レベル21


 その「ダークエルフの動物病院」への道中……。


「これはこれは、見事なライノセラスバイパーですね」と呼び止められた。


 六メートルもの大蛇をメイドと二人で「エッホ」「エッホ」と担いでいたため、注目度も尋常ではなかったから当然の結果ともいうが。


「どういったご用件でしょう?」


 カミラさん、《その子供》相手に視線を傾ける。

 カミラさんの視線には、子供への愛着は感じ取れない。むしろ警戒さえ漂わせていた。


 その子供、身長こそ小学生高学年ほどだが、装備はどう見ても一流。

 意匠を凝らした鞘付きナイフ、バフ付きと思われる赤い宝玉のアクセサリー、身に着けているチェーンメイルも、サイズからしてプレイヤーメイドだろう。


「君に用はないよ」と一言、その子供は視線を変えた。

 カミラさんも同じように視線を変えた。

 大蛇でなく、アグリの方へと。


「シオン、ご主人に何の御用です?」

 より警戒色を示すカミラさん。


「ふ~ん、君は今、彼に仕えているんだ……」

 そして、年相応の笑顔を見せる子供。


 二人がどういう関係かは知らないが、これ以上険悪な雰囲気になることを嫌って尋ねてみた。


「俺に何の用だ?」

「アグリさんで間違いない?」と確認した後、「僕はシオン、君をスカウトに来た」と続ける。

「俺をスカウト? この毒蛇は俺一人で討伐したわけではないぞ」

「君のことはとあるプレイヤーから聞いた。ワートホッグをソロで討伐したそうだね?」


 シオンのその一言で、シルヴィとも知り合いであることが確定したわけだが、問題は別にあった。


「俺がレベル一で農夫なのは知っているか?」

「レベルは問題ないよ。ごらんのように僕は子供だけどこのゲームではけっこうな古参なんだ。僕のパーティに加入すれば、レベルはすぐに上がる。生産職はアグリさんの希望なの?」

「いや、元キャラのデフォルトで、しかたなく」とだけ答える。


 さすがに子供に年貢滞納の裏事情まで説明したくはない。


「それならぜひ僕のパーティに加わらない?」


 『レベル一・農夫』で行き詰まりを覚えていたアグリには願ってもない話。

 しかし、なぜ『レベル一・農夫』のアグリを勧誘するのか理解できなかった。


 これはプレイヤーギルドのシーラさん情報だが、『農民』からの戦闘職スタートはいばらの道という。

 上級職を目指すには、『農民』ならば『志願兵』へ転職せねばならない。

 そこで、レベルと戦闘スキルを磨き、『傭兵』『格闘家』となる。

『衛兵』『騎士』はその上。

 さらにその上の『近衛騎士』『聖騎士』といった上級職に至って、エリートとたっとばれる存在になるという。


 しかも、この『リアルクエスト』には特有の裏設定がある。

 それが『職種適正』。

 視覚や聴覚にハンディキャップがある者が飛行機のパイロットに、背が低く体格に恵まれていない者がプロレスラーや力士に成れないと同じく、このゲーム世界でも選択可能な職種が制限されるという。

 もちろん絶対不可能ではないが、人一倍努力が必要となるそうだ。

 ゲーム世界でそこまで希望職に固執するプレイヤーも早々いないと思われるが。

 つまり、シオンの立場ならば、将来性が不明瞭な『農夫』アグリを勧誘する理由などないのだ。


「そんなことないよ。この世界には可能性がある。農夫でもきっと強くなれる」


 そして、教えてくれた。

 子供プレイヤー・シオンも初期設定に悩まされたという。

 手足の短さから、長い『大剣』や『槍』を装備できず、筋力の低さから、『弓』や『ハンマー』を扱えなかった。

 その可愛らしい見た目から、『騎士』などの国の要職にも就けずにいた。

 その代わり、小柄な体を生かし、アジリティ系、隠密系のスキル適性が生じたという。


「このレア装備、シーフのナイフもそういったつながりで手に入れたんだ」


 意匠を凝らした鞘から引き抜かれたナイフは、黒塗りの刀身だった。

 いかにも『ニンジャ』や『アサシン』が好みそうな武器で、『すばやさ』の能力補正効果も得られるという。


「身もふたもない言い方をすると、今、この王国の戦力はひっ迫していてね。可能性のあるプレイヤーを生産系で遊ばせておく余裕はないんだ」


 そして、『魔王軍』の大部隊が、この王国に迫りつつある現状を説明してくれた。

 大規模な戦争イベントが開始される予定だとか。

 ただし、低レベルプレイヤーはパーティ加入が前提。

 アグリとしても評価された上で、イベントへのお誘い。

 固辞する理由などない。


「最初はでも構わないよ」

 とまで言ってくれたので、二つ返事で受け入れた。


  ☼


 その後、二日間、『リアルクエスト』にログインすることはなかった。


 本来ならば、イベント対策として、レベル上げなり資金集めなり、地道な作業を行うのが懸賞系MMORPGプレイヤーなのだろうが、そんな時間がなかったのだ。

 師匠の『イーデン』が主催するゲームイベントの運営で、多忙だったのである。


 そのイベントの終了後の夕刻、アバター『アグリ』は再びゲーム世界へと戻った。


「アグリさん、お目覚めですか?」


 いつもの笑顔で迎え入れてくれたのはカミラさんだった。


(なんでいつも俺の家にいるの? もしかして通い妻?)


 しかし、山鳥タクミの田舎では、この程度の対人距離が普通だった。

 母親の友人が勝手に居間まで上がり込んで来て、「タクミちゃん、今日もネトゲ?」なんて声をかけてくるのが日常。都会ではまず考えられない行為だろうが。


「せめてエロゲしている間くらいは、インターフォンを鳴らしてくれよ!」と怒った過去もある。


『只今、エロゲ中(十八禁ではない)、邪魔しないで!』という表札を、自宅の玄関先に取り付けようかと本気で悩んだ多感な思春期時代もあった。


(あれをやっていたら今頃黒歴史だったろうな……)と安堵しながらも、いそいそと身支度を始める。

 シオンに指示されたイベント開始予定時刻が迫っていた。


 アグリのアイテムストレージは小量。

 だから、手当たり次第に詰め込むわけにはいかない。

 先日間引きした『青いジャガイモ』は置いていく。『くわ(耐久値激ヤバ)』や『草刈り鎌』は武器として使用できそうなので持っていく。

 かなり悩んだのは、『ワートホッグの肉11キロ』。

 残していくと、カミラさんに全部食べられそうで怖かった。


「行って来ます!」


 カミラさんに一言、戸口へと向かう。

 すると「待ってください!」とカミラさん、濡れ手をエプロンで拭きながらトコトコ駆け寄ってきた。

 そして、二つのアイテムを「どうぞ」と差し出す。


「なんですか……コレ?」


 その場で『調べる』でチェック。

『組合の手ぬぐい』と『農夫のつなぎ』と表示された。

『組合の手ぬぐい』は、『防御力0・隠ぺい+5』。

『農夫のつなぎ』も防御力こそ『1』と最弱だったが、土耐性はなんと『+12』。『丸洗い可・ドラム式乾燥機は使用不可』という意味不明の表示は無視した。


 二つのアイテムをしっかと胸に抱き、「これは?」と尋ねずにいられなかった。

 先日の「三ヶ月ぶりのお肉~」発言からも分かるように、カミラさんに余裕など無い。


「先日の蛇革に高値が付いたのです」


 そして、照れくさそうに「オホホ」と誤魔化す。


「ありがとうございます! 大切に使います!」


 そして、こっそりまなじりを指で拭うアグリ。

 NPCからのプレゼントとはいえ、嬉しいものは嬉しい。


 早速装備してみた。

『農夫のつなぎ』は、まんまモグラ色の農作業用のつなぎだった。

 子供の頃に見上げた父親の農作業姿と瓜二つ。

 実家の農業を嫌い、ゲーム業界に憧れ、田舎まで飛び出したのに、こうしてゲーム世界でこんな姿になるのは微妙な気分だった。

 しかし、「良く似合っていますよ」と言われて、苦笑いで誤魔化した。


「戦闘中、最弱職の農兵は一番に狙われます。指揮官へのポイント稼ぎに……」


 そして、アグリの首に『組合の手ぬぐい』をスカーフ風に巻き付ける。


「これを装備していれば農兵には見られません」


 たとえ、自軍やパーティ仲間であっても、最弱職の一つである『農夫』は、とにかく卑下や嘲笑の対象と成り易い。

 そのため、この『組合の手ぬぐい』を装備して、職種やステータスを隠ぺいする必要があるそうだ。


「老婆心かもしれませんが……あのシオンという子供には油断なさらぬよう。詳細までは明言できませんが、嫌な予感がするのです……」

「こんな立派な装備を頂いたからには、誰にも負けません。必ずここへ帰ってきます!」

「手ぬぐいもつなぎも農業ギルドからのです。絶対、死なないでください!」


(その入手情報は、絶対いらないから! 蛇革が高値で売れたってぜんぜん関係ないよね!)


  ☁

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