第12話 勇者、欲しがる

「あの、魔王様。1つ聞いてもいいですか?」

「なんだ?」

 いつもの午後のティータイム。

「私の『マリー』という名前は、昔こちらにいた人間の女の人の名前だったんですよね?」

「ああ、そうだ」

「どんな方だったんですか?」

 魔王はしばし昔に思いをはせる。


「あの女は生贄としてここにやってきた」

「生贄…ですか?」

 思いがけない言葉に驚くマリー。

「そうだ。とうの昔になくなってしまった国だが、こちらが求めてもいないのに勝手に送りつけてきよってな。その女もすでに帰れるところがないというので、そのままここで働くこととなった」

「そうなんですか…」

「ああ、思い出した。菓子職人が作る菓子の多くは、その女から教わったものだな」

 マリーは驚く。

「そうなんですか…あれ?それじゃ、いつも出てくるお菓子は人間界のものなんですか?」

「そういうことになるが、覚えてはおらぬか?」

「…はい、残念ながら」

「そうか」

 お菓子の先生の先生はどんな女の人だったのかなぁ?と、マリーは思った。


「そういえばマリーがここに馴染んでそれなりに日も経ったが、何か欲しいものなどはないか?」

 魔王に言われてマリーは考える。

「あの…もしできたらなんですけど、お菓子作りの本が欲しいです」

 魔王城には図書室もあるが、料理や製菓に関する本はあまりなかった。

「それならば久しぶりに人間の街にでも行ってみるかの」

「え…いいんですか?」

 魔界と人間界はたびたび争いごとが起きていたと習っていたマリーは心配になる。

「なぁに、人間に成りすまして行くことはよくある。それに人間界には魔界の者が多数紛れて暮らしておるし、逆に人間界から魔界に移り住む者もそれなりにいる。さて、出かけるとなればマリーの外出着が必要だな」


 魔王城の被服担当であるスケルトンの男性がすぐに呼ばれ、魔王と打ち合わせをする。

 当の本人であるマリーが話にまったくついていけないまま、生地やデザインがどんどん決まっていく。

 でも様子がおかしいことに気づいたマリーがなんとか口を挟む。

「あの、出かける服は1着あればいいんじゃないんですか…?」

 この時点ですでに5着分が決まっている。

「何を申しておる。また出かけるかもしれないし、仕事ではない時に城で着てもよいではないか」

 魔王がそう言えば被服担当のスケルトンの男性も続ける。

「そうですよぉ。せっかくだから可愛い服をたくさん作っちゃいましょ」


 数日後、出来上がった服の試着という名のファッションショーが開かれた。

 なぜか城で働く者達がたくさん集まり、どれがいいか激論が交わされたのでマリーはどっと疲れた。

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