『3、すんげえ怒られた』
「いいかげんにしなさいっ!」
剣崎刑事に怒鳴られながら、俺は、去って行く中年男性の顔を必死で
覚えておいて後で調べればいい。あの人が教授か准教授、あるいは
上手くやれば何か手掛かりになる情報を聞き出せるかも知れない。
俺はそう思ったのだが、美波ちゃんは彼が
「あの人は誰なんですか!?」
「あなたたちは知らなくていいわ」
剣崎刑事はツンと顔を背けて、とりつく島も無い。
美波ちゃんはそれでも何か聞き出そうと真っ向から切り込んだ。
「お姉ちゃんは無実です。出水さんを殺したのは別の人ですっ!!」
一瞬、剣崎刑事は複雑な顔をした。
「なるほど……あなた、
「お姉ちゃんを家に帰してください。逮捕なんかしないでっ!」
「あなたたちも、あの野村さんという女性も、何か勘違いしているようだけど……出水さんは不審死
「じゃあ、どうしてお姉ちゃんは警察に連れて行かれたんですか? どうしてまだ帰って来ないんですか? 任意同行って、いつでも帰してもらえるんですよね? なのに、一昨日の夜に警察に連れて行かれてから、ずっとお姉ちゃんが帰ってこないのはおかしくないですか?」
「それは……」
剣崎刑事は口ごもったが、すぐに言葉を
「とにかく事情は分かったわ。私があなたの立場だったとしても、お姉さんの無実を証明しようと
「刑事さん、じゃあ、協力してくれるんですか?」
美波ちゃんは期待に満ちた
スッと剣崎刑事は視線を
「それとこれとは別問題よ。さっきも説明したように、本件はまだ不審死として捜査中です」
「でも──」と、俺は思わず声を張り上げていた。
「剣崎刑事は吉川歯科クリニックを出てすぐに誰かと通話しましたよね。その時、この事件、
俺は立ち聞きした事を剣崎刑事にストレートにぶつけた。
自分たちに
「呆れた……通話の立ち聞きまでしていたの?」
案の定、剣崎刑事は眉間の
数秒、俺たちは──剣崎刑事までもが──
「捜査で判明した事は何も言えません」
剣崎刑事は心のドアを閉ざすように冷たく言い放った。
俺は、剣崎刑事が誰かとの通話で言っていた事を必死に思い出した。
●容疑者は凪砂さん一人しかいない。
●だが、犯行時刻に二人きりだったという状況証拠しかない。
●そして、凪砂さんは犯行を
●犯行に使用された毒を入れた容器などの物的証拠は見つかっていない。
●毒物の入手法は
●だから、この事件は冤罪の可能性もある──
「冤罪だと思っているんですよね?」
俺の言葉に、剣崎刑事はぴくりと
「刑事さんっ!」
美波ちゃんの悲痛な呼びかけに、剣崎刑事は数秒固く
「そうね……捜査で分かった事は言えないけど、私が思っている事なら言ってもいいわ」
剣崎刑事はギリギリの
「私は、相沢凪砂さんが犯人だとは決めつけていません。可能性のすべてを調べる──それが捜査の基本だからです。だから、
被害者の
だが、ひとつだけ剣崎刑事の行動におかしな点がある。
俺がグルグル考えている横で、パアッ、と美波ちゃんは再び瞳に希望の色を浮かべた。
「刑事さん、お願い、私にも手伝わせてっ!」
「ダメよ。首を突っ込まないで」
ああっ、もうっ、と剣崎刑事は苛立ちを
「捜査は私たち警察官に任せて結果が出るまでおとなしく待っていなさい。次にこんな事があったら
「そんな……」
「
「っ……」
言葉を詰まらせる美波ちゃんの肩を軽く叩き、剣崎刑事は背中を向けて歩き始めた。
もう剣崎刑事の後は追えない。
頼りのGPS発信機は見付かってしまい、今は俺の手のひらに乗っている。スマホアプリを開いても位置情報が示すのは俺のいる場所だ。尾行の役には立たない。
それに、次にこんな事があったら公務執行妨害で逮捕するかもしれないとまで言われた。芽衣と美波ちゃんに、そんなヤバイ事はさせられない……
「君たち、ちょっと」
おいで、おいで、と
俺たち三人は、黙り込んだまま、お互いの顔を見合わせた。
◆◆◆
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