レベル27


 しばらく寝ている様子を見守っていると、モヒカンが駆け寄って来た。

 要らぬちょっかいを出されては面倒事の予感しかしないため、こちらからモヒカンを出迎える。ドラゴニュートを背後に隠して。


「そっちはどうなった!」

 と慌てるモヒカン。


 モヒカンのHPは残り少なく、装備もボロボロ。


「催眠攻撃で眠らせた。近づかない方が無難だな」


 もちろん嘘だ。漢の見栄とも言う。


「マジか? 農民スキル? だが、今はそれどころじゃない。マズい事態になった!」

「小隊長! きゃつが追いついてきました!」とNPC兵の一人。


「きゃつ?」と尋ねるまでもなく、その「きゃつ(彼奴)」の上気した赤い頭部が樹木の上から現れた。

 アグリの投擲した矢はアホ毛のように刺さったまま。しかも本数が増えていた。


「何したらあんなに怒るんだ!」

「あの矢はアグリの責任だろ!」


 どうやらアグリの攻撃を真似て、投擲攻撃主体に切り替えたらしい。


「同じ攻撃を繰り返したら、ヘイトが酷いことになるのはRPGの常識だろ!」


 その分かり易い例が、先ほどのアグリとドラゴニュートだったわけだが、棚上げした。

 とにかく、何とか仕留めないと、永遠に追いかけてくると思われる。


「どうする……?」

 1、戦う。

 2、食べ物を投げる。

 3、モヒカンを見捨てる。

 4、逃げる。

 5、アホ毛(矢)を優しく抜いてあげる。

 6、土下座して謝る。


「これまで以上に選択肢が酷いな……ピコピコもネタ切れか?」


『警告・これらの脳内選択肢はAI判断とは無関係です。この手の発言を繰り返すと、GMへの侮辱行為とみなされる恐れがあります』


(この脳内選択肢は俺が原因って言いたいのかよ!)


 上気しきったオーガが食べ物に興味を示すとも思わない。

 HPが回復したアグリが再びヘイトを引き受け、モヒカンとNPC兵には別の場所へ撤退してもらうのがベストか。


「嘘だろ……」


 その僅か一分後。

 作戦は失敗に終わった。選択肢を誤ったのだ。


 アグリは1、を選択。

 得意の連撃を二度、オーガの背中に叩き込んだ。

 しかし、オーガのヘイトが再びアグリへ向けられることはなかった。


 だがそれは想定済み。

 アグリが驚いた理由は、最後の武器『草刈り鎌』が木端微塵に砕け散ったから。あまりの酷使に、耐久値が限界に達したと思われる。


「これで実質、武器防具がゼロじゃねーか……こんな悲惨なRPG初めてだ……」


 厳密には、装備中の『農夫のつなぎ』があるが、戦場でマッパとか、エロゲ以外であり得ない。『鍬(耐久値激ヤバ)』は理由付けの必要もないだろう。

 とにかく、2、3、4、のいずれかを選択し、新しい武器を調達すべきだったのだ。

 もちろん、5、6、は論外。


「アグリ、俺の剣を使え!」

「(農夫でレベル一だから)使えねーよ!」

「それなら投石しろよ!」

「ダメージゼロで、ヘイトだけ稼ぐような自殺行為なんて誰ができるか!」

「俺はお前の小隊長だぞ~!」

「知ったことか~! 上官ヅラするなら働けよ!」


 そんな不毛な会話を繰り返しながら、アグリとモヒカン、NPC兵は逃げ惑う。

 他者にオーガを押し付けなかったことだけが、唯一の救いだったと言えようか。


(時間切れで金縛り幽霊とか出てこないよな……)などと心配していると、オーガは突如立ち止まり、足元の小動物に注意を向けた。

 ドラゴニュートである。

 この喧騒の最中、未だコクコク舟を漕いでいた。


「ファイアーブレス攻撃再開か……?」

 と表情をしかめるアグリ。


 ところがオーガ、相当腹が立っていたのか、なんとドラゴニュートを蹴り飛ばす。

 虐待されるワンコのごとく、吹っ飛ぶドラゴニュート。

 ゲーム世界であっても動物愛護団体が抗議してきそうな光景であった。


 アグリも腹が立った。

 だってそうだろう。手持ちの肉まで与えて、寝かしつけたというのに。


「どうする……?」

 1、オーガと一緒にドラゴニュートを討伐する。(非情、上手くやればレベルアップ)

 2、オーガの前に立ちふさがり、ドラゴニュートをかばう。(友情、仲間になるかも?)

 3、やっぱりこの隙に逃げる。(無情、所詮はゲーム世界だし)


 アグリの取った行動は2、だった。

 とはいっても、有用な攻撃手段があるわけでもない。

 拾った石を投げつける。「つるっぱげ~」「ヅラ頭~」と罵声を浴びせながら。


 オーガの赤い顔がグルリとこちらに向き直る。

 この時ばかりは軽率な行動を後悔した。


「やべぇ……AIも激おこだよ」


 もちろん次に選んだ行動は、3、であった。


  ☂


 荒野から林へ、先ほどと逆ルートで逃げ続けた。

 すると、スタート地点――前線のキャンプ地へと到着した。

 ここなら武器の調達が可能。援軍を呼ぶこともできるかもしれない。


「援軍を……いや、武器くれ!」


 巨大なテント脇で『ミコリンのよろず屋』の看板を出していた女商人にすがりついた。

 これまでまったく役に立っていなかったモヒカン小隊のメンバーの一人。

 パーティメンバーでありながら、ジャガーノートとの戦闘には参加せず、剥ぎ取り行為を繰り返していた見下げた商人でもある。


 アグリとしては、(こんな商人から買うものか!)と言いたいところではあったが、背に腹は代えられない。

 前線で激しい戦闘が行われている最中、他のプレイヤーからの助力はあてに出来ないし。

 すると、その女商人、アグリを一瞥して「フフン」と鼻で笑った。


「その身なり農民でしょ? 扱える武器があるとは思えないわね。ちなみに竹槍は売っていないわよ」


 農民偽装アイテム『組合の手ぬぐい』を失ったせいか、露骨に見下してきた。


 そんな接客態度で思い出す。

 アグリの『回復ポーション』を対価に、「ゴミ情報を売りつけた女商人はこいつだ!」と。

「商魂たくましい、と表現してほしいわね」

「そんなことはどうでも良いから、武器をくれ。同じ小隊メンバーだろ!」

「農夫じゃ無理じゃない? レベル制限大丈夫~?」と言いつつ商品リストを開く。


 『銅の剣』や『鉄の槍』は装備制限で無理。

 しかし、簡素な『はがねのナイフ』なら装備可能だろう。『破竹の弓矢』も竹槍と同じ竹製だから使えそうだった。


「その弓矢を譲ってくれ!」

「あいよ。毎度あり!」

「毎度あり? もしかして金をとるのか?」

「破竹の弓、矢が一ダースついて百ガルズね」

「同じ小隊メンバーだろ? っていうかその売り物の鉄の槍、さっき戦場で拾ったやつだろ! 傷だらけじゃねえか!」

「私だって危険を冒して前線まで出張って来てるのよ。タダなわけないじゃん!」


 どうやらこの女商人、がめついのはデフォルトのようだ。


「それでも……百は吹っかけすぎだろ? 農民の一期分の税金の倍だぞ!」

「農民の税金なんて知らないわよ! 王都の正規価格に五割しか乗せてないのよ。お値打ち品よ!」


 あまりに呆れた物言いにアグリは言葉を失った。そしてこう続ける。「そんな所持金は……ない」と。

 するとあからさまに態度を変えてきた。


「商売の邪魔だから帰っとくれ!」

「待ってくれ! オーガに追われているんだ!」

「アンタ、これがゲーム世界だって知ってる? たとえ一ガルズの腐ったやくそうでも、買えなければ死ぬしかないの。ゲーム世界で物乞いはナシよ!」


 商人の言い分に一理ある。

 主人公が一国の王子であっても、やくそうが買えなくて全滅することもある。せいぜい城下町で宿屋がタダになる程度。それがRPGのブラック世界。


「先達としてヒントをあげる。武器は買うだけが入手方法じゃないわ」

「また、竹槍情報か? 投石でヘイトを稼ぐのも正直うんざりなんだが……」

「石や竹槍以外にも色々とあるわよ」と背後の巨大なテントを指し示す。「この情報料はツケだからね!」

「誰が払うか! けちんぼ!」


  ⚡

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る