「もし時間があったら二人で行ってみるといい」3

「友達だからってなんだってするわけじゃない」

「ん、何の話ですか?」

「今の状況の話だよ」


 ポッキーを片手にキョトンとしている郡堂日花里に呆れながら、飯田秀斗はハンドルを切る。季節や天候の関係で道路はよく乾いていてドライブするのには気持ちのよいコンディションだった。ネックなのは沢登村にたどり着くためにはどうしても山をいくつか越えなければならず、蛇のように曲がりくねった道を行ったり来たりしなければいけないことだ。秀斗がハンドルを右へ左へと切るたびに、二人の体もそれに合わせてゆらりぐらりと揺れる。


「なぁ。郡堂、あの約束忘れてないよな。ちゃんと沙紀さんを紹介してくれるって話」

「ああ、お姉ちゃん。私の手にかかれば、そこまで難しくないですよ。まぁそこから先は飯田君次第ですが」

「そこはなんとかするよ」

「しかし、なんでお前と沙紀さんとで、ここまで性格に差が出るんだろうな」

「どういう意味です?」

「強引とお淑やかってことだよ」

「……紹介するのやめましょうか?」


 カーブを曲がると、二人の眼下に素朴な田園風景が突然広がり始めた。ぽつりぽつりと並ぶ民家の奥には川が流れているのも見える。川のさらに遠くには双子にも思えるような山が二つ並んでいる。アランク先生に聞いたところによると、そのうちのひとつが沢登村の地元信仰による信仰の対象となっているらしい。


「あの山の内のひとつがおそろしき蛇神の住処で、もう片方が正しき山神の住処だそうです。昔々邪知暴虐のかぎりを振るった蛇神様を退治したとか、してないとか」

「ふぅん。アランク先生が奇妙だというからなんだと思えば、典型的な山岳信仰じゃないか」

「そうですね。伝聞の伝聞になりますけれど、祭りの中には一部の修行者が山へと入る修験道を思わせるような催しもあるそうですから。もしかしたら、先生にとって奇妙に見えるだけかもしれませんね。たしかあの人はアメリカ出身で、あそこは山岳信仰が珍しい文化圏でしょうから」


 自分で言っておきながら、本当にそうなのだろうか、と日花里は心の中で自分に聞いてみる。たしかにアメリカ人にとって山岳信仰は物珍しいかもしれない。しかし、彼は日本語が堪能なことや、あのように比較民俗学を教える教授として教鞭を振るっていることから、自分たちの推測はあまり当たっているような気がしなかった。


「飯田君はこれを見て、何も違和感を覚えませんでしたか?」

「残念ながら、特に何も」

「ふむぅ」


 日花里は奇妙なため息をこぼしながら、パンフレットを丁寧に畳んで元の形に戻す。どうせその違和感とやらの正体は、調べていくうちに明らかになるに違いないと、彼女は半ば高をくくっていた。アランク先生の講義は難解だと学生の間では評判のようだ。

 車は曲がりくねった下り坂を降りてゆく。側面には藁が干されていたり、何か野菜が育てられていたりして、おぼろげながら人が住んでいる気配があるが、とアランク先生が「観光に力を入れている」と言っていたわりには恐ろしく寂しげな風景が広がっている。上空に広がる曇天の空がイメージを色濃くしているのかもしれない。赤く錆びた道路照明と道路照明を結ぶように細い針金が伸びており、そこから垂れる滴のように赤い提灯がぶら下がっていた。


「なんというか、寂れているな」


 秀斗の声も、日花里の耳にはどうも寂しく聞こえる。


「そこの十字路を左に曲がれば、右手が目的地ですよ」


 彼女の視線の先にはクリーム色の塗装が剥げたビルがある。白い電光看板には青字で旅館の名前が描かれていた。ずいぶん年季が入っているようで、壁のところどころにひび割れがある。 

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