レベル28
巨大なテントは『食堂』だった。
『食堂』やその『調理場』なら調理用ナイフが手に入るかもしれない。
だが、アグリの向かった先は、テント裏だった。
ナイフや包丁ではリーチが足らない。
オーガのあの分厚い肉を断ち切れない。
本命は斧だったが、アグリが見つけたのは『
『攻撃3・重量4・耐久値255・植物系特攻・誰にでも装備可』
再びピコピコがアグリのプライドを打ち砕きに来たが、カンスト気味の耐久と『草刈り鎌』や『竹槍』から攻撃力が一つ増したことは
そして、運が良いのか悪いのか、『鉈』を手に取った直後にオーガが姿を現した。
今度はアグリが先制。
オーガの足元へ転がり込み、
「ゴン」と鈍い音がしただけだったが、オーガの表情はそれ以上に険しくなった。
気持ちは解る。
レベル一の脛攻撃など、ちゃぶ台に足を引っかけたような心境だろう。
アグリのHPは再び50%を下回っている。
棍棒からの衝撃波だけで5%も削ってくる相手に勝ちきれるとはとても思えない。
だから、この
オーガが「こんな経験値にもならない雑魚敵なんてもう知らない!」と立ち去るのを期待しているのだ。
しかし、オーガのヘイトは増すばかり。当然と言えば当然か。
「いよいよ手詰まりか……」
アグリが大きく嘆息をついた直後に、背後のテントが焼け落ちた。
炎の中から現れたのは一匹のドラゴニュート。
満腹で寝ていたものと同一個体だろう。オーガに蹴り起こされたためか、顔が激怒色に変わっていた。
「手詰まり感が半端ないな……また逃げるのか?」
レベル一の主人公が上位モンスターの挟撃に会い、逃げおおせた例など聞いたことがない。
それが可能ならば、『逃げる』だけで大半の戦闘がパスできてしまう。
しかし、諦めの悪さは元プロゲーマー山鳥タクミの真骨頂。
無駄死にと分かっていても、観客を落胆させるプレイだけはしない。
そして、戦闘を続行するならば、ターゲットをどちらかに絞らねばならない。
「脳内選択肢はもう必要ない! こっちだ!」
まずは、先ほどと同じ脛攻撃でオーガの構えを下げさせ、腕へと攻撃を切り替える。
狙いは武器ドロップ。
巨体オーガ相手では素手でも脅威に違いないが、棍棒のリーチと破壊力、さらに衝撃波まで加わっては、あまりに不利すぎる。
同じ攻撃を二度繰り返すが、なかなか棍棒をドロップしない。
耐えに耐えていたHPもいよいよレッドゾーンへと突入。
そして、ついに恐れていた背後からの、ファイアーブレス。
さすがに諦めが悪いアグリでも(終わったか……)と落胆した。
だが、灼熱の炎の塊はアグリの頭上を通り過ぎ、オーガの胸部を直撃。
(狙いを外した?)
しかし、ドラゴニュートの鋭い視線はオーガへと向けられていた。
(安眠中に蹴り起こされた事で怒っているのか?)
確信は持てない。だが、不確定要素に係わっている余裕もない。
モンスターの攻撃アルゴリズムは個別のAI制御だろう。戦況の変化で柔軟な対応をしても不思議ではない。
(チャンスだ! 脛への追撃で……)
これはさすがに警戒されていた。
足を後方へ引き、軽くいなされる。さらに棍棒による反撃が、背後から襲い掛かる。
「うぉ!」
腹から声を上げて身を捩(よじ)《よじ》る。
だが、直撃も衝撃波も来ない。HPも一ドットたりとも減っていない。
オーガの巨体を見上げれば、なんと頭部が炎上していた。
ドラゴニュートの仕業だろう。しかもこれまでにない火力。
「本気を温存してやがったな……
アグリはドラゴニュートと距離を保った。
可能ならばタゲの分散。
オーガの棍棒攻撃を躱しつつ、チクチク足元へ嫌がらせ攻撃。
隙があれば、武器ドロップを狙いに行く。
「お前はもう攻略済みだ!」
威勢を上げるアグリ。
ドラゴニュートのヘイトとブレス攻撃に依存した戦法。
情けない話だが、現状では戦法の選り好みなどできない。
それでも苦戦は必至。
細かい攻撃から対戦相手を精神的に追い詰める戦法が大の好物の山鳥タクミであるが、すべてにおいて格上の相手では、楽な作業ではない。
「早くしてくれ……」と赤く点滅するHPを横目に何度呟いたことか。
そして、五発目のファイアーブレスが直撃し、ついにオーガが地面に両膝をついた。
赤いポリゴンを盛大にまき散らし、爆散。
「残りHP3%かよ……」
その場にへたり込むアグリ。
性も根も尽き果てた。アイテムなし、残りHP3%ならやむを得ない。
「おい、アグリ! 生きているか?」
そんな声はモヒカンから。
(見学してたんじゃないだろうな……)と疑いたくなる絶妙なタイミングだった。
NPC兵もすぐに駆け付け、『やくそう』を使用してくれた。
「それにしても見事な戦いぶりだったぞ!」
(やっぱり見てたのかよ……)と苦情を述べたい気分だったが、モヒカンが参戦したところで戦況に変化が生じたとも思えない。
「そういえば……ドラゴニュートは?」
勝利の立役者がいなくなっていた。
お礼にお肉をお土産に、と考えていたのだが。
「退散したんじゃないのか? 敵陣のど真ん中だし」
「自軍に帰ったか……」
拘束具までつけられ、半ば無理やり戦わされていたであろう社畜が自陣へ戻るとも思えない。
しかし、敵陣に残るよりマシかもしれない。
「ところで……この戦争の終結条件ってどうなっているんだ?」
アグリはもう帰りたかった。武器もアイテムもなくなったし。
「どちらかの指揮官がやられるか、撤退を判断するまでだったと思うぞ?」
「プレイヤーのログアウトは?」
「逃亡兵扱いだな。自軍が勝利しても、経験値も報酬も貰えない」
「それは嫌だな……」
突然、前線で激震が発生した。
遠く離れたこの場所でも分かる大きな変化だった。
「「なんだ、ありゃ?」」
モヒカンと二人、顔を見合わせる。
花火のようだが、それに似つかわしくない地面の振動。
「敵軍の大規模魔法攻撃だ!」
とNPC兵の一人が叫ぶ。
この前線キャンプ地には、バックアップ要因のNPC兵以外にも、商人や負傷兵など非戦闘員が多く集まっている。
そんな彼らに対して伝えた言葉だと思われる。
(だからなんだ?)と考えたのは、アグリとモヒカンだけだったらしい。
商人は手早く荷物をまとめ始め、NPC兵の動きも慌ただしくなった。
より的確な表現を用いるならば、撤退準備を始めたのだ。
「おい、どうして撤退を始める?」
先ほどの女商人に尋ねた。
女商人は「やっぱニュービーだね!」と笑い出す。
「王国軍はいつも魔法攻撃を出された直後に撤退を開始するからね。早めに城壁内に逃げ込まないと、お尻に火が付くよ」
そして、女商人はスタコラ去って行った。
「……だそうだが、どうする、アグリ?」
「早めに逃げたら、逃亡兵のレッテルを張られないか?」
(そこは小隊長案件だろ?)とも思ったが、何も知らないのはお互い様。
ペナルティの線引きが明確なゲーム世界では少ないが、リアル世界ではよくある話。敗北理由に無知な弱者を戦犯扱いする行為が。
ブラック企業だとトカゲの尻尾切りとも言う。
そんな会話をしてまもなく、激しいドラの音が周囲に鳴り響いた。
今度こそ尋ねるまでもなかった。
「撤退! 撤退!」「城壁まで撤退!」
そんな怒号が続いたのだった。
☂
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます