伝説の鳥・読者

金澤流都

書籍化山脈・霊峰センデンダーへのアタック

 霊峰、センデンダー。書籍化を目指すものなら、誰もがその頂に憧れる。センデンダーの頂には、伝説の鳥がいると伝えられ、その鳥――「読者」に触れるものは、書籍化が叶うという。


 私はそのセンデンダーに挑むにあたり、現地でシェルパのテムジンさんその1とテムジンさんその2を雇った。シェルパ族はだいたいみんなテムジンさんなので、仕方なくその1その2と呼称するが、1のほうは陽気で、2のほうは知的な印象だった。


 仲間のテムジンさん二人と、私はセンデンダー山頂にいたるルートを歩み始めた。うららかな山のふもとから、大荷物をかついで山に登っていく。


 山に入るなり、無数の死体休止垢が転がっていた。みなセンデンダーに登ろうとして力尽きたものたちらしい。テムジンさん二人はぜんぜん気にしないで登っていく。どうすれば気にしないで済むのか。テムジンさん二人は、「気にするだけ無意味だよ、アクティブに活動しないフォロワーがたくさんいたってなんにもならないさ」と、明るくそう言って進んでいく。


 その先、私は登っているうちに高山病ブロックで精神にダメージを喰らったが、テムジンさんたちは「高山病ブロックは慣れるしかないよ」と私を心配してくれた。そしてテムジンさんたちのいう通り、高山病ブロックにも慣れてきた。

 

 そんなふうに、どうにかちょっとずつ登っていくうちに、私は慢心してきたのだろう、元気に進むうちに足を滑らせて、テムジンさんその2にザイルを掴んでもらってあわやというところで滑落スマホ故障の危機を逃れた。ザイルのおかげできわどいところで助かったのだ。スマホの調子がおかしくなったら再起動。それがいちばんいい。


 センデンダーを登るうち、私たちは雲のなかに突入した。雲の中は激しいブリザード現実で、とても登山どころじゃない。センデンダーに貼りついているといろいろな問題が溜まってくる。確かにセンデンダーを登るのはハチャメチャに楽しいし、いったんセンデンダーを終了して、次になにをやろうかと考えてセンデンダーを開いてしまうというわけの分からない状態になることもしばしばあるが、そんなことでは肝心の執筆作業ができないし、なにより洗濯物は溜まり、食器もシンクに山となり、部屋には蜘蛛の巣が張り埃が積もっていく。テレワークでやっている仕事だってやらなければならない。


「これを突破できればもうすぐ山頂です! しっかり!」テムジンさんその1が陽気にそう叫ぶが、ブリザード現実でその声はかき消されがちだ。必死で、ブリザード現実を潜り抜けて、雲の上に出た。


 雲の上は、まばゆい景色が広がっていた。これが書籍化山脈の雲海。センデンダーの頂の手前からは、書籍化山脈の山々の、その頭がぴょこぴょこと出ていて、私は「おお……!」と、思わず感嘆の声を上げた。なんと雄大な景色だ!


 感動と興奮で胸いっぱいのまま、とにかくひたすら断崖絶壁をよじ登り、私はついに霊峰センデンダーの頂上にたどり着いた。伝説の鳥はどこだろう。あたりを見渡すが見つからない。


 そのかわり、一人の老人が、ものすごく寒い山の頂だというのに、すさまじい薄着で座って、難しい顔をしていた。


「だれですあんた」カラカラの喉に痛みを感じながら、私は老人に訊ねた。


「仙人じゃよ」仙人。そんなものいるのか。素直に声に出すと仙人は言った。


「伝説の鳥よりかは実在すると思うぞい。して、なにか。お前はこの山に登って、書籍化の夢をかなえるつもりじゃったのか」


「はい。そうです」


「かーっっ!」仙人は怒鳴った。こんな酸素が薄いところでも怒鳴れるのか。びっくりする。


「宣伝だけで書籍化したいとは片腹痛いわーっ!!!!」


「え、じゃ、じゃあ、このセンデンダーに上ったのは意味がないということですか」

 私がそう言うと、仙人は面倒そうな顔をして、

「そこまで言うならこれを授けようではないか」と、一万円ぶんの図書カードを渡してきた。え、この山に登ってこれっぽっち。あのものすごい死体休止垢高山病ブロック滑落スマホ故障ブリザード現実と戦ったのに。図書カード、嬉しくないわけではないのだが、このセンデンダーの頂を極めれば書籍化できると思っていたので、ハッキリ言って拍子抜けだ。


「この図書カードで、脚本術の本とか、ベストセラーの本とか、文豪の名作とかを買って読め。努力して進むしかないんじゃよ」


「はあ……」


「お前は山でなく、自分自身に打ち勝たねばならんな」


 仙人は、そうやってどこかで聞いたような格言を言い、私たちに下山するように言った。これから天候も荒れてくるはずだから急げ、と仙人はいう。仕方なく、私たちは不承不承センデンダーを降りた。


 ――降りたそばからまた登りたくなるのが登山というものである。私は仙人からもらった図書カードで脚本術の本を買い、今度は「コーセーリョク」の頂を極めてみよう、と思った。

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伝説の鳥・読者 金澤流都 @kanezya

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