第四章
『1、探偵は刑事に嫌われる』
ここでコホンと
「実はね、問題になっているのは犯行に使用されたテトロドトキシンの出どころだ。合成テトロドトキシンは一部の
「そうなんですか?」
「僕に、経口あるいは肛門からの摂取でも注射でもない方法で毒物を血中に投与する方法が無いか訊ねに来たというのは
サラリと「ギブ&テイク」「野次馬的好奇心」などというとんでもない言葉を口にした菱山教授は、そのくせ
「ま、まさか、菱山教授も事件への
「いやいや、そうじゃない。僕が疑われているならマシだよ。疑われているのは、うちの准教授の
慌てた様子で菱山教授は片手で間違いを
「どういう事ですか?」
疑われているのは菱山教授ではない、別の准教授なのか……
「困ったことにね。
菱山教授は語尾を
「とにかく、出水くんと松林くんにはそういう接点があり、なおかつ松林くんは研究室でテトロドトキシンの
松林准教授──その人なら犯行に使われた毒物を自由に持ち出せたのか。
「じゃあ、松林准教授が出水氏を殺害した可能性もありますよね。モーターボートか何かで出水さんのヨットまで行けば……」
それは無理だ、と菱山教授は申し訳なさそうに俺の言を遮った。
「君たちには気の毒だが、松林くんにはアリバイがある。出水くんが亡くなった日は、全国各地の
確かに、その状況では太平洋上のヨットまで行って殺人を行って帰ってくるまで誰にも
「そんなわけで、彼が疑われているのは、毒物の
「でも……いや、だったら、犯人を知っているんじゃ?」
そうだ。毒物を供与したというなら、つまり、毒を渡した相手は犯人に違いない。
すぐに真犯人が分かるじゃないか!
小躍りしそうになった俺たちに菱山教授は残念そうにかぶりを振った。
「松林くんは、テトロドキシンを盗んだのは出水くんだと言っている。出水くんがヨットで亡くなったというニュースを見た後、慌てて警察に
え──っ!!?
「盗んだ? 出水氏が? 松林准教授は犯人に渡したんじゃなくて、出水氏に盗まれたって言うんですか? でも、それじゃ、なんで出水氏は毒なんか盗んだんです?」
「さあ? とにかく、松林くんは出水くんが盗んだと言っている」
意味が分からない──!!
松林准教授が主張している通り、出水氏が研究室から毒を盗んだとしたら、出水氏は自分が用意した毒で殺された事になる。
なんだか頭がこんがらかって来た。
俺の
「どうやって毒を投与したのか──この謎が
なるほど……と、
◆◆◆
「でも警察は状況証拠のみで相沢
「ええっ!?」
「どうしてっ!?」
「そんな……嘘でしょう……」
美波ちゃんはフラッと地面が揺れたかのようによろめいた。
菱山教授は剣崎刑事から聞いたという
「警察は凪砂さんが犯人だと決め打ちしていて、他の出水くんの関係者はろくに
「酷い……お姉ちゃんはどうなるの……」
美波ちゃんは希望が
芽衣が背中をさすって落ち着かせようとしているが、美波ちゃんは震えてその場に座り込んでしまった。
菱山教授が「大丈夫かい?」と優しく手を差し伸べ、美波ちゃんをベンチに移動させてくれたが、貧血を起こしたように顔色が真っ白だ。
「どうしよう……お姉ちゃんが逮捕されちゃう……無実なのに……」
「お嬢さん、諦めるのはまだ早いよ。この事件、凪砂さんを犯人にして解決してしまうには、大きな謎がひとつ、
「謎が解けなければ事件は解明されない……?」
ぼんやりと美波ちゃんは
「さっきも言ったけど、僕は、犯人がどうやって毒を投与したのか、その方法が解明されない限り、犯人も分からないと思っている。逆にいえば、どうやって毒を投与したのか、その方法が解明できれば犯人もおのずと知れるのではないかな──と思う。そして、そう思っているのは僕だけじゃない。剣崎刑事も、僕と同じ考えだ」
「剣崎刑事は……捜査に
「え……?」
「僕はね、彼女が捜査本部に
実は俺も気付いていた。さっき、剣崎刑事の行動でひとつだけおかしな点があると思ったのはソコなのだ。小説やドラマと違うなと引っ掛かっていた。
「それってどういう事ですか……?」
「おそらく、剣崎刑事は、相沢凪砂さんが犯人ではない可能性を申し立てたせいで捜査員の中で孤立しているって事だよ」
あっ──と、俺は声を上げた。
そうだった。凪砂さんが状況証拠のみで送検されると聞いて
「
……と言っていた。これは重要な事だ。
ショックで
「剣崎刑事は君たちの味方だ。でも、剣崎刑事には捜査本部に味方がいない。お嬢さん方は未成年だし、お兄さんもまだ若いが、だからこそ
「俺たちが……?」
「でも私たち、さっき刑事さんに捜査に首を突っ込んだら逮捕するって……」
芽衣の不安げな言葉に、菱山教授はいたずらっぽく笑って片目を
「最初のうちは、探偵は刑事に
「探偵──!?」
俺たち三人は
自分たちでも冗談で「探偵みたいだ」と言ってみたり、菱山教授にも会ってすぐ「探偵さんかな」と
不可能に思われる犯罪の謎を解き明かさねばならないのか──!!
そんなのバカげているし、
人間、やろうと思ってやれる事なんて限られている。そして、たいていは失敗し、
小説やドラマじゃあるまいし、探偵なんて無理に決まっている。
いや、でも、迷っている場合じゃない……
何もしなければ可能性は増えない。
ほんの少し
わずか
やるしかないんだ。
凪砂さんの無実を証明するためには──!!
◆◆◆
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