『3、そうかぁ……メイドかぁ』


「メイド──っ!??」


 俺は思わず素っ頓狂すっとんきょうな声を上げてしまった。


「しっ」と鋭くとがめられ、慌てて口を押える。芽衣はとにかく話を引き出そうと矢継やつぎばやに質問を繰り出す。


「どうしてメイドだと思ったんですか? 何か根拠こんきょが? っていうか、そのメイドってどういうメイドですか? どこかの家につとめる家政婦かせいふさんって意味ですか? それとも──」


「メイドカフェのメイドだよっ!!」


 当たり前だろ、と松林准教授はき捨てるように呟いた。


 俺の頭の中はカオス的に混乱していた。


「ちょっと話が見えないんですけど……松林先生が出水氏にアレを返してくれるよう話をした時、出水氏と一緒だった女性はメイドの恰好かっこうだったんですか?」


「そんなわけないだろっ」


 またも松林准教授はキレ気味で言い捨てた。


 どうもこの人は苦手だ。話しているとストレスが溜まって行く。まあ、嫌な話をしているわけだから、お互い様かもしれないが。


 松林准教授は、またも舌打ちをしてから言葉を継いだ。


「出水の女の友達らしい女が後からそのレストランに入って来て、メイドの恰好だったんだよ。しかも、出水の女に向かって『客と付き合ってる事が店長にバレたらクビだ』と言った。同じ店で働いてなきゃそんな事言わないだろ。出水がメイドカフェの店員と付き合っていた事は間違いない」


「なるほど……」


 さすが大学の准教授、頭脳明晰ずのうめいせき。状況分析が的確だ。これで性格も良ければ……おっと、余計なお世話だな。俺はとにかく話を進める事にした。


「出水氏と一緒にいた女性の名前は分かりますか?」


「分からない」


「その女性が勤めている店の名前と場所は?」


「それは分かる。その女の友達からは名刺をもらったからな」


 思わず、じいぃぃぃっと見詰めてしまったら、松林准教授は気まずそうに眼を逸らした。


「な、なんだよ。相手が勝手に『店に遊びに来てくれ』って名刺を寄越よこしたんだよ。ぼ、僕はメイドカフェなんて興味無い」


 あっ、この人、嘘をついてる。きっとテトロドトキシンを盗まれた事は金で口をつぐもうとしたし、メイドカフェにも興味ありまくりだ、たぶん、おそらく、間違いなく。


 俺は松林准教授に一緒にそのメイドカフェに行って、出水氏と親密しんみつそうだった女性を探すのを手伝って欲しいと頼んだ。なにしろ松林准教授はその女性の顔を見ているわけだから彼に確認してもらうのがいちばんだ。


 だが、松林准教授はかたくなに「それは出来ない」と拒否きょひしてきた。


「僕はアレの盗難届とうなんとどけを出してるんだ。誰に盗まれたのか今日来た女刑事に伝えたし、出水と付き合ってる女の話もしたよ。責任はたしてる。もういいだろっ!」


 松林准教授の顔には「これ以上は面倒な事に関わりたくない」という強い倦怠感けんたいかん苛立いらだちがありありと浮かんでいた。


 あまりしつこくして、また協力を頼みたい時にわざと非協力的な態度をされては困る。今は機嫌を損ねないほうが良い気がする。


 強引に一緒に行ってもらうよりは、やんわりと協力を引っ張るべきか……


「せめて、そのメイドさんの名刺頂けませんか?」


「名刺は女刑事に渡した」


 うっ、と俺は一瞬言葉を失い詰まりかけた。いや、諦めるものか。


「店の名前とか、名刺をくれた女性の名前は覚えてますか?」


「店の名前なら……」


 メイドカフェの名前を渋々の態で教えてくれたあと、松林准教授はなぜか不満げに俺を睨み付けた。何を考えているのかよく分からない人だ……


「それで出水と一緒にいた女を探せるか?」


「分かりません。でも、やってみます」


 出水氏は爽やかイケメン社長で羽振はぶりも良さそうだったし、なにより、で目立つ人物だ。店の女の子と付き合っていたという事は常連じょうれんだっただろうし、ならば、なんらかの事情を知っている誰かがいそうだ。


 問題は、いきなり来た客に色々と他の客の噂話うわさばなしをしてくれるかだが……そこは知恵を絞ってなんとかクリアするしかないだろう。


 松林准教授は早く帰りたがっていたし、こちらも先を急いでいたので、俺たちはコーヒーを半分も飲まずに店を出る事になった。


 わかぎわ、ふと気になって訊いてみた。


「それにしても、どうして出水氏は毒なんかを?」


「毒を持っていると自信が湧くと言っていた。変な奴だった」


「確かに……変わっていますね……」


 何か引っかかるものを感じたが、その時はそれが何なのか分からなかった。


   ◆◆◆


 松林准教授から聞き出したメイドカフェ──新宿駅の東口側にあるらしい──へ向かって地下街を歩き終えようという時、美波ちゃんのスマホにLINEが届いた。


「あっ、お姉ちゃんだっ!」


「ええっ? お姉さん──っ?」


 ビックリし過ぎて、よりにもよって混雑している歌舞伎町かぶきちょう方面へ出る階段の途中でうっかり立ち止まってしまった。


 後ろを歩いていたオジサンに「危ねぇだろ」と小声で文句を言われる。スイマセンと言う間も無く人波は流れて行った。


 新宿駅東口の人の多さには圧倒される。通行の邪魔にならないようにもかくにも階段をのぼり切り、ライオン広場のはしに居場所を確保する。


 改めて、どういう事かといぶかしむ俺と芽衣に軽く頷いて見せてから、美波ちゃんは凪砂さんにLINE通話を発信した。すぐに応答おうとうがあったようだ。


「お姉ちゃん、今どこに居るのっ? えっ、家に戻れたのっ? うん、うん……え、私? 私は新宿にいる。だって、お姉ちゃんの無実を証明するには真犯人を探さないと……やめてよ、なんでそんな事言うの? 私がなんとかしなきゃ……やだ……だって……」


 美波ちゃんは通話しながら泣き始めてしまった。


 状況がイマイチ掴めないが、凪砂さんが警察から自宅に戻れたという事は、何か捜査に進展しんてんがあったという事だろうか?


「とにかく一旦、美波ちゃんは家に帰って凪砂さんの話を聞いてみるべきだよ。俺たちも一緒に行くから」


 横合いから小声で伝えると、美波ちゃんは素直に頷いた。


「お姉ちゃん。今から帰るから私が家に着くまでどこにも行かないで……うん、うん、私は大丈夫だから……」


 祈るような想いで俺たちは新宿駅に駆け込み、自宅最寄駅へ向かう列車に飛び乗った。


   ◆◆◆

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