Phase 4 ネトゲ友達ができた?

レベル20



 ログイン二回目となると、様々な違いに気付くが出てくる。


 この端末が現役だった頃の視覚同調シークエンスのデフォルト画面は、低刺激性ペールグリーンだった。

 そして、視覚同調のシークエンスシステムは、眼の検診と似ていた。


 仮想空間のトンネルの向こうからCマークや平仮名がゆっくり向かってくるタイプ。

 読み取れたら意識入力を繰り返す。

 数回繰り返すと仮想空間での視力(動体視力)が確定する。

 視神経のシナプスを直に刺激もしくは読み取るタイプなので、近視、老眼、盲目などは関係なく、一定の視力を確保できるのが特徴である。


「おふくろ……?」


 最初に視界に飛び込んできた光景から、一瞬、夢を見ていると考えた。

 エプロン姿で古い土間に立つ後ろ姿は、幼き頃に見た母の背中と瓜二つだった。メイドコスプレを趣味に持つような痛い母親ではないが。


「嫌ですわ……アグリさん、私、そんな歳ではありませんよ」

 そして、いつものように「オホホ」と笑う。


 モクモク蒸気から顔を覗かせたのは、山鳥タクミの母親でなく、隣人NPCカミラさんだった。


「っていうか、なんでエプロン姿で、俺ん家の土間にいるんです?」

「お芋を蒸しておりました。さあ、温かいうちに頂きましょう!」


 どうやらカミラさん、『TACT』の最新AI搭載でも上手く機能していない様子。


 二人で丸い円卓(ちゃぶ台)に向かい合い、お芋をほおばる。このちゃぶ台もカミラさんが自宅から運び入れた物らしい。


「うちの畑でとれたサツマイモですね」

「そうです。でも、なかなか大きくならなくて、売り物には……」


 リアル世界のお芋と味も見た目も瓜二つ。ただしかなり小ぶり。

 つい先日も、ジャガイモの件で、小さい芋は食用として向いていないという話をしたばかり。


「サツマイモはヒルガオ科の植物ですから、小さくても問題ありませんよ。味も悪くないですし……ジャガイモと同様に多すぎる肥料は必要ありません」


 実際、実家でもこれと同じような小ぶりの芋ばかりを食べさせられた覚えがあった。ただし実家では、肥えた芋は売りに出すという経済上の理由であったが。


「サツマイモも大きく育てるためのコツがあるのです。伝授します。奥義ツル返しを!」


  ☼


「こ、これが、奥義ツル返しなのですね!」


 アグリとカミラさんは、第二城壁の隙間を通り、『アグリ農園』へと向かった。

 そこでサツマイモ作りの奥義を伝授したわけだが、実際、大した技ではない。

 ただ地面に広がった芋のツルを引き抜いて反対側へとひっくり返すだけ。

 ぶっちゃけ、小学生でも一目見れば習得できる。


「でも、これが重要なのです。お芋のツルを見たらわかるように、ツルの途中から新しい根が出てきちゃってます。この根が成長するとここにも新しいお芋ができるわけですが、そうなると栄養が分散してお芋が大きくならないのです。一言で言えば、間引きですね」

「でも、こんなお手軽な技で大きなお芋が収穫できるのなら、嬉しい限りです!」


 転職時、カミラさんはなけなしの(メイド時の)退職金をはたいてまで、プレイヤーから『肥料』を購入したとか。そのため、もう元手がないそうだ。


「せーの!」「よっこらしょ!」


 掛け声を揃えて次々とツル返しを繰り返していく。

 すると突然、アグリの体が硬直した。

 大きなヘビがいたのだ。


 山鳥タクミは山育ち。

 マムシやヤマカガシ程度なら見慣れている。驚きもしない。

 しかし、目の前に現れたのは六メートルを優に超えるツノのある大蛇。

 いかにも、「きけん! 毒持ちですよ」と言いた気に、橙色だいだいいろの鎌首を持ち上げ「シャー」と威嚇してきた。


 いつもの選択肢が表示された。

 なぜかここでは二択。NPC――カミラさんが傍にいるからか。

 農民に集団戦闘とか難しそうだし。

 1、戦う。

 2、逃げる。


「カミラさん、2、です! 逃げますよ!」


 『ライノセラスバイパー』とアバター・アグリ内蔵AIからカナ付きテロップが出たので、間違いなくモンスター。

 アグリは『農夫』のため、敵モンスターのステータスまでは不明だが、毒持ちならば、毒耐性も毒消しも有していないアグリでは危険すぎる。


 しかし、カミラさん、「どうしてです?」と首を傾げる。


「どうしてって、コレ絶対ヤバい奴ですって!」

「嚙まれなければ問題ありません。お肉は食べられますし、なめした革も高額で売れます」


 カミラさんはくわを構えてそろそろと接近する。

 そんなカミラさんに向かって、毒蛇が巨大な毒牙をむき出しにして襲い掛かる。


『アグリは隣人を放置して逃げられない!』

 そんなテロップまでもが視界を横切る。


「ああ、もう! 農民ってこんな無鉄砲な奴ばっかり!」


 しかし、カミラさん、なんと鍬で、かぼちゃほどもある毒蛇の頭をガチンと跳ね返す。

 毒蛇以上に驚いたのはアグリ。


「NPCのメイドって、スゲェ!」


 『鍬』は振り下ろし限定の武器(?)。

 それをアグリ以上に完ぺきに使いこなしていた。


 しかし、毒蛇も負けてはいない。

 今度は飛び掛からずに、むき出しの牙から毒らしき液体を吹きかける。

 周囲に、ジュッと溶けるような嫌な音が広がった。

 カミラさんの鍬の刃からも煙が立ち上っていた。


「カミラさん!」


 さすがのアグリも慌てた。

 鍬の刃を上手に盾代わりに使っているが、小さすぎてすべての毒攻撃を避けきれていない。

 巧みなサイドステップでその残りの毒液攻撃を避けようとしたが、見るからに動きが鈍い。

 なにせ背中には、お芋たっぷりの『背負子しょいこ』を背負ったままなのだ。


「大丈夫です。このメイド服は毒耐性です。見ていてください!」


(毒耐性のメイド服って意味あるの?)などと首を傾げたのは一瞬のこと。

 アグリも引かなかった。

『鍬』から、昨日、間引きした『青いジャガイモ』へと持ち替え、投擲とうてき


 毒蛇は「キュ!」と可愛く声を上げたものの、ダメージを受けた様子はない。


 しかし、その隙を逃さない。

 カミラさんが鍬を大きく振り下ろす。

 明らかな大ダメージ。

『CRITICAL HIT《クリティカルヒット》』の赤文字が表示された。


 アグリも追撃に加わった。

 右手に『草刈り鎌』、それで横なぎ一閃。

 狙ったのは顎からはみ出た二本の毒牙。

 この攻撃にも『TECHNICAL HIT《テクニカルヒット》』の赤文字。

 同時に毒牙が消し飛んだ。


 毒攻撃を失った毒蛇に対して、カミラさんは接近戦に出た。

 毒蛇も体を鞭のようにしならせ体当たりを試みるが、ことごとく鍬と背中の背負子でブロック。

 ブロック直後に、振り下ろしの追撃も忘れない。

 アグリはその間隙に蛇のしっぽを引っ張り、タゲ(ヘイト)の分散を図るのがせいぜい。まるで子供の悪戯いたずらだった。

 しかし、あっという間に『ライノセラスバイパー』の名前が赤色へと変わった。


「アグリさん、とどめを!」


 カミラさんの威勢に押されて、装備を『竹槍』へとスイッチ。


「お前の動きは攻略済みだ!」


 竹槍を使った大ジャンプ。

 そして、空中で『くわ』に持ち替え振り下ろす。


「ノーミン・メテオストライク!」


 これが、ものの見事に毒蛇の頭部を貫く。

『CONGRATURATIONS《おめでとう》』の金文字が表示された。

 毒蛇はそれでもウネウネとうねっていたが、どうやら討伐は成功したようだ。


「お見事です!」


 カミラさんとアグリ、嬉々として歩み寄りハイタッチ。


「最後の技名も超カッコよかったです!」

「ああ、アレですか……」


 正直、あの技名はどうかと思う。

 アグリとしては「メテオストライク」とだけ、叫んだつもりだったが、アバターが勝手に「ノーミン(農民)」と口走ったのだ。

 おそらく、ピコピコ(アバター内蔵AI)の所業だと思われる。

 そして、カミラさんが褒めているのも、ピコピコと同じ感性を有しているからに違いない。もしくは、AI繋がりでピコピコに無理やり言わされているだけ。


 そんなつまらないことより、「カミラさんこそ超強い!」とこのバトルの主役を称えた。

 実際、カミラさんがいなかったら、手も足も出なかっただろう。


「でも……どうしてラストアタックを譲ったんです?」


 その場の勢いでラストアタックを受け入れたが、相手がNPCでなければ、二の足を踏んでいただろう。

 アグリは寄生プレイが好きじゃないし、プロゲーマーとしてのプライドもある。


「今は農婦見習いです。戦場に立つことはもう二度とないでしょう」


 どことなく、わびしい雰囲気を漂わせるカミラさん。

 そして、ラストアタックは経験値の配分も高いと教えてくれた。


「よろしかったら、こちらを譲っていただいてもよろしいですか?」

「それは構いませんが、加工処理はどうするのです?」


 戦闘前にも毒蛇を見て「美味しい」とか「高値で売れる」とか言っていた。

 『調理』や『狩猟』スキルがなければ、食肉にも革にも加工できないとシルヴィから教わったばかり。

 それに持ち運びも大変だ。

 イノシシほどでないが、重量も相当だろう。


「知り合いのダークエルフに動物病院の先生がいるので、その方にお願いします」


 そして、毒蛇の尻尾を肩に担いで、ズルズルと引きずり始める。

(カミラさんのパワーってマジっぱねぇ!)とも思ったが、「三か月ぶりのお肉です……革を売って何を作付けしましょう……グフフ」と呟いていたので、膂力りょりょく以外の別の力も働いていたと思われる。


  ☼

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る