レベル26


 『逃げる』というコマンドはないので、アグリはとりあえず走った。一目散に。

 逃げる場所など知ったことか。

 誰かが助けてくれるか、ドラゴニュートのタゲがアグリ以外の誰かに向かうまで、とにかく走った。


 死屍累々の最前線。魔法飛び交う暗黒の遺跡。美味そうな匂い漂う前線のキャンプ地。

 しかし、助けてくれる者は皆無。

 それどころか「真面目に戦え、農兵!」「逃亡兵だ!」「戦場でお散歩するな!」など叱られる始末。誰一人助けてくれやしない。


 ドラゴニュートは小型犬ほどの大きさだし、チワワのようなつぶらな瞳でけっこう可愛いし、他人にはアグリが遊んでいるように見えるのだろう。

 かすめただけでHPが八割も減るブレスを吐く、凶悪モンスターなのに。


 そんな鬼ごっこもいよいよ終焉しゅうえんに差し掛かる。

 眼前には限りない荒野が続いていたが、視界上部にピコピコからのテロップが流れたのだ。


『警告・ここから先はバトルフィールドではありません。逃亡兵とみなされます』


 どうやらここが戦場の、イベントマップの境界のようだ。


「ここがゲーム世界だってすっかり忘れてた……」


 背後から迫るドラゴニュートの姿を確認し、絶望に沈んだ。

 追い詰めるのは得意だが、追い詰められると打開策がない。

 格ゲープロ・山鳥タクミのキャラクター特性をそのまま移植したような展開に。


 前線から遠く離れたマップの片隅で絶望に陥っていたアグリだったが、不思議とドラゴニュートの攻撃は来なかった。

 それどころか、「ガフォ~ガフォ~」と実家で飼っていたワンコのしゃっくりのような仕草まで始める始末。

「ん……?」と考えたのも一瞬のこと、その原因に思い当たった。


「MP切れか?」


 拘束具で縛られ、あれほどオーガにこき使われていれば当然か。

 ヘイト(本能)でアグリを追って来たものの、MPが底をついていたのは気付かなかったらしい。


「チャンス到来!」


 しかし、アグリもある事実に気づく。

 それはドラゴニュートの攻撃アルゴリズム。

 モンスターはHPが減ると防御系の行動を選び始め、さらに危険が迫ると特殊行動を取る。

『隠れる』とか『逃げる』とか。オーガのように逆切れパターンもあるか。

 だが、このドラゴニュートはファイアーブレスを吐かない以外の変化がない。

 HPが全く減っていない可能性がある。


 それに対し、アグリはここまでの逃走で再びイエローゾーン。残りHP20%。

 ぬいぐるみのような外見とはいえ、格上モンスター。噛まれただけでも終わる。


(草刈り鎌で削り切れるだろうか……)


 何かないかとアイテムストレージを覗き込む。

 所持品を覚えていないわけではないが、ゴブリン兵を倒したことで、何かドロップされていないか期待したわけだ。


「やっぱ食い物だけかよ……」


 かさばる野菜類は家に置いて来たので、残るは、『くわ(耐久値激ヤバ)』『ワートホッグの肉(11キロ)』、そして無限ポップする『おにぎり』のみ。


 それにしてもこの食料系アイテム、いったい何のために存在するのか。

 無駄にアイテムストレージを圧迫するので、ストレスの原因となりつつあった。

 小回復するが、食べるのに時間がかかる。素材によっては『調理』スキルも必要。


「ちょっとだけ、待ってくれよ……」


 ドラゴニュートに身振り手振りで伝える。

 そして、「よっこらしょ」と切り株に腰を据えて、『おにぎり』をみ始める。

 山鳥タクミは立ったままでは食べられない性分なのだ。


 戦闘イベント中の(自分で言うのも何だが)奇妙な光景に、ドラゴニュートのAIも戸惑いを覚えたらしい。

 首を傾げながらも『おにぎり』を凝視する。


「そんなに注目されたら食べ難いだろ……」


 仕方がないので、『おにぎり』の白米部分を放ってみた。

 するとドラゴニュートは歩み寄り、ワンコのように臭いを嗅ぎ始める。

 しかし、食べるまでには至らない。


「ちっ、肉食系か……」と、今度は『おにぎり』の具材『謎肉』を放ってみた。

 するとこれには躊躇ちゅうちょなくパクリ。

 さらに物欲しそうにつぶらな瞳で訴えてきたため、横を向いて白米を口に掻っ込む。


『やくそう』ほどのスピードはないが、HPが徐々に回復を始める。

 イノシシと毒蛇を討伐したことにより、『おにぎり』が『塩おにぎり』、さらに『謎肉おにぎり』へと進化したが、回復スピードが遅い。

 どうやら噛めば噛むほど、HPを回復するシステムらしい。つまり急いで飲み込んでも回復はしない。

 もしくは、ただ単に『農夫』の熟練度が低いからなのか。

 このままではしびれを利かせたドラゴニュートが、襲い掛かってくる恐れがある。


「仕方がない……コレをくれてやる」


 生では食べられない『ワートホッグの肉(1キロ)』を取り出し、放り投げた。

 すると、相当空腹だったのか、がつがつとむさぼり始める。


「やっぱトカゲは肉か~」


 そんな光景を微笑ましく眺めていると、チロリ~ンとSE(効果音)。

 そして、『好感度が上がりました』のテロップが視界上部に流れる。

 さらに、全身から虹色オーラが染み出ていた。これはなぜかドラゴニュートから。


「ああっ! お前、今、全回復しただろ!」


 食べ物はモンスターをも回復させるらしい。

 愚痴を述べても後の祭り。おにぎり六個でなんとかHP80%まで回復したアグリは、もう満腹。これ以上食べられない。

 鎌を再び装備してドラゴニュートと対峙する。


 だが、様子が変だ。

 ドラゴニュートに先ほどまでの威圧感も緊張感もない。

「ヘイト値はどうなった?」と尋ねても返答が期待できるわけでもないが、様子の変化で理解できた。

 なんとワンコのごとく、ウトウトと船を漕ぎ始めたのだ。


「好感度ってこういうこと?」


  ☼

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