『2、嫌味なオシャレ男子准教授』
とはいえ、『どうやって毒を投与したのか』はまったく見当もつかない。
俺たちは、まずテトロドトキシンが最終的には誰の手に渡ったのか調べてみる事にした。
それには剣崎刑事が言っていたように、出水氏と接点のあった人物、特に彼を恨んでいそうな人物を探ってみるのが
今、まさにそうなっているらしい。彼ならば、出水氏を恨んでいたとしてもおかしくない。
彼自身にはアリバイがあるが、仕事の打ち合わせなどで出水氏と会う機会は多かっただろうし、出水氏の交友関係──うまくすれば出水氏を恨んでいた他の人物を知っている可能性もある。出水氏に対しては含むところはあるだろうから教えてくれるのではないか……
その考えを伝えたところ、「良いアイデアだね」と菱山教授はふふっと笑った。
「松林くんは少し
「いきなり会いに行って話してくれるでしょうか?」
不安を口にしたら、大丈夫だよ、と菱山教授は人差し指を立てた。
「
「それ、すっごく助かりますっ! ありがとうございますっ!」
美波ちゃんは菱山教授に抱き着かんばかりに喜んで、その後、深々とお
「なんだか本物の探偵みたいだね?」
芽衣は俺にだけ聞こえる小声でそう言うと、こっそりウインクして来た。
本当にそう上手く行くのだろうかと俺は相変わらず不安だったが、やるしかないという状況に変わりはない。とにかく、その作戦で行くことにした。
◆◆◆
俺たちは菱山教授の紹介で
連絡を取ってもらうと、松林准教授は新宿に出ていて、なおかつ、K大のキャンパス内でキナ臭い話をして学生に聞かれたら都合が悪いとも言われたとの事で、俺たちはわざわざ新宿まで移動し、西口から少し歩いた場所にあるカフェで松林准教授と待ち合わせた。
その頃には、時刻は午後四時を回っていた。
「おまえたち……口は堅いんだろうな……?」
松林准教授は会うなり俺たちをギロリと
今時の若者らしい外見であまり学者らしく見えない。白い
俺はひきこもりなのでファッションには
松林准教授は周りの客層と少し雰囲気が違う。ビジネスマン風の身なりの客が多い
ものすごく取っ付き難いし、ものすごく付き合い難そうなタイプだ。
つうか、俺はぶっちゃけオシャレ男子は苦手なのだ。地味なひきこもり系男子である俺の
くそうっ、羨ましいし、妬ましいぞ~っ。
とりあえず「初めまして」と挨拶し、俺が代表で名乗り、芽衣と美波ちゃんの事は「妹と、妹の友達です」と紹介した。
「あ、そう」と興味無さげな声で言いながらも、下から睨め付けるような意地の悪い視線でジロジロと二人の美少女を見ているのが不快だった。
芽衣と美波ちゃんを値踏みしているのだと分かってしまって腹が立つ。
あまつさえ、「まあまあかな」などと呟きやがった。
ふざけんなーっ!!
これが、少し
菱山教授は評価が甘過ぎないか?
これ、少し捻くれてるってレベルじゃないよね?
しかしっ、訊くべき事は訊かねばならないっ!!(ムカつくけど~)
俺は乱暴に息を吐き出し、気分を切り替えてから松林准教授に向き直った。
「単刀直入に訊きます。出水さんにテトロドトキシンを盗まれたっていうのは本当ですか?」
「しっ、声が大きい。誰かに聞かれたら……」
そう言った途端、店員が注文を取りに来て松林准教授はムッとした顔で黙り込んだ。
ここまであからさまに不機嫌オーラを出す人を現実で見たのは初めてだ。
会って
俺たちは
「それで、どうなんですか?」
ふんっ、と鼻を鳴らしてから松林准教授は話し始めた。ずっと腕と脚を組んでいる。
「僕は、出水が研究室から帰った後、テトロドトキシン……いや、アレの箱がいくつか無くなっている事に気付いて、すぐに返すように言ったんだ。一箱の内容量は1ミリグラムでも
松林准教授はどうやらテトロドトキシンという単語を使う事を避けたいようだ。俺はその
「アレは返してもらえたんですか?」
「いいや、あいつは笑って取り合わなかった。アレを返す代わりに金を払うって……」
「まさか……売ってないですよね?」
「そんな事をするわけがないだろう。僕は仮にも准教授だぞ」
その
最初は出水氏が盗んだのかもしれないが、最終的に金を受け取って誤魔化そうとしたんじゃないかと
だが、それはこの際どちらでもいい。
とにかく──出水氏が毒を盗んだという事だけハッキリすれば、犯人は出水氏が毒を持っていた事を知っていて、なおかつ、それを隠していた場所に近付けた人物に
「出水氏がアレを持っている事を知っていた人物に心当たりはありませんか?」
「あるよ」
あっさりと言われて逆に俺は
「えっ? 本当ですかっ?」
松林准教授は慌てて
店員がコーヒーを運んできたのだ。
しばし話は中断される。なんともいえないストレスを感じる。
松林准教授は
「僕がアレを返してくれって話をした時、出水は女と一緒で、僕がアレの事は言うなって止めたのに、平気でその女にアレの事を自慢し始めたんだ。かなり
それを聞いた途端、美波ちゃんはガタンッと椅子を揺らし、黒レザーのバッグから焦って自分のスマホを取り出した。派手な物音で周囲の視線を引いた事が気に
美波ちゃんは構わず待ち受け画面を松林准教授に突き付けた。
「それって、この女性ですか?」
そこに写っている凪砂さんを指差しながらテーブル越しに美波ちゃんが詰め寄ると、眉間に深い
「いや、別の女だ」
ホッ、と俺たちは三人とも全身を
良かった……と美波ちゃんは安堵の溜息をつき、椅子に深く身を沈める。
凪砂さんとは別に、毒の
さっそく手掛かりがつかめた──
凪砂さんではない別の人物が犯行に使われた毒の存在を知っていたという事は、その誰かが犯人かもしれないという事だ。
その誰かは、出水氏と凪砂さんがふたりきりで乗っていた太平洋上のヨットに、モーターボートか何かで近付いて乗り込み、謎の方法で出水氏の血中に(どうにかして痕を残さずに)テトロドトキシンを投与し、出水氏を殺害したのではないか。
凪砂さんの無実を信じている以上、別の誰かがそれをやったと俺たちは考えざるを得ない。
芽衣は俺に
「その女性って、どういう人なんですか?」
「メイドだよ」
「メイド──っ!??」
◆◆◆
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