『2、電車で尾行って出来るんだ』


 俺たちも改札を通って駅構内えきこうないに入り、コンクリートの柱の陰に隠れて剣崎刑事が新宿しんじゅく方面ほうめんゆき列車れっしゃに乗るのを見送り、その二分後にホームに到着した列車に乗り込み、剣崎刑事のカバンに忍び込ませたGPS発信機の位置情報をスマホアプリで随時ずいじ確認しつつあとを追った。


 剣崎刑事は新宿駅で小田急線おだきゅうせんに乗り換え、神奈川県S市にあるK大学のキャンパスに到着したようだった。


 俺たちは剣崎刑事が乗ったと思われる小田急線の次の各駅かくえき停車ていしゃの列車に乗り、剣崎刑事が降車こうしゃしたと思われる駅で列車を降り、タクシーに乗ってK大学のキャンパスに向かった。K大学の正門せいもんまえ到着とうちゃくした時には、自宅最寄駅の改札を通ってから一時間三十分ほどが経過していた。


 時計を見ると、もう正午しょうご近い。


「すごい……こんな探偵たんていみたいな真似まねをさせられるとは……」


 タクシーを降りた時、思わずボソッと呟いたら、芽衣がお目々をキラキラさせて食い気味で同意してきた。


「ほんと、まるで小説の探偵みたいだね」


 いや、どちらかと言うと浮気調査をしている探偵みたいだ、と思ったが、美波ちゃんがコホンと咳払いをしたので、俺も芽衣も不謹慎だった事に気付き神妙な顔を慌てて取りつくろった。


「……で、剣崎刑事は本当にこの大学の中にいるのか?」


「うん、たぶん。GPS発信機は、アプリの地図で見ると……ここ、ここにあるよ!」


「う~ん……ここって……キャンパス案内図には薬用やくよう植物しょくぶつえんって書かれてるけど?」


「よし、とにかく行ってみよう」


 スマホで薬用植物園までの最短さいたんルートを確認し、キャンパスの中を歩いていると、すれ違う学生たち──特に男子が俺たちをチラチラと、時にはジロジロと無遠慮ぶえんりょに見てきた。最初は自分が不審者として見咎みとがめられているのかと思ってビクビクしていたが、どうやら芽衣と美波ちゃんが目を引いているらしいと気付いた。


 確かに二人は目立つ美少女だ。


 黒髪ストレートをツインテールにした清楚なアイドル系と、金髪ショートのクールなパンク系、対照的たいしょうてき個性こせいがお互いの魅力みりょくを引き立てている。


 そんな二人と一緒に歩いている地味で無個性な俺は、彼らの目にいったいどう映っているのか……深く考えるとうつになりそうだったので、ひたすら目的地に向かってを進めた。


 薬用植物園にはガラスのドームを持つ鳥籠とりかごめいた可愛らしい建物もあった。


 なんと、その建物の中からタイミング良く剣崎刑事が出てきた。


 彼女の少し後ろを、落ち着いた雰囲気のせて背の高い中年ちゅうねん男性が歩いている。パサついた髪には少し白いものがじり、の強そうな黒縁くろぶち眼鏡めがねをかけていた。


 あの人が剣崎刑事が誰かと通話している時に言っていた『次の参考人』か?


 年齢から言って、十中八九、大学生ではないだろう。もしかして教授きょうじゅ准教授じゅんきょうじゅだろうか?


 スマホで彼の顔を撮影さつえいしようとこころみたが遠過ぎて顔はハッキリと写せなかった。(※相手の許可きょかを取らずに勝手に撮影するのは肖像権しょうぞうけん侵害しんがいになるので、良い子は真似しないでね)


 剣崎刑事は、彼と並んで歩き始めた。


 ヤバイ、こっちに来る!


 俺たちは慌てて走り、手近な樹木じゅもくかげに隠れた。


 剣崎刑事と彼の様子をうかがおうと樹木の陰からソッと顔を出したら、驚いた事に、すぐそこに剣崎刑事が立っていて、バッチリ目が合ってしまった。


 剣崎刑事は両手を腰に当て仁王におうちで怒鳴りつけて来た。


「あなた達っ! 吉川歯科クリニックにいたわよねっ? あの街の駅でも会ったし、こんな場所でまで会うなんて、どういう事っ?」


 正面から睨み付けられ思いっ切りビビッたが、ここできびすを返して逃げ出したりしたら、追いかけられてつかまるだけだろう。たぶん俺はこの女性刑事に簡単に組み伏せられる。無駄むだはじはかきたくない。その一心で、必死にみとどまった。


「あっ、そ、そう言われれば、す、すごい偶然ぐうぜんですね?」


「本当に偶然かしら?」


 刺々とげとげしく言われ、もはや何も言えなかった。二度あることは三度あると言い張るには不自然過ぎる状況だ。誤魔化すのは無理だろう。


 俺たちはそろって項垂うなだれた。


 それを見て剣崎刑事は呆れたように溜息をつく。


「なんて子たちなの? 私の後を付けてきたのね? いったいどうやって?」


「それは、その……」


「これは職務しょくむ質問しつもんです。正直に答えれば許してあげなくもないわ。そうでなければ警察署に同行してもらいます」


 芽衣と美波ちゃんはいじらしく口をつぐんだが、俺は五秒でおどしに屈した。っていうか、俺はともかく、芽衣と美波ちゃんを警察署に連れて行かせるなんて出来ないだろっ。


「す、すみませんっ! 実は──っ」


「お兄ちゃんダメっ!」


「お兄さんダメですよっ!」


 二人に声をそろえて止められたが、俺は、自宅最寄駅の改札前で剣崎刑事に話しかけた時に隙を見てGPS発信機をカバンに入れた事と、その位置情報を頼りにここまで追って来た事を正直に話した。


 ただし、誰がGPS発信機をカバンに入れたのかは言わなかった。芽衣と美波ちゃんは俺が無理やり巻き込んだ事にしようと、それだけは心にちかっていた。


 剣崎刑事はカバンの中をゴソゴソと探り、芽衣が忍び込ませたGPS発信機を見付けると、俺に突き付けるようにして返してきた。気まずい思いでそれを受け取る。


「まったく、好奇心こうきしんでこんな真似をしたわけ? そんなに刑事が珍しかった?」


「え、あ、はあ……まあ、その……」


 俺がしどろもどろに何か言おうとしたその時、ふふっ、と柔らかな笑い声が聞こえた。笑い声の主は剣崎刑事と一緒にいた中年男性だった。


「刑事さん、見たところ、彼女たち二人は高校生でしょう。彼も大学生くらいの年齢だ。お手柔てやわらかにしてやってはどうですか?」


検討けんとうしますが、それは彼らの態度次第です」


「うん、検討する余地よちがあるなら大丈夫そうだね」


 彼はまた柔らかく笑った。どうやらこの事態を面白がっているようだ。


 不思議な雰囲気の人だ。


 彼の周りだけ時間がゆっくり流れているような感じがする。


「それじゃあ、私はこれで……」


 彼は俺たちを安心させるように何度か頷くと、物静かな調子で剣崎刑事に軽く会釈をして、俺たちの居る場所からゆったりとした足取りで離れて行った。


 あっ、とかすかな悲鳴ひめいめいた声を上げ、芽衣と美波ちゃんは彼を追おうとしたが、剣崎刑事が立ちふさがった。


   ◆◆◆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る