レベル22


 戸口で『火打石』を鳴らすカミラさんに見送られ、『第三東城門』へ向かった。


 同じイベントに参加すると思しきプレイヤーの姿が大勢見られたが、「あの装備で参加するつもり?」「最弱農兵!」などといった誹謗中傷ひぼうちゅうしょうはなかった。

 『組合の手ぬぐい』の効果だろう。

 無料支給品とは思えない利便性の高さだった。


 シオンに指示された集合場所へ行ってみると、数人のプレイヤーがたむろしていた。

 格ゲーは基本ソロ。MMORPGに馴染みもない。リアル学生生活でも群れて行動する習慣がないため、少し近寄りがたい。

 しかし、モヒカン頭の雑兵がアグリの存在に気付き、歩み寄ってきた。


「お前がリーダーの言っていたニュービーか?」


「ニュービーだと?」と少し眉を吊り上げた後、「リーダーはシオンか?」と凄味を利かせて聞き返す。舐められないように。

「そうそう、そのお子ちゃまシオン君。じゃあ俺らは今日から仲間だ。そう警戒するな」とアグリの肩をポンポン叩く。

 そして、「俺、モヒカンな! ヨロ~」と軽いノリで自己紹介は終了した。


 そのままアグリは他のメンバーの所へ連れて行かれ、自己紹介を繰り返した。


 反応は様々、「お前ぜんぜん農夫に見えないな」「そのおしゃれスカーフが原因?」「昭和の暴走族に見える~」「竹槍農夫参戦!」「超ウケる~」といった嘲笑込みの挨拶から、「その武器で戦うの?」「農具だよね?」「マジでレベル一かよ」「デスペナきついぞ」とアグリを心配する声も。

 さらに、「戦力として期待していないからヤバくなったら逃げろよ」「だなっ! お試しお試し!」とアグリを気遣う声まであった。


 アグリとしては、MMORPGの装備自慢や格差差別は織り込み済みであったため、不機嫌を露わにすることなどなかった。

 むしろ、あまりにぬるくて拍子抜けした。


「それにしても、いろんな連中がいるんだな……」


 モヒカンこそ傭兵風だが、それ以外は見事にバラバラ。

 おしゃれ服にロングボウのエルフや、半裸で無手のイヌ族の男、木こり姿でひげ面の女(ネカマ?)、大袋を担いだ商人の女までいた。

 通常、MMORPGでパーティを組むような連中は、装備の傾向や色調などを統一させて協調性や連帯感といったものを前面に出してくる。種族さえも統一する場合が多いか。

 そこに差別的意味などないのだろうが、山鳥タクミには苦手なパーティシップだった。

 それが嫌いだったから、格ゲーに転向した、もしくはソロメインだった、とさえ言える。


「ここにいる連中はアグリと大差ないからな」


 そして、モヒカンはこのパーティの抱えている事情を教えてくれた。

 リーダーシオンと古参のモヒカンを除けば、皆、ログイン一ヶ月未満のプレイヤーばかり。つまりニュービーだそうだ。


 シオンはエリートプレイヤーだが、その面倒見の良さからプレイヤーギルドにて『教育係』のクエストを任されているらしく、ニュービーを見つけては声をかけているらしい。

 つまり、ここにいる大半が「お試しパーティ」というわけだ。


  ☼


「ところで現状だが、どこへ向かっているんだ?」

「知らん……大半の連中があいつらについて行っているだけだ」


 アグリはモヒカンを隊長とした小隊に組み込まれ、どこかへ行軍していた。

 モヒカンの指し示す「あいつら」には、シオンや巨大トカゲに跨ったシルヴィの姿さえも見られたが、厚いNPC兵の群れに阻まれ近寄れそうにない。


「このゲームの嫌らしいところは、寄生や養殖をAIが容認しないところだ」


 経験値やドロップアイテムといった報酬は、AI判断により分配されるという。

 だからパーティに加わっているだけ、タゲを取って逃げ回っているだけ、アイテムを使った回復専門といった戦力外には、基本、経験値は分与されない。

 そして、あまりにレベル差がありすぎるパーティ構成だと、このようなイベント時、NPC兵により邪魔が入るらしい。

 アグリが他のパーティメンバーと小隊が別な理由も、レベル差が原因とのこと。


「シオンは敵の指揮系統への強襲部隊、あの女騎士はこの連隊の指揮官。アグリのレベルと職種では、声を掛けるどころか近づけないぞ。護衛のNPCに叱られるだけだな!」


 しかし、ニュービーたちにもそれなりのサポートはあるという。

 モヒカンの小隊には数人のNPC兵が回復役として組み込まれていた。

 なんでも『やくそう』が使い放題だとか。


「プレイヤー同士で声もかけられない? そんなネトゲが存在するのか?」

「世界観を出すためじゃないか? 戦闘イベント中だけだが、低レベルプレイヤーは高レベルプレイヤーにおいそれと近づけない。ちなみに俺はレベル三だ。ガハハハ」

「モヒカンがレベル三? 二ヶ月前に始めたんじゃなかったのか?」


 アグリがレベル一なのはまだ理解できる。まだログイン三回目だから。


「プレイヤーの資質によってレベルの上りが異なるんだ。解析までは出ていないが、種族や職種によっても差が出る。俺はリアルが忙しかったからプレイ時間も少ないんだがな」

「不平等すぎるだろ? 俺なんて種族も職種も選べなかったぞ」


 それどころか、名前までピコピコに決められた。


「リアルの特徴に近い現存のNPCが選ばれる。突発転生ってやつだ。ガハハハ」

「それは聞いた……」


 モヒカンの説明によると、NPCが突然フリーズし、ステータス表示が変わるらしい。

 つまり、新規プレイヤーがこのゲームに参加すると、概存のNPCが一人減る仕様。兵力や生産力の急激な増減を予防するためのシステム上の措置だそうだ。

 そして、初ログイン時、アグリは『志願兵』で、モヒカンは『志願兵』の一つ上の『傭兵』だった。

 シオンはリアルでも小学生らしく、そのため転生先のアバターも子供が選ばれたという。


「おっ、無駄話はここまでだ。そろそろ戦場に到着するぞ!」


 指揮官シルヴィの先には、広大な草原が広がっていて、対峙するように大集団が陣を形成していた。

 数百はいるだろうか。モンスターばかりが。

 敵陣をよく観察すると、ゴブリンやウェアウルフといったお馴染みのモンスター兵も混じっている。

 オーガに至っては身の丈三メートル、手には巨大な木の棍棒。

 過去に戦った『ワートホッグ』や『ライノセラスバイパー』がまだ可愛く思えた。


「マジかよ……これでどうやって戦うんだ?」


 アグリの装備は、『竹槍』『農夫のつなぎ』『組合の手ぬぐい』、すべて入手法は無料タダ


 一方、モヒカンの装備は、『銅の剣』『革の鎧』『木のバックラー』、これも酷いと言えば酷いが、まだ戦士風の外見を保てているだけ、マシとも言える。


「討伐ポイントかせぎに、弱い農兵は一番に狙われるぞ。でも、俺のHPは気にかけろよ」

「それって何のアドバイスにもなってないぞ……」


 竹槍を両手で構えたところで、敵陣営からときの声が上がった。

 モンスター交じりなので咆哮ほうこうに近いか。

 それに合わせるように、アグリとモヒカンの頭上にもHPやMPなどの各種ゲージが表示された。

 イベント用の特別仕様で、友軍ならば視認できるそうだ。


「全軍突撃!」


 連隊長シルヴィから怒号が発せられた。

 各小隊は、NPC騎兵に背後から押し出され、半ば強制的に進軍を開始した。

 戦場イベントではありがちの脱走兵対策と思われる。


  ☁


 背筋に悪寒が走った。


 山鳥タクミはゲーム慣れしている。

 レベル一で戦闘イベントに駆り出された程度でパニックに陥ることなどない。

 悪寒の原因は、神経直結型端末がプレイヤーの神経に何らかの作用を与えているためだ。

 戦場の臨場感や緊張感、と表現すれば聞こえは良いが、ゲームシステムとアバター内蔵AIに体を支配されているようで落ち着かない。

 そういう意味で、平面モニターとアーケードスティックを通じてプレイする格ゲーの方が向いている気がした。


「これからどうなるんだ……こんな頼りない部下とNPC兵でどうやって戦うんだ?」


 アグリの背後で愚痴り続けるモヒカン。こちらはAIの仕業しわざでなく地の様子。

(あんたが小隊長だろ?)というセリフを胸にしまい「デスペナルティってある?」と情報収集に努める。夢も希望もない情報収集だったが。


 所詮、アグリはレベル一、装備も金も経験値もこれより下など存在しない。

 それでも死ぬのは嫌だった。

 プロゲーマーとしてのプライドもある。


「普通はレベルダウンとその間に得たスキル消失だけだが、イベント中だとデスペナは追加される。俺の場合だと、小隊長降格だろうな……」


 そういえば、シルヴィも城壁警備をやらされていた。指揮官クラスなのに。


「レベル一の農夫はどうなる? マッパだけは嫌だぞ!」


 もうドキドキが止まらない。

 そして、全装備をはぎ取られ、全裸(モザイク付き)で戦場に横たわる己の姿を思い浮かべた。


「マッパなんてデスペナが存在するか! GMにアカウントごと抹消されるぞ!」

「そ、そうか……良かった……」


 少しだけ残念な気もした。

 自分がマッパになりたいという意味ではなく、漢の本能――エロゲ的好奇心というやつだ。


「で、レベル一の農夫の場合はどんなデスペナになるんだ?」

「知らん。聞いたことも考えたこともない。至らない小隊長で、すまんな……」

「だろうな……俺が特殊すぎるだけだ。謝罪の必要もない」

「ただ、敵前逃亡だけは止めとけよ。デスペナはなくとも奴隷落ちって可能性はあるぞ。国王が戦犯に厳しいらしいからな。だが、その分だけ勝利報酬も手厚いらしいぞ」

「無理ゲーだろ。この装備で何ができる……」


 そんな会話を続けている間に、激しい戦闘音が最前線から聞こえてきた。


  ☂

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