『2、なんと ベタな殺人事件が!』
そんなこんなで、金曜日──
心の
トートバッグに母親が洗濯してくれたダークメイビーのデンタルウェアを入れ、メモ帳とボールペンも放り込む。もう野村女史が嫌味な顔で
俺は歯科助手のバイトを続けると決めていた。
まあ、その
なにしろ、他の職場を知らないし、世の中の事もほとんど知らない。
虐められたり嫌がらせをされたら逃げたほうが良いという意見もネットには多い。
しかし、俺には美人で優しい吉川先生への
俺は、吉川先生に会いたいというささやかな
家庭の心配が無くなった
「今日もよろしくお願いします」
クリニックに着き、珍しく元気良くドアを開けたら、背後からいきなり突き飛ばされた。
「
野村女史だった。
いやぁ、この人、ホント、俺の心を
なにも、今日の今、体当たりして来なくてもいいだろうに……
女性とはいえそれなりの
少し
「どうしたの、野村さん? そんなに
「吉川先生っ、大変なんですよっ!」
「大変って何が?」
「
叫ぶなり野村女史は、わっ、と泣き出した。
出水氏が殺された──?
「どういうこと?」
さすがに吉川先生もサアッと
「さ、さっき、いつものお店でランチを食べていたら……ニュースで……」
そこまで言うと、野村女史はまた声を上げて泣き始める。
「ニュースって、どういう……」
「先生、テレビをつけてください。どこかの
テレビをつけてみたら、どの局もすでに別のニュースに
「出水さんが死んじゃったーっ!」
何が
「ネットに
俺が声をかけると、吉川先生は
俺の予想した通り、サイトのトップページに「
「
しん、と
「死亡した出水さんは
パッと画像が切り替わり、そこには、先週の金曜日にこのクリニックで会った、あの
「出水くんだわ……」
ハッとしたように吉川先生は
野村女史は
「一緒にヨットに乗っていた女が出水さんを殺したんだわ。
この人は
やや
「悔しいっ。誰なのよ? 出水さんのヨットに一緒に乗っていたっていう女は? ニュースも役に立たないわね。この女の名前も報道しなさいよ!」
おいおい、正気か、この人……
「野村さん、落ち着いて。もう午後の患者さんが来るから、診療の準備をしないと」
なだめるように吉川先生は野村女史の肩に手を
「午後イチの患者さんは来ません。だって、その時間に診療予約を入れていたのは出水さんですから。私、楽しみにしていたから覚えているんです」
言われて、受付カウンターのテーブルの上に置かれた予約ノートを確認すると、確かに、金曜午後二時の
「本当だ……」
ふんっ、だから言ったでしょう、というような顔をすると、またも野村女史は泣き始めた。
「出水さん、私もヨットに乗せてくれるって言ったのにーっ!」
いや、それはさすがに
それはともかく、午後の診療では野村女史は歯科助手として使い物になりそうになかった。いつまでもわんわんと泣いているし、そのせいでメイクがぐちゃぐちゃになってしまい、その状態で
吉川先生と俺は目を合わせ、
「野村さん、午後はスタッフルームで器具の片付けをしてちょうだい。今日は患者さんの相手をするのは辛いでしょう。私と真之くんでなんとかやってみるわ」
「でも、この子は仕事を覚えられないから……」
野村女史はしゃくりあげながらも俺を
「出来るわよね、真之くん? まだ
「はい、
幸いその日の午後は難しい治療は無く、何度か軽いミスをしてしまったが、その
やった……今日の俺は少しは役に立ったぞ……
仕事を任された
やはり、人として「仕事が出来ない」と
「またニュースが流れてる……出水さん、本当に死んじゃったのね……」
野村女史のションボリした呟きを耳にし、俺はなんとも
知っている人が一人亡くなったとはいえ、一週間前にほんの少し見かけただけの患者でしかなく、赤の他人であることに変わりはない。
野村女史は出水氏にかなりの思い入れがあったようで、せっかくメイクを直したというのに、またすすり泣きを
吉川先生も出水氏と
さすがに知り合いの死にはショックを受けたようで、ずっと顔色が悪く、彼と野村女史に
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