『3、完全に厄日なんですが』
さて、すったもんだの
◆◆◆
いったい何なんだ、今日は
俺はドアの影からリビングの様子をソッと観察してみた。
ソファでシクシクと泣いている女性を、芽衣がしきりに慰めているのが見て取れた。
見知らぬ女性は金髪ショートで、いわゆるパンク系の服装をしている。黒いロンティーと赤いギンガムチェックのプリーツスカートに太ももが見える黒いニーハイソックス。シルバーメタルのベルトとアクセサリーはスパイスが
友達がいないひきこもり系の俺とはもっとも
それに、自分が何も悪い事をしていなくても、女性が近くで泣いているだけでメンタルをゴリゴリ削られるという
よし、
今はリビングに入らないほうが利口だ。
音を立てないようそっとドアから離れ、くるりと
「お兄ちゃん、おかえりっ!!」
バッと芽衣は立ち上がり、有無を言わさぬ勢いで駆け寄って俺に来て抱き着いた。頭が肺の辺りに
「うぐっ」
「いつもの時間に帰って来てくれて良かった。お兄ちゃんを待ってたんだよ」
これは『
芽衣の奴、俺が逃げ出すのを
ダメだ、毎度のことながら、この妹には逆らえない。
芽衣は素早く俺の右腕を引っ掴むと、リビングのソファで泣いているパンクファッションの女性のところまで捕獲した兄をズルズルと引き
「ど、どうも。いらっしゃい」
なんで泣いてるの?──とは言えず、俺は頭を
「すみません、お邪魔してます……」
意外にも
「お兄ちゃん、お願い、
芽衣はそう言うと、しおらしく両手を合わせて俺を
「美波……ちゃん?」
視線を向けると、ペコリと女の子は頭を下げた。
「初めまして、
親友だと──っ!?
羨ましい。親友がいるだなんて。我が妹ながら、なんというハイスペック。友達すらいない俺とは
「お兄ちゃん? ちゃんと話聞いてる?」
「あ、ああ、聞いてるよ……俺の様子には
ううむ、と芽衣は小首を傾げたが、細かい事にこだわらず話を進める事にしたようだ。
「あのね、美波のお姉ちゃんが警察に連れて行かれちゃったんだって。だから、お兄ちゃんに相談に乗って欲しくて」
「ふうむ、なるほど……ご両親に迎えに行ってもらうのが
高校生が
「違うの。美波のお姉ちゃんは
はあ?
殺人事件──?
ん? ちょっと待てよ……なんか、
「ま、まさか……それって、出水頼次っていう幾つか会社を持ってる気障な青年実業家がヨットで死んでた事件か──?」
「そう! それっ!」
「いや、それは
俺は思わず叫んでいた。そんな
しかし、芽衣は
「弁護士なんてダメ。高校生の言う事なんか聞いてくれないもん。手当たり
「いやいやいやいやっ、だからって俺に何ができるって言うんだっ?」
「お願い。
ははは、笑える。
さすがに、その
「だいたい、その……言い方は悪いけど、美波ちゃんは芽衣と同じ学校に通ってるんだよね。あの学校って私立だし、有名お嬢様学校だし、つまり、その……学費高いじゃん。君の家ってありていに言えばお金持ちだよね?
「お兄ちゃんっ、なんてこと言うのっ!?」
唐突に芽衣は泣き出した。
「え? 俺、何か悪いコト言った?」
子供のように泣きじゃくる芽衣を、さっきまで泣いていた美波ちゃんが、今度は逆に慰めながら、俺に
この子、
俺が
「気を
「す、すまんーっ!!」
ガツンと頭を
それは
いや、そうじゃない。想定しておくべきだった。
未熟で世間知らずの自分がつくづく嫌になる。どうして苦労している子がいるという事を考えられなかったんだ。俺はバカだ。アホだ。クズだ。ゴミカスだ。何も知らないデリカシー
「申し訳ない、許してくれっ!」
俺は
「ちょっと……お兄さん、やめて下さい、土下座なんて……」
美波ちゃんは、ただオロオロするだけだった。
五歳も年下の女子高生にこんな思いをさせるなんて、俺はなんという愚かで
「すまんっ。心から
「本当―っ?」
その言葉に食いついたのは、お目々をキラキラさせた芽衣だった。
あ……ヤバイ……これ、詰んだかも……
「本当の本当に何でもしてくれるんだよねっ?」
ここで
「ぜ、
「じゃあ、お願いっ。真犯人を探してーっ!」
「お願いします、お兄さんっ!」
驚いたことに美波ちゃんまで芽衣の勢いに
ははっ……もはや
やるしかない。
例え、見通しが立たなくとも、やるという
それで
その時の俺は、まだ、男の生き様というモノを軽く見ていた。時間を巻き戻せるなら巻き戻してレベルマックスで反省したい。
叶わぬ望みだが……
◆◆◆
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