわす。ロムちゃんとリムちゃんに誓ったでごわすから」
「そうですかー。よろしくでーす」
解説者オクターの暗号を解読することは早々に諦め、実況者のミトがテキトーに返す。
会場の様子を映したモニターを眺めていたミトが、何かに気づいたように口を開いた。
「あれ?あの見た目、卓男さんですよね?」
「ん?ごわすな」
「何で今日はあっちに・・・。オクターさん、何か知ってます?」
「ごわー、言われてみると伍ノ国戦の時から様子が・・・。そういえば、先日の『2スロ』のイベントにも顔を出していなかったでごわすな」
「ふーん。事情は知らないけど、今日で最後なのにこっちに顔も出さないなんて・・」
「もしかしてヤキモチでごわす?」
「あはは。それは無い」
「ごわすよねー」
キッパリと言い放ち、ミトは原稿に目を通し始めた。
地上、地下共に決戦の準備は着実に進む。
その刻は近い。
どの国にも属さず、かといって央でも零ノ国でもない。ここはいわば未知の領域。
薄暗い空間の一点に、強くも淡い一つの灯が煌る。
まるで生命を具現化しているかのような、安らぎと不安を同時に覚える不思議な灯である。
それを守るかのように取り囲む円卓。
そこには、灯に照らされる何人かの人影が確認できた。
その内の一人。
机上に置かれた石版に熱心に向かう一人の女に、本を携え知的な印象を受ける、別の席の女が指摘する。
「また掘っているのですか?」
「ええ。書き記すようにと声がしますから」
「今更あれこれ言いませんが、私は反対ですからね。書き手ですら読めないメッセージなんて、バグの要因になりかねませんから」
「あら。天秤がどちらに傾くかは、未来の観測者次第でしてよ」
「何度聞いても、責任を逃れる為の言い訳にしか聞こえませんけどね」
そんな風に互いに目も合わさず、女同士の静かな闘いが繰り広げられる中。今度は別の席の片眼鏡を掛けた男が、円卓の人数を確認し、皆に向けて口を開いた。
「今日はよく集まってくれました。これより我らがN王は目覚めの刻を───」
「おい!なんでテメエが仕切ってんだよ!」
設置された椅子の数と同じだけの人が囲む円卓。
全部で十二ある内の一つの椅子に座る別の男が、不機嫌そうに声を荒げる。
ガラの悪い、ヤンキー風の男であった。
その様子を眺めていたこれまた別の女が、呆れた様子で口を開く。
「はあ。久しぶりにアンタの姿見たけど全く変わって無いね。牛みたくモーモー言っちゃってさ」
「んだと!テメエもその毒舌は健在みてえだな!」
「何勘違いしてんのさ。毒舌は親しい人に愛情の裏返しとして送るものだよ。アンタに向ける愛を私が持っているとでも?」
「よし分かった。テメエ表出ろ」
「何言ってんのさ。ここに表も裏もないでしょ」
「両者、落ち着きなさい」
口論する男女を宥めるように、また別の男が口を開く。
先ほどの男とは逆の目に片眼鏡を掛けた、執事を連想させる風体の男である。
二人は口を閉ざして尚睨み合いを続けていたが、やがてどちらからともなく斜め上に視線を逸らした。
「助かりました」
「何、気にすることはないですよ。いつものことです」
初めに皆を仕切ろうとしていた男が礼を言い、後続の男が静かに頷く。
それから初めの男が咳払いをし、言葉を紡いでいく。
「それでは改めて。N王目覚めの儀式。『リ・エンジニアリング』の内容を確認していきます」
その言葉に、先ほど口論をしていた男女や石版で揉めていた女達も目の色を変え、その他の者たちも纏う空気を幾許か重くした。
「ということは、必要なエネルギーは揃ったんだな?」
と、声を荒げていた男が冷静さを取り戻したように問う。
「いえ、第一段階分にも及んでいません」
「は!?ならまだ無理だろうが!」
「そうもいってられない。N王のタイムリミットがありますので」
「それはそうだが、足りない分はどうすんだよ」
「それは問題ない」
今度は科学者風の男が言葉を引き継いだ。
「鍵を見つけた。コレさえあれば万事解決だ」
十二の席の空間上に、それぞれ同様の映像が映し出される。
「コイツがそうなのか?」
「ああ。この者こそが『リ・エンジニアリング』の鍵となるだろう」
そこには、一人の人物が映っていた。
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