私から私までの変遷
少年
Ⅰ
監獄の名を課す教室の窓から見えた外の景色は、普段自分が歩いているはずの道路は、それは酷く美しかった。学年末試験に落ちた、その後の再追試。これで落ちれば地獄から抜け出せると信じてやまなかった私は大半の課題を放棄し、代わり替わり教室に入る教員に「もう進学しなくていいと思ってるんです」と伝えたが結局は無意味であった。
勉強が嫌いだ。嫌いだった。頑張り過ぎて壊れた人間を見たことはなかった。しかし自分でなんとなく、「私がおかしくなってしまう」という可能性を昔から信じていた。それを理由にした努力放棄。私が私であることを何よりも大事に思っていた。その姿勢は消えることなく、今の自分にも受け継がれている。私が小学校の頃に虐められた過去を気に病んでいた両親は、周囲の人間環境を整えようと私に中高一貫校の中学を受験するよう進めた。毎週土曜に映画を見ていた和やかな生活は一変し、毎朝五時に叩き起され過去問をやらされた。次第に私は母に酷い言葉を投げつけるようになり、ある朝ピアノレッスンを休ませた母は「ごめんね」と泣きながら私を抱き締めた。時が流れ高校受験でも私は私立に受かった後は何もしなかった。怒鳴られようと私は動かなかった。もっと自分にとって、大事なものがあると信じていた。
そうして生きてきて、出会ったのは決別。高三の夏だった。人が死んでしまう。私にとって大切な人が死んでしまう。希死念慮を前に項垂れた、かつての私。「差し伸べられた手を自分で払ってしまうの」と嘆くあの人に何を言えばいい。お前はどうしたい、どうしたら救える。教科書に載る単語で余計なメモリを使わずにいて良かったな、出来の悪い頭はこういうことに精一杯使うんだ──────。
私が生きることを願ってくれた人々が、幸せになれるよと願ってくれた人々がいる。
今際の際に彼等は、自らの死と他者の幸福を祈った。私に衝撃を与えたのはその心。
私にイラストを書いてくれたあの絵描きの女の子は元気にしているのか、ベランダから飛び降りて入院していたあの子も生きているのか、もっと、もっといる。死を前に血を吐きながら生きる人に私は感銘を受けた。深い優しさと憎しみを知った。もう過去の話、まだ子供だった。縛られた世界で生きていた。
「死にたいっていうのはね、心が異常なんだよ」───今も尚仲良くさせてもらっている中学の頃の同級生に、かけられた言葉。解答を得た感覚だった。死にたい?そうか、私は死にたいのか。毎朝玄関で時間ギリギリまで明るい音楽を流してしんどくなるのも、笑顔が消えたのも、何を食べても味がしないのも、その最終地点は死にたいになるのか、と。自殺願望という黒い魂を知覚してから私の世界は、飛躍的に拡張された。華やかな生存が前提という思考のロックが外された。どういう風に死にたいか、人に優しくして死にたいのか、ならどういう配慮をすべきか、etc…。死にたいねという話を人としている時、私は楽しかった。感情を取り戻したような気分になれた。人間らしく、本来の自分が輝いているようにさえ思えた。死について考えている時間が、一番楽だった。高校を辞めるまで私はまだしんどかった。毎朝七時半までに登校し、毎朝八時にある英単語テストで満点を取らなければいけない。毎週木曜の昼は数学の追試だからお昼は食べれないし、かといって担任の言う“五分で食える飯”を持ってくるのもそういう問題じゃなくない?と思っていた。でも全ては私の責任。これを見ている中に私のハイスクール・クラス・メイトがもしいたら是非問いたい。あの環境で三年間どうだった?そんなに辛くなかった?でも夏合宿の風呂五分で上がれってのは酷かったよな。茹だるような猛暑の中で一週間入浴させてもらえなかった先輩とか、日付が変わっても授業続行なんて凄惨な時代に比べたらまだマシなんだろうけど……。それでもよく生きてるね、すごいと思うよ。
Alice in 冷凍庫や花と水飴、最終電車をイヤホンに流しながら帰らないと本当に酷かった。ただでさえ嫌いな夏がもっと嫌いになりそうで。
定期テストを前に焦った私は、平日図書館に逃げ込んで世界史を勉強していたことがあった。結局探しに来た教員に捕まってしまったのだけど。相談室で「勉強、そんなに大事か?」と担任に言われた時は普段テメェが散々言ってんだろうがとキレそうになったよ。やっぱりあなたは高校の教師より予備校とか塾の講師をやった方が良い。だってあなたが教えたのは「教科としての」勉強だけだから。学校っていうのはテストの点を取りに来るところじゃないんだよ。結果を求めて温もりに欠けたことばかりしているから私の三番目の元恋人は退学しちゃったし、部活の後輩の兄貴は自宅で首吊って亡くなったし、真面目で優等生だったクラスメイトの一人は大学合格したのに自宅が燃えて母親と亡くなって…ってこれは関係ないけど。やっぱり業が深いなんでもんじゃないよアンタら。卒業生全員に土下座して謝って下さい。人の心を殺して生きたことを自覚して死んでゆけ。
今思ったけど、こういうものこそブログに綴るべきだったね。ノンフィクションだし。
私から私までの変遷 少年 @alicein_01
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