レベル31
「ほう、レベル一でジャガーノートを……」王宮の官吏が大仰に頷いた。
「有望株かも知れませんな……」と王宮の兵士長も同意した。
「じゃが、こやつは農民ですぞ?」と貴族風の爺さんは疑問を口にした。
三者三様、好き勝手なセリフを口にして、視線を一斉にアグリへと向ける。
これがリアル世界であったならば、焦ってボロを出したであろう。就職の面接ならば失言を、臨海町アーケードならば不要な商品をつかまされるところ。
しかし、山鳥タクミ、NPC相手なら人相が変わる。
これまでゲームに費やした時間は決して無駄ではないのだ。ぜんぜん威張れないが。
「わたくし、確かに卑しい身上。しかし農作業で鍛えたアジリティには誰にも負けません。実践の機会を頂ければ、必ずや王国のご期待に応えられるでしょう」
もちろん
だが、全てというわけではない。レベル一だがアジリティ(すばやさ)だけはレベル三のモヒカンよりも上だった。逃げ足とも言うが。
「経験を……」の
ここまでの会話で、金品を報酬として貰うことは諦めていた。
「見込みがあるのなら、別の機会を与えてみては?」と兵士長。
「レベル一でソロでは何もできまい。百姓隊を編成するにも予算がな?」と官吏。
「農地に戻すのじゃ。戦争より国の食糧難の方が深刻じゃ。農夫だとおにぎりも無限で手に入るしの~」と老貴族。
(マジか? 農夫のおにぎり無限増殖スキルを国の食糧難に流用するとか……)
NPCなのに発想の自由度が高い。『TACT』のAIの本領発揮といったところか。
いずれにしても、この三人の誰を味方につけ、誰を敵に回すかで今後のルートが決まる。
脳内選択肢が表れた。
1、『兵士長』を味方にするなら、実績以上の実力を示さねばならない。ただし、『決闘』的イベントが発生する恐れがある。
2、『官吏』の意見を否定するならば、レベル一ソロでも可能なことを提案する必要がある。城外での採集とか、警備などの『お試しクエスト』とか。
3、『老貴族』の意見を否定するならば、他の農民との違いを見せつけねばならない。「この農民を農地に戻すなどとんでもない!」的なイベントを提案する必要がある。しかし地雷イベントが発生する可能性も高い。
アグリは最下層市民。発言のチャンスはそう多くはない。一発で決めなければならない。
アグリは迷わず2、を選択した。
「恐れながら官吏殿。レベル一ではありますが、アジリティを生かした単独行動には自信があります。城外における
敵国潜入はさすがに無理。でも、周辺地域の諜報活動(スパイ)ならば可能と判断した。農夫のステータスを持つアグリならば、怪しまれる心配もないし。
「ほう、レベル一でありながら、危険な単独行動を志願するとは……」と兵士長。
「農民ならば敵国の手に落ちても、我が国への負担も少ない。妙案ですぞ」と官吏。
「確かに。これほど我が国の戦況を読み取ることが出来るなら、農民にしておくのは惜しいやもしれん。おにぎり食べ放題だから後方支援も少なくて済むしの~」と老貴族。
好感触を得たアグリは(よし!)と拳を握りしめる。
しかし、『通行証』以上を得るには、その意思を明確にする必要がある。
ぶっちゃけ、通行証だけなら城壁の隙間から出られるので報酬の意味がない。
「通行証と単独行動のための支度金をお与えください。おにぎりだけでは栄養が偏ります!」
「金だと? 諜報活動に必要か? 栄養状態の良い金持ち農民などこの国にもおらんぞ。農民は大根の葉でも食っておれば良いじゃろ?」と素っ気ない反応を示した老貴族。
「そうですな。レベル一の農民が装備を整えていては、怪しまれるというもの」と官吏。
「諜報活動における基本は自給自足。王国製の武器やアイテムを所有されては、スパイと申しているようなもの。敵国にも怪しまれる」と兵士長。
「農民の熟練度を上げることじゃ。おにぎりの具材も増えて栄養満点じゃ」と再び老貴族。
(そこまで金を出したくないのかよ! いい加減、おにぎりネタから離れろよ!)
アグリの想定をも凌駕するNPCのしみったれ反応だった。
このままでは、『鉈』『所持金7ガルズ』『おにぎり』で城外へ放り出されかねない。
「私はジャガーノートとの激しい戦闘で大切な武器を失っております。無手で凶悪なモンスターと渡り合うというのはさすがに無理というもの……」
「なんじゃ、武器がないのか。やっぱり農地に戻すべきじゃ!」
「嘘です! 農具と竹槍で戦ってました! だから農地に戻さないで!」
「やっぱり金か? 金はびた一文だせんのじゃ!」きっぱり言い切る老貴族。
「軍の支給品を与えてみては? スパイなら
「現物支給か。しかし多くの兵を失ったばかり。その賠償も……」と悩む兵士長。
そしてしばらくの間、部屋の片隅で談合(?)らしき会議が繰り広げられた。
「よし決まった」と官吏。「リストの中から、これだと思う物を一つ選べ!」
ゲームの定番であるが、安堵したアグリ。提示された『アイテムリスト』を覗き込む。
現物の持ち合わせがなかったのか、それともシステム上の都合なのか。なぜかここだけはテーブルトーク的な、文字だけの報酬リストだった。
1、『ちょっと豪華、回復ポーションとやくそうの詰め合わせセット』
2、『見た目ハデかも、銀の胸当て』
3、『レベル上げなんてしゃらくせえ、力の種とすばやさの種のセット(レア)』
4、『お得な初心者バランスセット、銅の剣、革の鎧、木のバックラー』
5、『これも定番? 鹵獲した武器(レア)』
(*みんななら、何を選ぶかな?)
アグリの目からも、(全部じゃないの?)(たった一つ?)と不満を漏らしたくなるような難物ばかり。
しかし、不満を漏らせば、これら報酬も取り下げられる可能性がある。
1、はこの世界での必需品。ありきたりで無難な回復アイテム。『ちょっと豪華な』というくだりが、押し付けがましく、
2、はシルヴィも装備していた防具と同型か。『見た目ハデかも』というネガティブなくだりが、所有欲を萎えさせる。逆の意味で高級品かもしれない。
3、は効果が不明なので明らかにギャンブル。もう少し説明が欲しい所。
4、は王国下級兵の通常装備。お下がりで間違いない。『お得』というくだりから、これを選ばせようという意図を感じる。はずれで間違いなし。
5、は魔王軍から鹵獲(接収)したレアアイテムだろうか。全くの情報不足。
アグリの勘では、2、が、最有力。質屋に入れて別の装備を整えるのもアリか。
4、だと『銅の剣』が装備できない上に、あのモヒカンとお揃いになる。
3、は面白いが、序盤で種系アイテムを使っても、レベルが一つ上がる程度の上昇値しか得られないなら、レベルを上げた方が手っ取り早い。
1、と3、を選ぶとメインの武器が『
「手柄を立て、近衛騎士を目指すならカッコよく、4、だろ?」と兵士長。
「2、は止めた方が良い。農夫では使い熟せまい。転ヤー行為は反則じゃからな。この場で油性ペンででっかく名前を記すからな」と老貴族。
「3、と5、がレアアイテムでお勧めだぞ」と官吏。
三人からのヒントを聞いて、2、と4、の選択は消した。報酬を安く済ませるため、嘘を言っている気がしたのだ。名前入り装備は精神的に無理だし。
「なぜ、5、がお勧めなのです?」と官吏に尋ねてみた。
「装備条件が特殊で誰も装備できんのだ」
そうして詳細を教えてくれた。
魔王軍からドロップしたナイフ系の武器で、それを兵士向けにメンテしたが、『トライブ限定』の装備条件が消せないらしい。
トライブ(tribe)とは部族、それも未開民族を意味する言葉である。
「農民が装備できるのですか?」
「未開人という意味では農民も同じじゃろ?」と老貴族が代わりに答えた。
(農民を馬鹿にしやがって!)
「だが、武器としては悪くないぞ。衣服の下にも隠せるから諜報活動にはもってこいだ」とアグリの不満を見取った兵士長がフォローを入れる。
しかし、アグリにとってはそれがネックだった。
レベル一でいきなり敵国に忍び込むような無謀な真似はしたくはない。
レベルをコツコツ上げるには、オーガやゴブリン、ドラゴニュートのようなモンスターと戦わねばならないだろう。
対人戦闘ならばナイフでも良いが、モンスター相手では分が悪い。
リーチが短い上に、オーガやイノシシのような大型モンスター相手だと分厚い皮や脂肪で刃が急所まで届かない。
「そうかもしれんが、アレには能力補整効果があったはずだ。すばやさが……」
「5、でお願いします!」
即決だった。能力補整効果付きの装備など、ゲーム序盤ではレア中のレア。コレクター系ゲーマーならば絶対見逃せない。
結局、モヒカン以上のホクホク顔で、第一の城門を後にした。
早速、頂いた『???ナイフ』をアイテムストレージから取り出す。
「あれっ、なんで名前が……バグ?」
名称が解読できない上、手に取ってみると『装備できません』の表示。
無理やり装備しようと試みたものの、鞘から引き抜けない。
まがい物をつかまされた、というわけでもなかった。無駄に凝った意匠の
『調べる』でチェックしてみると……。
『攻撃13・すばやさ+3・レア・トライブ限定・装備可能レベル八以上』
「ふざけんな!」
アグリは城門へ向かって叫んだ。
農夫以外装備できない。装備出来ても農夫は戦力にならない。転売しようにも上級プレイヤーに農夫はいないから値がつかない。
つまり、不用品をつかまされたのである。
推しに弱く買い物スキルが足りていないのは、ゲーム世界でも変わらないらしい。
己の浅慮に嘆きながら、この日はログアウトした。
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