PHASE 5 マジで戦うの?

レベル23


 元来、山鳥タクミは家庭用コンソールよりもアーケードゲームを好む。

 やり直しや途中リセットができない方が、臨場感や緊張感を楽しめるためだ。

 そのため、ゲームシステムへの理解が行き届いていない状況で金や時間をつぎ込まない。必ず解析から始める。

 その考えは(無料提供の)ネトゲであっても変わらない。死亡回数ログとかあったら超ムカつくので、が大前提。


「俺もその作戦を激しく支持する!」

 という声は、並走するモヒカンから。


 さしあたって小隊長の同意も得られたので、戦場マップの移動可能範囲まで後退し、そこから戦況の様子見から始めた。

 有体に表現すると、逃げていた。


 戦力として際立っていたのは、やはりシルヴィ率いる指揮隊。

 巨大トカゲを操り長槍で突っ込むだけだが、横一列に並び突撃する様は見事なまでに統制がとれていて、敵の陣形を見事に崩壊させていた。


 その次がシオンを含めた強襲部隊。

 ゴブリンは元より、大人の三倍近い体躯のオーガさえも一瞬で仕留めていた。

 シオンの動きなど、まるで戦場の暗殺者。


「指揮隊の大半が王宮のNPCだな」

 とモヒカンまでもが唸る。


 『ロットネスト王国軍』は戦力が足りていない。それは『レベル一・農夫』、つまりアグリがこのような前線にいることからも明らか。

 プレイヤーもシナリオ系イベントに無関心な者が多いという。


「どうしてだ?」

「うま味が薄いからかな……逃げられないからデスペナのリスクも高いし」


 敵軍にも強者は存在した。

 ゴブリンやオーガを指揮する黒甲冑くろかっちゅうの人型。自軍の雑兵クラスでは相手にならないほど強い。

 最前線のゴブリン隊が全滅すると戦線まで上がって来る。

 自軍はタワーシールドを装備した『盾役(タンク)』で陣形を維持、槍や弓などで攻撃する作戦を取っていたが、その盾役が壁の役目を果たしていなかった。

 黒騎士の一振りで盾もろとも吹っ飛ばされるありさま。

 十人ほどで隊列を組んで、なんとか黒騎士一体の前進を食い止めていた。


「あの黒騎士は別格だな。レベルが十は違うだろ」

 とは、モヒカンの分析だった。


 モヒカンやアグリ相当のプレイヤーだとゴブリン相手でも後れをとり、オーガが攻め込んでくると羽虫のように逃げ惑う。

 偶然見つけた瀕死の敵に「ラストアタックゲット~!」と止めを刺すのがせいぜいで、酷いプレイヤーとなると戦況そっちのけで、死んだ兵の装備品を漁っていた。


「あのはぎ取り行為、止めさせたほうが良くないか? モヒカンは小隊長だろ?」


 その酷いプレイヤーの一人は、モヒカン小隊のメンバーだった。


「あいつは行商人ミコポン……これはもう無理ゲーだな……色々な意味で……」

「だな……」と同意するアグリ。


 モヒカンと組めばゴブリン隊程度なら狩れるだろう。

 しかし、黒騎士と対峙した瞬間に一刀両断される未来しか見えない。


「そもそもこのイベントはどういうシナリオなんだ? 負け確じゃないよな?」


 レベル一のアグリが最前線に立たされる状況からしてあり得ない。もしただの数合わせならば、間違いなく負け確(負けが確定しているシナリオイベント)である。


 すると近くの救護テントから兵士たちの会話が聞こえてきた。


「バカ……こんなところで死ぬな!」

「この戦争が終わったら……農民に戻って幼馴染と結婚するんだ……休耕地にキャベツを……!」

「バカ野郎! こんなところで死んだら、誰がキャベツの害虫を駆除するんだ!」


 衛生兵が負傷兵を励ましていた。どちらもNPCのようだ。


「負け確だったな……もう雰囲気出してるし……」

「ああ、農民も大変だな……」と同情するモヒカン。

「「タイムアップまで逃げるか……」」と二人でハモった。


 しかし、そんなせこい皮算用ばかりしていて生存可能なRPGゲームなど、昭和の昔からありはしない。

 早速と言うか、定番というか、自軍の陣形に大きな乱れが生じた。


「戦車だ!」「回避~!」

 最前線の兵士から怒声が飛んだ。


「「戦車?」」

 モヒカンと二人、顔を見合わせる。


「モヒカン、アグリさん! 逃げて~!」

 という甲高い叫び声はシオンから。


 そんなシオンの姿さえも、逃げ惑う自軍の波にもまれて消えていった。

 そして、アグリたちの眼前に、戦車らしきモノが現われた。


「なんだありゃ?」


 モヒカンの表情からは余裕の笑みが読み取れた。

 モクモクと黒煙を上げる戦車でも、装甲でカチカチの馬戦車でもない。町内会のお祭りの山車だしのようなリアカーを、ゴブリン兵数人が押すだけの『戦車』。

 乗車している三メートル級のオーガこそ脅威だが、戦車と呼ぶのもはばかられる代物だった。


 この手の乗り物は既に攻略されている。

 車輪を動かなくするか、動力源であるゴブリン兵を先に倒してしまえばただの箱。


「どうする?」と小隊長モヒカンに意見を求める。

 それと同時にお馴染みとなった選択肢が表示された。

 1、逃げる。

 2、こちらから出向いて戦いを挑む。

 3、静観。


 アグリの選択は2、だった。

 こういう攻略が明確な敵は、昔からレベル差に関係なくノーダメージで切り抜けられる

「俺も行くぜ!」とアグリの狙いを悟ったモヒカンも便乗して来た。


 弓矢が届く距離まで近づくと、戦車のHPゲージが見えて来た。

 しかし、見えたといっても名前と外枠だけ、ステータス詳細は『?』マークばかり。これが『農夫』の限界か。


『ジャガーノート』

 これがあの手押し車の名称らしい。


「ご大層な名前だな!」


 ヒンズー教の神の化身から名を借りた戦車である(お祭りの山車という説もある)。ファンタジー系ゲームでは定番の大型戦争兵器。


 アグリの殺気を察知したのか、戦車がこちらへと向かって来た。

 人の背丈ほどもある巨大な棍棒で指揮し、剣山のようなフロントを転進させる。

 オーガが何を叫んでいるのかさっぱり不明だが、アグリを見て笑っているのは何となく分かる。

「農兵など踏みつぶせ!(男)」「汚物は消毒よ!(女)」とかのたまっているのだろう。


 アグリも攻略が明瞭な相手に、馬鹿正直に真正面から突撃するつもりなどない。

 一瞬だけオーガのタゲを取り、戦車が転進から前進へと切り替えた直後に、横移動を始めた。


 本来ならばギリギリの距離まで引きつけるのがベストだが、こちらも初見。

 デスペナは怖くなくとも、プレイヤーが大勢いる前でみっともない一撃死だけは避けたい。


「レベル一の農民が戦車に飛び込んで一撃死したの見たぞ」「カエルか!」「ノーミンガエル!」とか噂になったら痛すぎる。


 幸い、戦車の行動アルゴリズムは大雑把だったようだ。ゴブリン兵が背後から押すだけの仕掛けなので、巨大なオーガが邪魔して前方が見えていないともいう。


 戦車はアグリ達が数秒前にいた地点に突っ込んできた。

「ちょろいな!」とは、背後からのモヒカンの嘲笑だ。

 しかも、アグリをおとりに、しっかり攻撃まで仕掛けていた。

 アグリも『竹槍』を突き刺し、迎撃を試みる。


 しかし、手ごたえは硬い。

 外見は貧相だが、装甲は『ワートホッグ』より数段上か。


 次は狙いを変えた。

 動力源を守る張りぼて装甲のつなぎ目を狙う。

 最初の数発こそ「ガンガン」と手ごたえが硬かったものの、「バキッ」と音をたて装甲が剥がれ落ちる。

 そして、動力源――ゴブリン兵の姿があらわとなった。


「レベル一じゃなかったのか? 俺はそんな器用な連続攻撃できないぞ」


 そして、『銅の剣』を大きく一度だけ振って見せた。無防備となったゴブリン兵へ。

 一撃でゴブリン兵の頭部が吹き飛んだ。


 一見すると必殺技を発動させたようでカッコ良かったが、モヒカンの体は剣道の残心のように硬直。見るからに隙の大きな攻撃だった。

 反撃も危惧きぐされたが、戦車は通り過ぎて行く。

 運が良かったというより、モヒカンはそれを見越した上で大技を使ったのだろう。


「たぶんアレだな。武器の重量。モヒカンの筋力も関係あるかもしれない」

「ああなるほど……戦車相手に竹槍を振り回す奴もいないからな」

「雰囲気壊すなよ。青竹の竹槍って結構重いんだからな! もう壊れたし!」

「ガハハ、討伐報酬に良い武器を貰ったら、この剣、アグリにくれてやる」

「いらねえよ! お下がりなんか!」


 そんな無駄口を交わしている間に、戦車は再び転進、再びこちらへと向き直っていた。


「「ここからは本気で行くぞ!」」と二人で声を合わせた。


  ☼

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る