「もし時間があったら二人で行ってみるといい」5
「ねぇ、あなたたち」
声をかければ逃げられるかと不安を覚えていた彼女だったが、そうした予想に反して、二人は日花里の方へと近づいてきた。
「こんにちは」
「こんにちは」
「私、東京から来たんです、観光目的で。そこで役場の人たちに用がありまして……今何処にいるか知っていますか?」
少女たちの年齢を測りかねているからだかろうか、若干迷いながらも役場に働く人らの所在を尋ねる。二人はすぐに答えず、顔を一度合わせると、短く何か会話をしたようだった。それから、二人のうちの一人が首を横に振る。ゆったりとした黒いパーカーにデニムスカートを履いていた。若干、大人びているのか、袖からは細いベルトの腕時計が覗いている。もしかして、という日花里の脳内推理はすぐさまに答えが出た。
「私たち、ここに住んでいる人じゃないから」
「あら。じゃあおそろいですね」
ぼうっとしたような雰囲気を漂わせている少女が吊りスカートをゆらめかせながら、日花里に質問をする。
「お姉さんは沢登祭りが目的で来たの?」
「ええ」と相槌を打ってから、少し考えたあとに「友達に連れられてね」と小さな嘘をついた。
「ねぇ、あなたたち……私は郡堂日花里。あなたたちのお名前は」
「私は有瀬葵です」と黒いパーカーの方が答え、「佐々木友灯」とスカートの少女が答えた。
「有瀬さんと佐々木さん。二人は沢登祭りってどんな祭りか知っていますか? 半ば無理やり連れてこられたものだから、まだ詳しい話を聞いていなくて」
日花里の質問に答えたのは佐々木友灯だった。彼女の父の実家がこの沢登村であり、友灯は幼い頃にここに住んでいて、一度だけ祭りに参加したことを覚えているらしい。彼女のした話は、日花里が事前に調べた話とおおよそ共通していた。インターネットや地域の観光雑誌に小さく取り沙汰されていた記事とも大きな相違はない。
ひとつ、沢遠には恐ろしき蛇神がいる。
ふたつ、それを鎮めるための神楽が行われる。
まとめてしまえば非常にシンプルな祭りだ。この祭りの存在を不審に思うアランク先生の方が、かえって不審のような気さえしてきた。蛇は信仰の対象として決して珍しいものではない。世界各地で神や大地の使いとして崇められている。インドのナーガ、水や農業を司るアステカのケツァルコアトル。国内でも水の神として崇められている例は少なくないだろう。恐れられる蛇の神ならばスサノオに退治された八岐大蛇があまりにも有名だろう。
「なるほど、じゃあ佐々木さんは実家帰りでここに来て、有瀬さんはそれについてきた。ということですか。
沢登村にはどれくらい滞在する予定ですか?」
「三泊四日です。九月から新学期から始まるから」
「あらじゃあ、私たちと同じですね」
そういって何もなしに三人は同じ方向へ歩き始めた。いままで有瀬と友灯が歩いてきた村の西方にそれらしき人に会っていないから、もしかすると、さらに北へ向かえば、誰かいるのかもしれない、ということだった。
風が心地よいな、と日花里はなんとなく思った。気温もほどほどで暑すぎることがなく、耳をすませば川の流れが聴こえてくる。ただ、車を運転しないからといって、街で歩くようなサンダルを履いてきたのは間違いだったかもしれない。鼻緒が擦れてなんだかこれから痛くなりそうな予感があった。
三人が山沿いの道をのんびり歩くと突き当たって丁字路に着いた。顔をあげれば青い看板のひとつでもありそうなものだが、電柱の一本すらない。「ここからどっちに行けばいいと思う?」と日花里が二人に訊ねてみるが、彼女たちも見当がつかないようだ。どこかで鳥の声が聞こえた。
「なるほど、じゃあ引き返しましょうか。ずいぶん歩いちゃいましたし。ごめんね、付き合わせちゃって」
そう言うと元来た道を戻ろうという話になり、そこから特別話すこともなく、三人は初めに出会った十字路の方へと戻ってくる。日花里は今までの道のりを改める。どうやら、この村の道路をなぞれば記号の「¥」のような形をしているようだった。それに気づいた日花里は微妙な顔を浮かべる。
「佐々木さんはこの村の図書館、と言われて何か思い浮かべるところがありますか?」
「図書館? えっと、川の側の十字路を右に曲がって奥かな。そこにたしか、おばあちゃんが住んでいて」
「ふぅん? そう。その村にある図書館はそこだけですよね」
「え、うん。こんな狭い村に図書館は二つもいらない、よね?」と友灯は有瀬に質問するが、そんなことは知らないわよ、と呆れられるような表情を浮かべられていた。日花里は二人の様子に微笑みながら、すこしばかり思案する。
「ご案内ありがとう。私はそろそろ行かなくちゃいけませんし、子供をだらだらと連れ回すのはあまりよくありませんから。そうそう、もちろん、お二人は明日の祭りに行きますよね? もし機会があれば——そこでまたお会いしましょう」
じゃあね、と手を振ると日花里は二人と別れ、一度ホテルに向かうことにした。結局、沢登村の村民には、ホテルの従業員を除いて一人も会うことができなかったし、どこかへ行ったらしい飯田君にも会えなかった。なんだか村全体が夜逃げしてすっからかんになってしまったかのようだ。もちろん、そんなことはなく、畑の奥、遠く向こう側を見れば人家の明かりがちらほらと見えたし、ホテルに戻れば飯田君が部屋のドア前で立っていた。
「あ、なんだ。散歩してたのか。俺はてっきりグースカ寝ているのかと」
「ちょうど、私も飯田君がグースカしてると思っていました」
「失礼だな? 俺だってそれなりに頑張って調べ物していたよ。この村にはコンビニがある、車で来た道を戻れば。そこまで買い出しに行っていたんだよ。カップ麺食べるか? まだ昼食を食べてないだろ。湯沸かしがある」
「いいや。旅館の夕食まで待ちますから。うん? ああ、なるほど。飯田君はホテルを出て左、南側に向かったんですね。だから出会わなかったわけ。図書館がそちらにあるの、知っていましたか?」
飯田は首を振って答える。
「なるほど。そうだったのか、十字路になっているから左に曲ったんだけれど……特別目立ったものはなかったな。おそらく、右に曲がればよかったのかもしれない」
沢登村、フォークロア。 Sanaghi @gekka_999
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