ヒント:頭
星来 香文子
私と読者と仲間たち
私は密かに、WEB小説サイトで小説を書いている。
とても普段の私のことをよく知っている友人や家族に話せる内容ではないため、誰にもそのことは教えていない。
読者はこれを読んで、一体どんな反応をするのだろうか、と思いながら毎日のように更新していた。
『
とくに、トキワという読者は、毎回感想コメントを残してくれていて、私はこの人からの反応が何より楽しみだった。
「
たった今、思いついた内容をメモしようとしていたところなのに……
ちょっと待って欲しいと思いながらも、私はPC画面を見たまま返事をする。
「わ……私に何か?」
高い裏声が出てしまう。
信じられないかもしれないが、私は極度の人見知りなのだ。
とりわけ、男性と話すのはいつも緊張してしまう。
「どうして返事をくれないんですか?」
くるりと椅子を回されて、デスクの方を見たまま返事をした私は体ごと社長の方を向いてしまった。
「社長命令ではないとは言いましたが、そろそろ返事をしてくれないと困りますよ」
「ゃ……だって、その、私には……とても————」
「とても?」
「納得がいかないんです……その……社長のような、カッコいい男性が、私のことが好きだなんて————」
「かっこいいとは、思ってくれているんだね。それなら、それで十分じゃない? 今夜こそ、俺とデートしてよ」
「待ってください! だから、どうしてそうなるんですか!」
たった一人の女子社員というわけでもない。
ちゃんと他にもたくさん女子社員はいるし、私よりみんな綺麗だし、明るい人ばかりだ。
私にはわからない。
楽しんでいるのだろうか?
社長は俗にいうイケメンだし、きっと、私の反応をみてからかっているだけに決まってる……
特に理由もないようだし、きっと、そうに違いない。
「どうしてもわからないの? それは……そうか、じゃぁ、クイズをだそう」
「クイズ!?」
社長、意味がわかりませんよーと、社長に口説かれている私の様子を見ていた他の社員が笑っている。
「ゃ……!? 社長、一体何を!?」
突然またくるりと、椅子を回転させられ、PCモニターの方を向かされる。
何を考えているのか、社長は後ろから私に覆いかぶさるような体制で、勝手に目の前のPC画面に、入力を始める。
華麗な指さばきで、入力したその文字を見て、私は絶句した。
「ま、待ってください……!! それは……!!」
タイトル画面だ。
ちょっと過激すぎて、友人にも家族にも紹介できるような内容ではないWEB小説のタイトルが、でかでかと表示される。
「わかる? これ、俺がずっと読んでる作品なんだけど……」
助けて欲しい……恥ずかしすぎる。
小説の感想欄へ、カーソルが動く。
「トキワって、俺の下の名前なの、知ってた?」
「ど……読者の!?」
クスクスと耳元で笑いながら今度は、画面に社長は自分の名前を入力した。
社長のフルネームは、間
やんごとなきお家にお生まれだ。
トキカズであって、トキワさんとは違う。
「な……な……えっ!?」
「漢字で時和の和を読み方かえると、トキワになるでしょ?」
待って……!!
たった今知った事実に、私は顔が真っ赤になる。
「ちょっと待ってください! じゃぁ……私がこれの作者だと知ってて!?」
「わかってたよ。だから、俺が仲本さんを誘ってるの。俺はね、普段こんなに大人しい仲本さんが本当はどういう人なのか、すごく気になってるんだ」
「ただ、私をからかっていたわけじゃなかったんですね……」
真実を知って、私の心臓は今まで以上にドキドキと大きな音を立て始める。
とても普段の私のことをよく知っている友人や家族に話せる内容ではないため、誰にもそのことは教えていない。
読者がたとえ近くにいたとしても、書いているのが私だとは絶対に気づかれない自信があった。
「車回して下で待ってるから、今日の業務が終わったらすぐに来てね」
しかし、まさかそれをこのイケメン社長に知られてしまっていたとは……
やんごとなきお家に生まれた男は、女性の扱いにも慣れているのか?
とても信じられないが、耳元で囁かれて、私もその気になってしまう。
「なっ……何するんですか!?」
顔をまともに見ることができなくて、こくんと頷くことしかできなかった私の後ろで、社長はキョロキョロとさあたりを見回して……
まだドキドキしている私の髪を撫でて……
タイミングを見計らって、他の社員が見ていない瞬間に頭にキスされた。
ちょっと、これ、セクハラじゃないの……? イケメンだから、いい、けど……
ヒント:頭 星来 香文子 @eru_melon
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