レベル25


 この時点で勝利へのブループリント(青写真)は出来上がっていた。

 ゴブリン兵を撃破、戦車を行動不能にしたら、仲間のNPC兵と共にオーガを袋叩きにするだけ。


 しかし、そこへ割って入る邪魔者がいた。

 オーガの足元からやや小ぶりのゴブリン兵がヒョッコリ顔を覗かせる。

 その手には体に合わせたようなミニボウガン。


「あぶねえ!」とモヒカンが叫んだ時には、アグリは連撃モーションに入っていた。

 身をよじり、攻撃をかわそうと試みたが、ダーツ大ほどの小型の矢が右肩へ直撃。


『15%のダメージ』とテロップ。

 その反動で『草刈り鎌』まで手放した。


 威力は予想より低いが、武器ドロップはそれ以上に痛い。

 武器を拾う余裕はない。すでに戦車の転進は終わっていた。

 武器を放棄して距離を取る。

 戦車を一旦走らせ、その後に武器を拾おうと考えたのだ。


 しかし、戦車は動かない。

 方向転換を繰り返しながらこちらへ方向だけを定める。


「何が狙いだ?」


 小ゴブリン兵のミニボウガンだけなら脅威にならない。

 モヒカンは楽に盾で叩き落しているし、アグリも二発目以降はバックステップのみで見切った。


「なんだ、ありゃ……?」


 モヒカンがオーガの上部を指さした。

 オーガの左肩には拘束具に繋がれた赤色のトカゲ(?)が担がれていた。


「ドラゴニュート?」


 モンスター名を読み取った直後、その特性が脳裏を過った。


「ファイアーブレス、回避しろ!」


 しかし、モヒカンは動けない。

 ミニボウガンの矢を連続で受けていて硬直状態にあった。

 矢に加え、ドラゴニュートのファイアーブレスをまともに盾で受けたモヒカンは、大きく後方へノックバック。

 転倒しなかったのはモヒカンの根性か。レベル三の恩恵か。


 しかし、『木のバックラー』は完全に破壊され、破片さえも残さず燃え尽きる。


「俺の盾が~肥溜め掘りで資金集めはもう嫌だ~!」

 と泣き叫ぶモヒカン。


 直撃を免れたにもかかわらず、モヒカンのHPバーは20%まで減少していた。

 未だ硬直が解けないモヒカンの肩を担ぎ、急いで後方へと下がる。


「すまん……」


 盾ロストのショックが残っているのか、返事にも精彩がなかった。

 しかし、距離を開けるより、ドラゴニュートの攻撃インターバル回復の方が早かった。

 再びファイアーブレス。

 今度はアグリが狙われた。


 直撃こそ免れたが、大ダメージ。

『組合の手ぬぐい』も焼け落ちてしまう。

 HPゲージは残り10%まで一気に減った。

 HPバーは白色から赤色へ一瞬にして変化。視野も夕闇に覆われたように薄暗くなった。

 ピコピコ(アグリ内蔵AI)からも『危険……』の赤文字が表示される。


「衛生兵! やくそうだ!」


 隣でモヒカンが叫ぶ。

 すると視界の端からNPCが現われ、少しの間をおいて回復エフェクト。

 HPバーはゆっくりと回復し、40%に達して止まった。


 だが、ダメージを貰った時の倦怠感までは抜けきれない。

 自力でなんとか立ち上がったものの、いくら意識しても移動速度が変化しない。視界も依然として薄暗いまま。


「俺はずいぶんマシになったぞ……」

 幾分表情にもゆとりがみられるモヒカン。


 どうやら制限時間付きバッドステータスらしい。HPを急激に減らすと発生するようだ。

 上級回復薬『回復ポーション』ならば、このバッドステータスも回復するそうだが、アグリはあのがめつい女商人に売ってしまっていた。


 今度は戦車との距離を過分に取り、「どうする?」と話し合う。

 アグリは武器をドロップ、モヒカンも盾を失った。引き際にも思える。


 その一方、オーガは勢いづき、やる気も満々。

 盛んにゴブリン兵に指示を出し、ドラゴニュートの尻尾を引っ張っては、ファイアーブレスをまき散らしていた。

 機動力が落ちたことで、突進攻撃から射撃攻撃にシフトした様子。外見に似合わずなかなか目端が利くようだ。


 そんなオーガの姿を見てなぜか連想したのが、山鳥タクミをプロゲーマー廃業に追いやった格ゲー大会の対戦相手。

 反応速度は遅く、観客を魅了するセンスも無い。キャラ特性に依存しきった戦法で敗者復活戦を勝ち残ったあのヒャッハーウザい『ズーティ/イエティ』使い。


「絶対に攻略してやる!」。


  ⚡


 戦線復帰の前に武器調達が急務だった。竹槍も在庫が底をついたので。

 そんな時、ふと目に留まったのは、ジャガーノートに踏みつけられ放置状態の『鉄の槍』。

 誰かがドロップしたか、所有者が消滅したかのどちらかだろう。

 横領行為は山鳥タクミの流儀に反するが、「背に腹は代えられぬ」と一時的に流儀変更を決めた。


『装備』というコマンドはないため、腰に据えて構えを取った。

 だが、重い。まともに振り回せそうにない。

 不安を感じて、『調べる』でチェック。


『攻撃八・重量六・耐久値不安・

「ふざけるな、ピコピコ!」

 と地面に叩きつけた。


 すると、ダーツのように見事に地面に突き刺さった。

 それを見て思いつく。肩に刺さったままの矢を引き抜いて、調べてみた。


『ボウガンの矢・攻撃一・投擲可』


 これを見て確信した。

 モヒカンが盾で弾いていた場所まで駆け寄り、拾い集める。

 もうアグリに流儀などない。勝つことがすべて。勝てば官軍かんぐん負ければ賊軍ぞくぐんと世間も言うし。

 あっという間に『ボウガンの矢×8』。思わずニヤリとほくそ笑む。


 問題は上手く扱えるかどうかだが、ダメなら次こそ尻をくって逃げるだけ。

 ドラゴニュートのファイアーブレスは凶悪すぎる。

 小ゴブリン兵のミニボウガンと連携されると、近づくのもままならない。

 こちらも遠距離から応戦するしか手はないのだ。


(飛び道具はゲットした。どれを狙おう?)

 1、オーガ。

 2、ドラゴニュート。

 3、小ゴブリン兵。

 4、全てを売って新しい武器を購入する。


 アグリの回答は3、だった。完璧な消去法。

 1、は『ミニボウガンの矢』が効果あるとは思えない。

 2、は近づき難い。

 4、商人など周囲には見当たらない。


 小ゴブリン兵がボウガンを射出した直後の硬直を狙って、『ボウガンの矢』を投擲。

 やはり、ボウガンのようには行かなかったが、大きく弧を描きながらも見事にヒット。

 小ゴブリン兵は少し怯んだ後に、装甲の裏に姿を消した。


 アグリは二発目を構えて待機。

 しかし、待てども待てども出てこない。

「もしかして……」と転がった『草刈り鎌』を拾い上げ、戦車を「オラッ!」と威嚇した。(農夫の掛け声ってダセェ)と思ったがここは我慢。


 すると、再び小ゴブリン兵がひょっこり姿を現す。

 右手に装備したままの『ボウガンの矢』をそのまま投擲。

 これもヒット。

 小ゴブリン兵は頭部を射抜かれ、後方へと倒れこんだ。


 空いた右手に『草刈り鎌』を持ち替え、押し役のゴブリン兵に切りかかる。

 コツをつかんだのか、残りのゴブリン兵も『CRITICAL HIT』で爆散させた。


 これでジャガーノートはただのお立ち台。残った敵はオーガとドラゴニュートのみ。

 しかし、オーガのヘイト値まで稼いでしまったのか、ファイアーブレスの標的は完全にアグリへと変わっていた。


「これでは近づけないぞ……」


 後方への退避を余儀なくされるアグリ。

 ところがその直後、オーガの体とHPゲージが大きく揺れた。


「モヒカン小隊突撃!」「こいつは俺様に任せろ!」「ラストアタックゲットだ!」「ラストアタックは小隊長に譲れ!」「嫌っ!」「ヒャッハー!」


 モヒカン小隊の面々とサポートNPC兵だった。

 姑息にもオーガの背後に回り込み、強攻撃を繰り出す。


「俺の作った間隙に、えげつねぇ……」


 しかし、『背後攻撃』と『大ダメージ』でしっかりヘイトも稼いでくれたようで、オーガは再びモヒカンへとタゲを変えてくれた。


 アグリの次の狙いはドラゴニュートだった。

 オーガがドラゴニュートの行動を完全に支配しているため、いくらドラゴニュートのヘイトを稼いでもファイアーブレスはこちらへ向かない。

 ダメージを稼げる上に安全。つまり、やることはモヒカンよりもえぐい。


 一投目、ヒット。二投目、ヒット。三投目、クリティカルヒット。四投目、ヒット。

「命中率良いな」から「倒せるの?」へ。

 やがて「無駄じゃね?」へと変わっていく。

 そして、五投目もヒットさせ、残弾最後となる運命の六投目。


「あっ! ごめんなさい!」


 反射的に謝ってしまった理由は、オーガの禿げ頭に命中したから。

 しかも矢は刺さったまま、アホ毛のようになっていた。

 あれは心身共に超痛そう。


 オーガの頭部が、グルリと反転。

 相当腹が立ったのか。諸手を挙げて「グォ~」と怒りを露わにした。

 それだけなら良かったが、その隙にドラゴニュートが拘束具からスルリと抜け出す。


「やべぇ……」と焦ったのは当然のこと。

 アグリはドラゴニュートのヘイトを稼ぎすぎ。

『ボウガンの矢』を五発も食らってびくともしないのに、接近戦で太刀打ちできるとも思えない。レベルだけならオーガより上かもしれないのだ。


 アグリはガサガサ、ゴキブリのように逃げ出した。


  ☂

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