第3話 ORDEAL OF LAND
「何かこういう展開多くないか・・・」
強打した尻を摩りながら、李空は誰に向けてでもなく呟いた。
おそらくは陸仙人の仕業で、李空は居間の地下部分へと落とされた。
上部に見える居間の明かりは、それなりに遠く感じられる。
建物2階分ほどの深さだろうか。
壁の表面はツルツルで、自力で登ることは困難に思われた。
「すまんかったのう。大丈夫か?」
「うわ!」
李空は素っ頓狂な声を上げた。
それもそのはず、すぐ側にやたら画質の荒い陸仙人が出現したのである。
その姿は古い映像のようで、所々にノイズが走っていた。
「おっひょっひょ!良い反応じゃの!」
「まさか落下の衝撃で・・」
「死んどらんわ!そもそも落ちたのは主だけじゃ」
「・・・なるほど。才の能力ですか」
「飲み込みが早いのう。そうか、相手の才の概要が判るんじゃったか?」
「はい。ミラーってそういうことだったんですね」
「そういうわけじゃ。繰り上がりを繰り返したおかげで、すっかり質は悪くなってしもうたがの」
荒い画質の陸仙人は、自虐の笑みを浮かべた。
陸仙人の才は、その名を『ミラーリング』という。
自身の姿を映し出したり、周りの景色に溶け込ませたりと、実に汎用性の高い能力だ。
しかし、「繰り上がりの法則」によりその質は確実に落ちており、先述のようなクオリティとなっているのだった。
「というわけでじゃ。『陸ノ試練』の概要を説明するぞ」
「それなら上でしてくださいよ・・・」
李空のぼやきをまるで無視して、陸仙人の虚像は話を進めていく。
「今、主がおる穴底の周り。よく見ると隙間が空いとるじゃろ?」
なるほど、陸仙人に言われて見てみれば、円柱状の穴の円周をなぞるように、僅か数センチの隙間が、何メートルかおきに空いていた。
その先に、さっきまでいた居間の光がある。
「その隙間こそ、主の命綱じゃ。そこから出てくる足場を頼りに、上まで登りつめるが良い。足場は主の動きに合わせて出現するぞい。説明は以上じゃ」
「動きに合わせて、か・・・・」
陸仙人の言葉を頼りにギミックを推測し、李空は試しに軽くジャンプする。
すると、「ゴゴゴ」といった音と共に、一番下の位置に当たる隙間から一枚の透明な足場が飛び出した。
ジャンプの高さは問題なかったが、李空が飛んだ位置と出現した足場の位置はてんでばらばらで、李空はそのまま元居た地面に着地する。
出現した足場は、少しして元の場所に引っ込んだ。
「・・・・・」
その際に、陸仙人の虚像にちらりと目をやる。
画質の悪いその顔は、無言でいやらしい笑みを浮かべていた。
どうやら、ヒントを与える気はないらしい。
李空は少し苛立ちながらも、先ほど足場が出現した位置に移動し、ジャンプする。
「は?」
しかし、足場はこれまた別の位置に出現。
同じ高さの隙間からではあるが、その位置は真逆であった。
李空はそのまま虚しく地面に着地。
そして、陸仙人の方をちらり。
「・・・・・」
翁の虚像は、「にんまり」といった言葉がぴったりな、18禁レベルのいやらしい笑みで、李空の顔を無言でじっとりと見つめていた。
「あの、気が散るんですけど」
「いやー、すまんの。試練に苦戦する生徒の姿を見るのが、女子(おなご)の裸の次に好きでの」
「最悪ですね」
李空が呆れ返った顔で言うと、陸仙人は愉快そうに笑った。
「邪魔をするのは本意で無いし、後は上で眺めることにするかのう」
「謎は自力で解けと、そういうことですね?」
「勿の論じゃ」
その言葉を合図に、ニヤリと笑う陸仙人の虚像に強烈なノイズが走り、その姿は消えた。
「まずは位置を把握する手段を探さないとな・・・」
誰もいなくなった穴底で、李空は一人呟く。
上で陸仙人に観察されていると思うと不快になるが、考えても仕方がないので思考から排除することにした。
いつもは『オートネゴシエーション』のヒントがあるが、例の隙間から出現する足場から、才特有の反応は見られない。そのため、今回は自力で答えに辿り着くしかない。
「推察するにも、まずは情報収拾だな」
その仕様を特定するために、李空はその場で何度かジャンプをしてみる。
それに合わせて、一段目の隙間から足場が出現する。
問題はその位置だが、李空がジャンプしている位置は同じであるのに、出てくる足場の位置はバラバラであった。
「俺の位置情報を利用しているわけではないのか・・・」
となれば、足場の出現位置は完全ランダムである可能性が高い。
「『インプット』か・・・」
思考を巡らす李空の脳裏に、陸仙人の言葉が過る。
次いで李空が検証したのは、足場が隙間から飛び出すタイミングであった。
「試練」と言うくらいだから、きっと運を必要する類の仕様ではないだろう。
その条件で足場の出現位置がランダムとなると、飛び出す足場に動的に対応が可能、という説が生まれてくる。
李空は、動きを何倍にもスローモーションにして、ジャンプの動作をする。
比較的低い位置を到達点としたジャンプ。
「ビンゴだな」
地面に着地した李空は、満足げに笑みを浮かべた。
「けど、普通に難しいなこれ」
円柱状の穴の底の中央で、李空は困ったように呟く。
先ほどのスロージャンプの結果から、足場が飛び出るタイミングは、李空が地面を離れる瞬間よりも少しだけ早いことが解った。
つまり、飛び出る足場の位置に合わせてジャンプすることが、理論上では可能となる。
しかし、それはあくまで理論上の話で、体が思い通りに動くかどうかは、また別の問題であった。
「今のは惜しかったな・・・」
『陸ノ試練』開始から既に1時間ほどが経過。
段々とコツを掴んできた李空は、ようやく一段目の足場に乗れる希望が見えてきた。
そして、その瞬間は訪れる。
「よし!やっと乗れた・・・うゎ!」
ようやく一段進んだと安堵した李空であったが、その足場は一瞬にして引っ込み、李空の身体は穴底へと再び突き落とされた。
「そういうタイプね・・・」
いい加減落下にも慣れてきた李空は、冷静な脳で分析する。
李空はこの『陸ノ試練』を、一段ずつ順にクリアしていくタイプのモノだと勝手に判断していたが、どうやら違ったらしい。
足場はプレイヤーの有無に関わらず、一定時間で引っ込む仕様であった。
詰まるところ、ゴールである居間までノーミスで辿り着く必要がある、というわけだ。
「これは一筋縄ではいかないな」
李空は気合を入れ直すように、太ももをパンと叩く。
足場が飛び出る隙間の位置はそれなりに高い。
そのため、結果がどちらにせよ、毎度その高さまで跳ぶ必要があるわけだ。
現状、成功したのは一度だけであるが、その疲労は李空の主には脚に、確実に蓄積していた。
「他のメンバーもやってるんだ。これくらいどうってことない、よな」
同じく何らかの行動をしているであろう、壱ノ国代表の面子を頭に浮かべて、李空は己を鼓舞するように笑う。
李空の孤独な挑戦は、まだ始まったばかりである。
───その10分ほど後。
李空は二度目となる、一段目の着地に成功していた。
「同じ轍は踏むかっての!」
以前の失敗を糧に、興奮気味の心を鎮めながら、すぐさま次の足場目掛けて跳ぶ。
しかし、
「なっ!」
二段目となるその隙間からは、なんと二つの足場が出現。
李空は軽い混乱状態の中、咄嗟に近くの方の足場に跳び乗った。
が、その足場はどうやらハズレだったようで、李空の身体は幽霊のように足場をすり抜け、再び穴底へと突き落とされた。
「初見殺しもいいとこだな・・・」
苦笑を浮かべながら、李空はゴールを見上げて呟く。
二段目にして二つに増えた足場。その内の一つは囮(ブラフ)であった。
つまり、出現する足場に向かって跳ぶだけではなく、それと同時にどちらが正解かを見極める必要があるわけだ。
そして李空は、先ほどの一回で、その判別方法を見抜いていた。
「あの色は、信じていいんだよな」
二段目に出現する二つの足場。その一方は、親切にも真っ赤に染められていたのだ。
仮説を検証すべく、李空はすぐさま再挑戦する。
一段目。すっかりコツを掴んだ李空は一発で足場に跳び乗る。
そのままジャンプの予備動作。それに合わせて、赤の足場と透明な足場が同時に出現する。
その情報を一瞬でインプットし、李空は赤の足場に向けて跳ぶ。
して、その足場は李空の体をしっかりと支えた。
失敗に学び成功に浮かれず、李空はすかさず次の段を目指す。
三段目となる隙間からは、三つの足場が飛び出た。
「そのくらいは想定内だ!」
それに李空は驚きを見せず、同じく唯一の赤の足場を目指して跳ぶ。
しかし、後一歩のところで届かず、李空は再び穴底に落ちた。
「・・・ふう。地道にやってくしかないか」
一見、地味にも思える内容だが、李空はこういった類のものが嫌いではなかった。
ゲームに夢中な子どものように笑いながら、李空は再び健気に跳び始めた。
『陸ノ試練』開始から3時間ほどが経過。
李空は遂に五段目の足場までやって来ていた。
「自己ベスト更新っと・・」
飛び出た五つの内の正解の足場に跳び乗り、李空は六段目となる次の足場を目指す。
が、そこから飛び出た六つの足場はどれも透明であった。
「また初見殺しかよ!」
唐突な仕様変更に、李空は呆れ混じりの怒りを露わにしながらも、今度は無駄な抵抗をせず、「見」に徹する。
ヒントになるはずの情報を見逃さないように、その光景を目に焼き付けながら、李空は穴底へと落下していった。
そのまま地面に背中から落ち、「うっ!」と呻き声を上げる。
「六段目となると流石に高いな・・・」
顔を歪めながら上体を起こし、胡座をかいて思考を巡らす。
六段目の隙間から飛び出した六つの足場。
それらはどれも透明で、見た目の違いはなかったように思えた。
ということは、色以外のヒントがどこかに隠れているはずだ。
目を瞑り、『インプット』した情報を頭に浮かべ、違和感を探る。
その行為はまるで間違い探しのようで、謎解きゲームをしている時の感覚に似ていた。
「七菜の才なら一発で読み解くんだろうな・・・」
推理の途中、李空の脳内に妹の存在が過る。
透灰七菜の才『コンパイル』は、その対象を才に限らない。
それに対し、李空の才『オートネゴシエーション』は、才に反応する。
今回の『陸ノ試練』で使用されている足場は、どうやら才とは無関係であるため、李空はこうして苦戦を強いられているのだった。
「・・・ん?もしかして・・」
李空の脳内で、情報の点と点とが繋がり一つの線となる。
導き出された仮説を試すため、李空は再び立ち上がった。
一方、その頃。
こちらは、イチノクニ学院『二星寮』の一室。
そこには、今となってはルームメイトである、晴乃智真夏と透灰七菜の姿があった。
「泥棒猫!これはどういうことですか!」
可愛らしい声を荒げて、真夏に詰め寄る七菜。
その小さな手には、何の変哲もない目覚まし時計が握られていた。
『あー、あー。こちらりっくん!なっちゃん!朝だよ!あー、あー・・』
目覚まし時計からは、不自然に低くした真夏の声が連続的に響いていた。
「これ、泥棒猫の声ですよね!」
「え!?どうして分かったの!?」
「くうにいさまは自分のことをりっくんと呼んだり、ななのことをなっちゃんって呼んだりしません!」
「そっか!それもそうだね!」
「えへへ」と舌をペロッと出して、真夏が笑う。
七菜は「はぁ」と溜息をついて、目覚まし時計から響く声を消した。
「学院から帰ったら目覚まし時計の位置がずれていたから何事かと思ったら、一体本当に何のつもりですか?」
「それは、なっちゃんがビリビリさんだからだよ!」
「びりびりさん?」
真夏がビシッと指を立てて言う。
その言葉に、七菜は可愛らしく首を傾げた。
「そう!なっちゃんはりっくんのこと大好きなのに、いつも一歩引いてるでしょ!」
「それは・・・」
思わぬ指摘に、七菜は雷に打たれたようなショックを受けた。
「雷みたいにビリビリ固まるビビリさん!それがビリビリさんだよ!」
「なかなかストレートにきますね・・さすが泥棒猫・・・」
ド直球の呼称に、七菜は言葉を詰まらせる。
「ビリビリさんじゃ、りっくんは倒せないよ!」
「倒すって・・でも・・・・」
真夏の言葉を耳にし、七菜は『TEENAGE STRUGGLE』出場についての想いを李空に打ち明けた時のことを思い出していた。
怒りと心配と信頼と、様々な感情が混じった涙ながらの訴えを、李空は真摯に受け止めてくれた。
そんな兄に、些細なお願いの一つや二つを黙っていることは、信頼を裏切る行為に当たるのではないか。
七菜は自分に言い聞かせるように頷き、言葉を続けた。
「分かりました。なな、お願いしてみます」
「そうこなくっちゃだよ!それで、お願いを聞いてもらえたら───」
「その手には乗りませんよ」
「え?」
「ななにくうにいさまのボイスを録音させて、自分も貰う算段だったんですよね?」
「なんでそれを!?」
七菜の推理に、真夏が分かりやすく驚愕する。
「泥棒猫の考えはお見通しです!」
「そんなぁ・・・」
名探偵風にズバリと決める七菜に、泥棒に失敗した真夏は、猫のように背を丸めて項垂れた。
こちらは『陸ノ試練』に挑戦中の李空。
現在の最高到達点は五段目。
たった今。久方ぶりにそこに到達した李空が、ニヤリと笑みを浮かべる。
「やっぱりそうか」
二段目から五段目までの、正解の足場のヒントとなっていたのは「色」であった。
しかし、六段目の隙間から飛び出す六つの足場はどれも透明であり、見た目の違いは見当たらない。
視覚以外の情報で、判別に利用できそうな要素。
その条件で李空が辿り着いた解は「音」であった。
して、その閃きは見事的中した。
同時に飛び出す足場の内、「ゴゴゴ」と音を立てていたのは、一つだけであったのだ。
「ありがとな。七菜」
視覚以外の情報である可能性、というヒントをくれた盲目の妹に感謝しながら、李空は正解の足場を選択。
そのまま七段目、八段目と順に増える足場を物ともせず、順調に地上へと近づいていく。
そして、十一段目となる隙間。
そこにも初見殺しのギミックが用意されていた。
(「音」が一つじゃない・・・)
そこから飛び出る足場は全部で十一個。
それらはどれも透明で、「ゴゴゴ」という音もあちこちから聞こえてくる。
着地した十段目の足場にて、踏ん張ってから跳ぶまでの僅かな時間の中で、李空はほぼ直感的に跳び先を決めた。
「そうか、音が無い方が正解ってわけか」
行動に移した後で、直感的に感じた違和感の正体を悟る。
そう、先ほどまでとは逆に、十一個の足場の内、一つだけが無音で飛び出ていたのだ。
そして、同じ仕様であった十二段目の足場への着地にも成功し、李空は跳ぶ態勢をとる。
その先にあるのは、十三段目となる隙間。
位置的に最後と思われるその隙間からは、十三の透明な足場が、全て無音で、なおかつ穴の出口を塞いでしまうように飛び出した。
「あのエロ仙人が考えそうなことだな」
そんな理不尽な状況にも李空は絶望の色を一切見せず、ニヤリと笑ってみせた。
「ひええええぇぇ!!!」
李空が『陸ノ試練』を行っている穴底の地上に当たる居間に、陸仙人の悲鳴が響く。
「はあ、はあ・・・。リアルすぎじゃわい・・・」
装着していたVRのゴーグルを外して、息の乱れた陸仙人が呟く。
陸仙人は、剛堂が気まぐれで同封しておいたホラーゲームを暇つぶしにプレイして、そのあまりにリアルな恐怖に腰を抜かしていたのだった。
「・・ん?もうこんな時間か・・・」
時計を見て、陸仙人はよろよろと立ち上がる。
「どれ。食料でも届けるかの・・・ひええぇ!!!」
して、地下へと続く穴の前で、陸仙人は再び腰を抜かした。
それも無理はない。穴からは、先ほどのホラーゲームのトラウマを彷彿させるように、人間の手が伸びていたのだ。
「その反応はひどいでしょ・・」
「・・・お主。まさかもうクリアしたというのか・・・」
穴から這い出てきた人物。透灰李空を見上げて、陸仙人は驚きに目を丸くする。
「はい。ここまで這い上がってきましたよ」
「この時間で全てを見破ったと・・」
「中々大変でしたけどね。特に最後のは、運というか相性が良かったです」
ラストとなる十三段目の隙間から出現したモノ。
それらは足場ではなく、陸仙人の才『ミラーリング』の能力が付与された囮(デコイ)であったのだ。
位置的に、居間に辿り着くには十二段目の足場で十分であり、十三段目の隙間は存在からして囮(デコイ)であった。
そして、才による小細工は『オートネゴシエーション』を持つ李空にとっては無いも同義であり、そのまま地上へ辿り着いたというわけだ。
「・・・まあ、よい。クリアはクリアじゃ。ここで助言を一つ。サイストラグルにおいて、敵と共有する情報には細心の注意を払わねばならぬ。『インプット』は闘いの前提条件。情報を活用するための下準備というわけじゃ」
腰をさすりながらも立ち上がり、何とか威厳を保つように締め括る陸仙人。
李空は顔を歪めながらも、一応耳を傾けていた。
「わしから伝えられることは以上じゃ。ついて来い」
「はあ」
何やら歩き出した陸仙人に、李空は怪訝な表情でついていく。
やがて李空の立ち位置が、居間の隣に当たる和室に敷かれた一枚の畳の上まで来た時、
「さて、次は『海ノ試練』じゃ。頑張るんじゃぞ」
李空を支える畳が、一瞬の内に別のモノへと変化した。
「え?」
禍々しいオーラを纏ったゲートのようなモノは李空の体を呑み込み、その姿は陸仙人の前から消えた。
それを確認すると、陸仙人は外の景色が見える場所まで移動した。
「まさか1日で『陸ノ試練』をクリアするとはのう。数年前の関西弁の子どもで3日じゃったか?当時の奴はまだ幼かったとはいえ、この早さは驚異じゃのう・・・」
そこから見える、薄暗い空に浮かぶ月を眺めながら。
陸仙人は目を細め、どこか嬉しそうに笑みを溢した。
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