Phase 6 報酬……?

レベル29


 キャンプ地まで下がっていたことも手伝って、モヒカン小隊は何事もなく城門まで撤退できた。

 そのおかげで死者ゼロ。城門での検問渋滞もさほどではなく、簡単にやり過ごすことが出来た。

 開戦時の『ノーミス』作戦は成功したといえようか。


 第三城壁の内側には、既に負傷兵向けの支援キャンプが張られており、負傷兵の回復、討伐報酬の支払い、失った装備等の賠償も始まっていた。


「嘘だろ!」とは、そこでのアグリの悲鳴だった。


「仕方ありません。草刈り鎌は農具ですから……賠償対象外です」


 官吏かんりの対応は冷めていた。お役所仕事と言わんばかりに。

 アグリも、これが他人の話ならば、「もっともな意見だ」と静観したところ。


「それなら報酬金は? 経験値は?」

「王国軍は敗北したわけで、勝利報酬はありません。アグリ……殿はほぼ無傷で帰還したわけですから、賞恤金しょうじゅつきんの対象者でもありません。体力の回復でしたら、隣のテントに農民のこさえた美味しいおにぎりが山ほどあります。お好きなだけどうぞ。それから戦闘記録を確認する限り、オーガを討伐したのはアグリ殿になってはいないようですよ」


 親切なのか、不親切なのか良く分からない対応だった。少なくとも、この官吏はおにぎりが嫌いではないようだ。


「つまりとどめを刺したドラゴニュートの手柄になっているわけ?」

「さあ? そのドラゴニュートはどこに?」と首を傾げる官吏。

「遠くに飛んでいきました……」

「ゴブリン三体を倒したことは確認できましたので、経験値6ポイントと、討伐報酬7ガルズが支給されます」

「三体?」


 アグリの記憶では押し役のゴブリン兵三体と小ゴブリン兵だったはず。

 しかし、「経験値6、討伐報酬7ガルズ」の衝撃が大きすぎて、どうでも良くなった。


「普通、ゴブリンは一匹につき2ガルズの討伐報酬なのですが、色をつけておきました。農兵なのに大した戦果です!」

「1ガルズのボーナス……」


 この官吏は、とてもいい人だったらしい。


  ☂


 テントを出て、トボトボと歩き出す。

 所有者不明で返却の必要もなかった『なた』と、7ガルズを手にして。


「ようアグリ、なぜそんなにがっかりなんだ?」


 小隊長モヒカンは、アグリとは別の上級官吏から査定を受けていた。小隊長としての報告があると言って。

 しかし、戻ってくると、ご機嫌だった。

 これは明らかに不自然だ。


「なんでそんなに浮かれてんだ? 俺たちボロ負けだったんだろ?」


 アグリの奮闘であの報酬内容ならば、モヒカンなど何も出ないはず。あったとしても、失った『木のバックラー』の賠償金程度。

 終始逃げに徹していたので、下手すれば戦犯もあり得る。


「この俺が戦犯だと?」と笑って応じたモヒカン。「俺の小隊は一人の犠牲者もなく、あのジャガーノートを撃退したんだぞ!」

「ちょっと待て。俺のステータスには討伐記録が刻まれていないって官吏が……」

「個人の討伐記録は俺も同じだ。手柄はあのドラゴニュートになっているだろう。でも、モヒカン小隊としての成果には数えられる」

「マジか?」

「その上、どの小隊もNPC兵の死傷者を出したが、俺の小隊だけは無傷だったしな。これから王城で褒賞の儀が執り行われる。小隊長として出席するよう命を受けた」

「なっ、自分だけずるいぞ!」

「パーティで上げた成果をリーダーが代表して受ける。リアルでも同じだろ? アグリとの好感度も上がったし、独占だけはしないさ。ならな!」


 つまりレベルアップ、ステータスアップ、一品物のレア装備なら独り占めということか。

 モヒカンは上機嫌でキャンプ地から去って行った。


 悲惨なリザルトに打ちひしがれていたアグリだったが、時間的にはさほどでもなかった。

 支援キャンプには、次から次へと負傷した兵士たちが押し寄せて来たのだ。

 その目的は賞恤申請で間違いない。


 片腕を失い憤怒のドワーフ、自慢のモフモフの尻尾が焼け焦げたと泣き荒ぶキツネ女、ヘルハウンドから翼を焼かれ手羽先みたいにかじられたトリ男などが、続々と。

 そんな悲痛な光景の中、『草刈り鎌』をロストした、ゲットした報酬がたったの7ガルズ、などと愚痴っていられる雰囲気ではない。


「あの官吏もこれから大変だろうな……」


 この場に留まっていても邪魔と判断し、支援キャンプを後にした。


  ☂


 ゲーム世界の非戦闘エリアとしてはやや長い移動の後、『第二城門』へと到着した。


 ここでもすぐに数人の番兵に囲まれ、「脱走兵か?」「敵軍の放った工作員だろ?」「エリート兵の奴隷じゃないのか?」そんな職務質問を受けた。

 レベル一の農夫が、戦場でうろついているのだから疑われても当然か。

 しかし、年老いたNPC兵が気使ってくれた。「装備を失った農兵か?」と。

「はい」とだけ答えてステータスを見せると、それ以上の職質はなかった。

「おにぎりの食糧支援ご苦労様」と筋違いのねぎらいまでかけられた。


 『プレイヤーギルド』にも兵士や傭兵風のプレイヤーが大勢詰めかけていた。

 『クエスト受注』『武器貸出返却』『素材買取り』『お悩み相談』、各窓口には長蛇の列が出来上がっていた。

 前回、誰も並んでいなかった『賞恤窓口』さえも忙しそうにしていた。


「あいつら全員、死に戻りなのか……顔色の悪い奴らばかりだな……」


 モヒカン情報によれば、死ぬとレベルダウン。さらにその間に得たスキル消失、所持金ロストなどのデスペナが与えられる。

 しかし、イベント中だとある程度までプレイヤーギルドが補てんしてくれる。その申請場所が『賞恤しょうじゅつ窓口』だそうだ。

 まるで幽霊の職安のような状況に、改めてVRMMORPGの過酷さ、恐ろしさを感じずにいられなかった。


 アグリの並んだ列は、もちろんシーラさんの『お悩み相談』の窓口である。

 その待ち時間、前回と同様に様々な話を聞くことができた。


「イベントどうだった?」「レベルアップ!」「俺はヘルハウンド討伐したぞ」「ミスリル製の武器ゲット!」といった景気の良い話や、「ジャガーノートにひかれてデスペナ食らった」「買ったばかりの鉄の槍をロストした」といった悲惨な話も。


 その中で最も気を引いたのは、「ついにダークエルフを見たぞ!」「あのエロボディと衣装な!」「ここのお固いエルフとは違うな!」と興奮して話していたパーティだった。


 後者はアグリには意味不明であったが、数人の窓口エルフ嬢に取り囲まれ、HPバーが赤くなるまでタコ殴りにされていた。

 エルフ族の大半は絶壁か幼児体型なのが関連していると思われる。

(口を慎まないと……)気を引き締めるアグリだった。


「次の方……」と呼ばれていそいそと窓口に歩み寄る。

 『お悩み相談』の窓口嬢は、この日も接客スマイルのシーラさん。先ほどの暴行にも加わっていたためか、若干、肩で息をしていた。


「どういったお悩みをお持ちですか?」と定型句なセリフは前回と同様だった。しかしアグリの顔を見るや否や、「アグリ君、無事だったのね!」と表情を崩す。

 アグリの気さくなキャラにれているのかもしれない、などと考えていると違った。


「前回来た時、年貢の督促状を持っていたし、農夫で兵役に就くって聞いたから、無茶しないか心配で……」


 そして、まなじりを指先で拭う。

 やはり、前回、アグリは自暴自棄に陥っていると勘違いされていたらしい。


「ダークエルフを見るまで死ねませんって!」

 とは、もちろん場を和ませるためのジョーク。


「私を見て、ダークエルフと違う、とか思っていたらデスペナ与えますからね!」

「違います! そんなこと考えてません!」


 ただ、その噂のダークエルフは(一目見たいな……)とは思っていた。

 山鳥タクミは絶壁でも幼児体型でも問題ないが、おとこの、ゲーマーとしての知的好奇心というやつだ。


「今、何て? 幼児体型大歓迎? 一目見てみたい?」

 そして、シーラさんはなぜか顔をポッと赤らめる。


(でも、このゲームはリアル情報がアバターにも反映されるよな……体型とかも)


「なんですって!」

「人はアバターより中の人って意味です!」とは、おバカなアグリの弁明。

「人は見た目より中身、って意味かしら?」と、正してくれたシーラさん。


 この会話ログに関する説明であるが、シーラさんに妙な読心術が備わっている、というわけではない。

 プレイヤーのアバターには、『音声変換エンジン』が備わっていて、少し強めに意識するだけで、思ったことや感じたことをセリフとして喋ってくれる。

 そのため興奮状態(エロトーク)などは、要らぬ考え(本音)まで口を滑らせてしまい易い。便利な機能のようで、意外に不便なのである。


「ところで俺、ジャガーノートを討伐したんです!」と慌てて思考を上書きした。

「へぇ~アグリ君、凄いじゃない!」シーラさんも無邪気に手を叩いて喜んでくれた。


 しかし、騒がしい接客を上司から見咎みとがめられ、慌てて居住まいを正す。


「ジャガーノートは魔王軍の主力兵器だから、イベント結果に関わらず報酬は出ます」


 それを聞いて安心した。

 モヒカンは「イベントで敗戦すると王宮が報酬を出し渋る」と言っていたが、番兵の情報は正しかったようだ。


「ちなみに、おいくらぐらい?」

「ジャガーノートだと通常三百ガルズが支払われますが、過去の例だと三分の一程度に減額となるでしょうか。なにぶん支払元が王宮となっておりますので……」


 イベント敗北でこれら討伐報酬も減額されるだろう、と推測を交えて教えてくれた。

 減額でも年貢は完済できる。税務署はモンスター以上の難敵。これはリアル経験則。


「ところで、リアルクエストって何です?」


 この列に並んでいる間に小耳にしたのだ。古参と思しきプレイヤーが「リアルクエストが掲示板に出ているぞ」と囁いていたのを。

「アグリ君にはまだ早い話なんだけど……」と渋面を作りながらも教えてくれた。


 なんでも、この世界のモンスターが「異世界に紛れ込む」とか。

 塩漬けクエスト(長期間未解決のクエスト)やプレイヤーが討伐に失敗したモンスターなどが、システム上の都合により異世界へ転移されるそうだ。

 大きなイベント直後ほど、『リアルクエスト』に発展し易いとか。

 しかし『リアルクエスト』は、大変危険を伴うため受注制限も厳しく、プレイヤーはレベル六以上が推奨されると言う。


「なんだか……ゲーム脳な話ですね?」

「アグリ君にはまだ関係のない話だから……」


 シーラさんも笑って話を締め括った。


  ☼

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