レベル30


 プレイヤーギルドを後にしたアグリは、『ロットネスト城』へ向かった。


 ギルドから『討伐証明書』を受け取ったが、これを現金化するには依頼元――王宮に行く必要があるという。敗戦続きで王宮の資金繰りが悪化し、ギルドへの支払いも遅れているそうだ。だから「個別で請求した方が早い」とのこと。


「取り立てまでプレイヤーでやらなければならないの? ギルドの意味ないじゃん!」


 『ジャガーノート』は正規の討伐依頼で間違いないが、先の敗戦で王宮からの支払いが可能性が高いため、「1ガルズたりともギルドで立て替えることはできない」とのこと。

 だから『討伐証明書』なのである。リアル世界の約束手形のようなものか。


「新たなマネートラブルの予感しかしないな……」


 次から次へと襲い掛かる試練に、アグリの足取りは重くなる一方だった。


  ☁


 ロットネスト城への『第一城門』では、予想を裏切らない大行列ができていた。

 プレイヤーギルドと異なり、ここではNPCも報酬目的で集まっていた。

 そんな中、とびきりホクホク顔の人物を見つけた。元小隊長モヒカンである。


「で、報酬の方はどうなった?」


 いかにも聞いて欲しそうな表情を作っていたため、期待に応じて尋ねてみた。


「いや~悪いな。分割不可能だった!」とこれも予想を裏切らぬ返答。

「何を貰ったんだ?」

「リアルクエスト受注許可証だ。普通だとレベル六まで上げて、ギルド発行の物を買わないといけないんだが、ジャガーノートを討伐した小隊長ならって、タダでくれた」


 その『許可証』は、お一人様、本人のみに適用される代物らしい。


「それなら、この討伐証明書は俺の取り分で良いか?」と、ギルドで発行してもらった藁半紙わらばんしをモヒカンに差し向ける。

「ナニナニ……右の者はジャガーノート南極十四号の指揮官を討伐したことをプレイヤーギルドに名において証明する……なんか表現がエロいな……」

「エロいってどこがだよ! あのシーラさんの手書きだぞ!」

「まあ、いいさ……だが、何があっても!」

「ああ、それでかまわん」


 モヒカンの念押しに裏があることは分かっていた。

 王国軍が惨敗したことで、王宮は金を出し渋っている。

 小隊長への報酬が現金でなく、紙一枚――元手ゼロの『許可書』であった事実からも間違いない。

 なにより聞こえてくるのだ。


「ウェアウルフを十匹討伐して20ガルズはないだろ!」「ゴブリンと同じかよ!」「スライムに溶かされた鉄の盾は賠償対象外だった……」「溶けると証明できないからな」「俺の討伐証明書なんて不渡りだった」といった嘆きが。あちらこちらから。


 最後の言葉などアグリの不安を掻き立てたが、シーラさんを信じることに決めたのだ。


「ところでアグリ……お前、エロゲープロのだろ?」


 アバター内蔵AI――ピコピコの悪質な『身バレ防止機能』が働いてはいたが、モヒカンが言いたいことは理解できた。「格ゲープロのヤマネコ」と尋ねたかったに違いない。


「なぜ、俺のリアルを知っている?」


 普通ならば誤魔化すところ。

 だが、あまりに唐突だったため対処不能だった。


「戦闘パターンだな。防御を一切考慮しない戦法や間合いの取り方があのウミネコだってな。あの決めセリフも聞いたばかりだったし」

「俺と対戦したことがあるのか?」

「ああ、今年の三月もな」

「同地区かよ……」


 今年の三月といえば、ヤマネコ最後の大会となったあの日本選手権地区大会で間違いない。

 そして、対戦した中で互いに素性の知れた相手となると、そう多くはない。


「お前こそ、あの絶叫(ヒャッハー)アフロ男だろ? ネカマ使いの」

「ネカマじゃなくて雪男な。しかし奇遇だな……いや、必然かも知れん」

「必然? どういう意味だ?」

「アグリ、お前不自然だと思わないか? これほど高度なバーチャルリアリティシステムを組んでいて、これまで表に情報らしい情報が一切流出していない事実を」

「開発途中のゲームならあり得るんじゃないか? 身バレ防止機能もあるし」

「それでもこの俺が、タイトルさえ知らなかったのはに落ちん!」


 このゲームが開発段階――ベータテスト版なら大いに在り得ると考えていた。

 MMORPGはご無沙汰であったため、世情にうといというのが、正直なところか。

 そして、どうやらモヒカンは格ゲーでなく、懸賞系が本職だったようだ。


「なんにせよ、これからよろしく。有益な情報をゲットしたら交換しようぜ!」

「モヒカンはこのゲームのクリアを目指すのか?」


 確かにこのゲームはよくできている。NPCやモンスターのアルゴリズム、プレイヤーとの神経リンク。

 今回の戦闘でもアバター『アグリ』はよく動いてくれた。


 しかし、公に運営されていないということは、予告なくサーバーとの接続が遮断される可能性があるという意味だ。

 何百時間とリアルタイムを消費し、何十万円と課金しても、一切の保証も謝罪さえも得られない。


「フリーターだから時間はある。はした金欲しさに格ゲーに浮気していたが、地区予選止まりじゃあ意味がない。修行が足りていないからしばらくここに留まるつもりだ」

「なんで格ゲーの修行にVRMMORPGなんだよ?」

「それについてはおいおい分かるだろうさ。こんな場所でする話題でもないしな」


 「時間がある」という意味ではアグリも同じ。

 しかし、苦労して集めた経験値やゲームマネーが、運営の気まぐれで無に帰す可能性を考えると、やりこみに抵抗を覚えずにいられない。だから「しばらく様子見かな?」と無難な返答を選んだ。


 モヒカンは早速、レベル上げに出かけるという。

 その装備を整えるため、『商業区』へ意気揚々とスキップして行った。アグリと同じく所持金ゼロだったはずなのに。


「やっぱり、ちょろまかしてやがったな……」


 そう毒づいてモヒカンの背中を見送った。


  ☁


 『第一城門』の内側は想像を絶する豪華絢爛な世界、ではなかった。

 メルヘンチックな中世の王宮を予想していたわけでもなかったが、「ゲーム世界なんだからもう少し……」と苦言を述べたくなるような、清貧を呈していた。

 イメージとしては、質素倹約の武家屋敷に近いか。


 古参らしき老兵に尋ねたところ、話に聞いた以上に財政がひっ迫しているらしい。

 装飾品などは財源確保に売ったり、武器の素材として流用したという。

 というか、戦時下でも王侯貴族だけが豪華絢爛ごうかけんらんな生活、なんてありがちな話は、往々にしてフィクションの世界だけである。

 現代のように情報、インフラ、食料保存さえも行き届いたリアル世界でさえ、地震や台風などの災害で、物価が大きく変動し、食料や水さえも不足する。

 戦時中でも「特権階級だけが……」というのは、往々にして庶民の勝手な思い込みにすぎない。


 戦争が起これば治安は悪化、物流は滞るし、農業を始めとした生産系は大きなダメージを受ける。お金はあっても買える物が市場からなくなる。そこに庶民も貴族も関係ない。金銀財宝では腹は膨れないのだ。

 あったとしても、在庫食料のをちょろまかす程度か。


 そんな中、重税や買い占めを行えば、庶民からの反発は必至。下手すれば、暗殺や焼き討ちなど、治安の悪化が待ち受けている。日本では百姓一揆なんて事態まであった。

 皆、戦争で死ぬより、餓えて死ぬ方が怖いのだ。


 そういう意味で、アグリの焦燥は限界に達していた。

 『レベル一』『農夫』、所持金『7ガルズ』、所有武器『鉈』。武器は買えず、城壁の外にも出られない。

 この状態で路頭に迷ったらいよいよ詰む。

 ひょっとしたらアルバイト的集金システムが存在するのかもしれないが、ゲーム世界で労働するくらいなら、リアル世界で本気を出す(働く)。


(まったくもって、甲斐性ナシのダメ人間の理論だよな……)


 がっかり項垂れるアグリだった。


  ☂

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