レベル19


 リアル世界に帰還を果たしたアグリ、つまりログアウトした山鳥タクミは、ウェアラブル端末を投げ置き(精密機械なので枕元に優しく)、ゴロリとベッドに横になった。


「時間の無駄だったな……」


 戦闘は良かった。

 アバターの操作性、ストレスのない連続技、ネットワークアーキテクチャ、『TACT』社の最新第三世代AIから生み出される幅のあるアルゴリズム。


 それ以外が無理ゲーだった。

 シナリオが鬼畜だった。

 職種を選べないのが致命的。

 使用アバターの特性が選べないというのがまずあり得ない。

 職種やスキルの選択は、RPGにおける醍醐味ではないのか。

 あのような(NPC転移)形式では、身長や体格、性別さえも自由に選択できない。


 ニャンコ派の人物が、ゲーム世界でイヌ族に転生したら、暴動が発生する。

 猫アレルギーな人物が、にゃん娘とかに転生したらアレルギー反応で危険かもしれない。


「悪いな……せっかく無料タダで送ってくれたゲームだったが、お蔵入り確定だ。就活頓挫中の大学留年生(予定)には色々と痛すぎる……」


 手元に転がっていた赤外線デバイスを操作し、『test file ver. 4.5』の関連ファイルを閉じ始める。

 すべて閉じた後は再び圧縮し、お蔵入りゲームが大量に収められたバックアップ用SSDにでも放り込むつもりだった。


「なんだ、コレ……削除エラー?」


 ゲーム開始時には存在しなかったファイルに気づいた。

 セーブデータが収められているのか、ファイル名が『file AGURI save』となっていた。


 プロテクトが掛かっているらしく、展開したり削除したりすると、ゲーム全般が使えなくなる仕様らしい。アカウントを新たに作成することもできないようだ。

 このセーブファイルを共有して複数人でプレイしたり、別アカ作成防止のための措置かと思われる。


「冒険の書は一回こっきりということか? リアルの人生と同じでいやらしすぎるだろ……」


 気づいたことがもう一つ。

 これは追加ではなく、アップデートなのか。

 すべてを格納したフォルダ名が『the real quest』へと変わっていた。


「リアルクエスト……?」


 まず間違いなく、ゲームタイトルであろう。

 ピコピコもログイン直後に言っていたし。

 しかし、引っかかったのは『real《リアル》』という言葉。『本当の』『想像でなく実在する』という意味を持つ、英語学習の初期に覚える英単語。

 おバカを自認する山鳥タクミでも知っている。


 ビデオゲーム黎明期れいめいき、コンピュータグラフィックスの世界が「リアル」と呼ばれた時代が存在した。

『real』という言葉には『真に迫った』という意味も含まれるためだ。

 そのため、昭和時代や平成時代初期に発売されたゲームソフトには『リアル・○○○』というゲームタイトルが数多あまた存在した。

 特にエロゲでは多かった。


 しかし、この時代、仮想現実の技術が教育、医療へと普及するにしたがい、仮想現実と現実を混同させないために、『real』という言葉をあえて避ける傾向にある。

 対義語にあたる『virtual《バーチャル》(嘘の、仮の)』という言葉を使用するようになった。


「このゲームのが、現実世界へ何らかの影響を与えている可能性がある……?」


 ハッとして、サイドテーブル上の目覚まし時計を手繰り寄せる。

 時計のデジタル表示を見てホッと安堵した。

『15:25』、帰宅してから二時間と経っていない。


 神経直結型の仮想現実の世界だと、時間の経過が体感では測れない。睡眠中に夢を見ている時間を計測できないのと同じ。

 そのため、寝落ちとかしてしまうと、とんでもないことになりかねない。


 そういった時間感覚を解消するため、端末には自動ウェイクアップ機能か、自動回線切断機能の設置が義務付けられている。

 だが、このソフトが市販版ではなくベータテスト版であるならば、必ず機能するとは限らない。


「まあ、ゲーム内で意識をしっかり保っていたからな……」と言葉に表してみたものの、安堵あんどした事実には変わりなかった。


「となると……こいつはやはり懸賞系ゲームか? なぜ無料提供なんてやっている?」


 様々な憶測が湧いてきそうな予感がしたが、タイムアップ。


「やべっ、師匠とのイベントの打ち合わせ時間だ!」


 ゲームファイルの格納作業を中断し、クローゼットの外着に手を伸ばした。


  ☼


「なるほど……そいつは興味深い」


 師匠は大量に盛られた肉じゃがを前に唸っていた。


 俺の師匠は地方一の国立大学OBで、学生時代は同じ格ゲープロ。頭脳は山鳥タクミと比較して「超」が三つ付くほど良い。

 このような人物描写からもわかるように、山鳥タクミがおバカなだけ、ともいうが。


 師匠とは、とあるゲームイベントで知り合った。

 同地区出身という理由から、格ゲーの手ほどきを受け、プロゲーマーとして生きていくためのスキルを教わった。


 そんな師匠は大学卒業と同時にあっさりとプロから身を引いた。

 プロの地位を惜しみなく捨てた、と言うべきか。

 なにせ引退当時はアジアチャンプで、翌年開催されるeスポーツオリンピック日本代表キャプテン候補にも挙げられるほどの実力者だったのだから。


 第一線から退いたが、ゲームサークル『EDEN(イーデン)』を立ち上げた。

 サークルの活動趣旨は、ゲーム業界の健全化と一般社会からの正しい認識を得ること。

 ゲーム業界のブラック化の防止、『ガチャ』などの誇大広告、懸賞系ゲームにおける景品表示法違反など、プレイヤーサイドからゲームや運営会社を攻略、検証し、動画やSNSなどを用いて告発するNGO(非営利組織)だ。


 社会活動重視であるため、メンバーの士気もレベルも高い。

『ゲーム好きなら誰でも』とサークル広報ではうたってはいるが、ほぼ全員が師匠と同じ大学の出身か在校生。

 俺も初期のメンバーとして登録されてはいるものの、イベント時の肉体労働とと言っても過言ではない。

 だから、この日は『肉じゃが』なのだ。


「それで師匠、リアルクエストというゲームタイトルに聞き覚えは?」

「ないね。ここのメンバーに聞き覚えがなくて、それほどクオリティのゲームが存在するとなると、十中八九、開発段階のものだろうね。これ美味いな……」


 ただし、このリアル世界に完璧超人など存在しない。

 こんな師匠とて欠点はある。

 これまでの人生で獲得したスキルポイントの大半を、勉強とゲームにつぎ込んでしまったため、家事スキルはゼロ。

 というか、この『イーデン』のメンバーはほぼすべて(俺を除き)家事スキルを上げていない。

 実家暮らしのサキ以外は皆、バッドステータス『栄養不足』もしくは『欠食』状態にあった。だから定期的に食料支援が必要なのだ。


「毎日たこ焼きでは死んでしまいますよ?」

「リーダーがたこ焼きで死ぬのなら本望よ。ところで、どんな武器があるの? 武器デザインの傾向で、ゲーム制作会社を絞れるけど?」


 そんな身も蓋もない返答とマニアックな質問はヨーコさんから。


「不明です。ほぼ農作業しかしてませんし、武器も武器と呼べるのか……竹槍と草刈り鎌しか装備してません……」

「農作業? 竹槍? 草刈り鎌? なにその縛りプレイ……タクミ君、MMORPGでそんな装備していると、悪目立ちしてハブられるわよ?」


 ヨーコさんはイーデン最年長(とはいえまだアラサー)。

 彼女も元プロゲーマーで、イーデンでは経理を担当している。

 ヨーコさんは武器関連の知識が非常に豊富で、ゲーム世界の武器だけでなく、リアル世界の刀剣類、銃器にも精通している。なんでもリアル鍛冶師の国家資格にも挑戦した経歴があるとかないとか。

 ただし、嫁度はゼロ。

 ヨーコさんも人生という貴重なスキルポイントをゲームに無茶振りしてしまったため、山鳥タクミ以上に将来が心配されている。


 師匠とヨーコさんは、俺がプロゲーマーになった当初からの知り合いだ。

 師匠は格ゲープロとして尊敬していたから「師匠」で、ヨーコさんはその真逆。

 出会った当初も俺の境遇を知り、「タクミ君って私の学生時代と同じ!」というコメントを聞いて、俺は家事スキルを上げ始めた。

 つまり、ヨーコさんは『裏師匠(反面教師)』とも呼べる存在なのだ。


たまれなくなるからそのキャラ紹介は止めて! ところで、教育系の可能性はないの?」

「教育系と仮定すると、表立った検証は困難だな。政界との利権が絡みすぎている。タクミの目からもプロテクトは高いのだろ? ちなみに、僕がたこ焼きをよく食べる理由はゲームや勉強をしながら食べられるからだ。決して、たこ焼きが好きなわけでも、それだけを食べて生きているわけではないよ」

「ええ、メインプログラムどころか、新規に作成されたゲームコンフィグを収めたセーブファイルも解体は難しそうですね」

「そのゲームを二度とやらない覚悟がない限り、触らない方が妥当だな」

「まあ、そうでしょうね……」


 本当は「止めても良いのでバラしましょう」と提案したかったが、師匠から却下されるのは分かりきっていた。

 師匠はゲームをこよなく愛している。

 たとえ、クソゲーであろうと、エロゲであろうと。


「ところで……こんな噂を聞いたことがないか? 主にプロの間で昨年末から広まっている噂なんだが、ゲームが上手くなるVRMMOが存在するらしい」

「ゲームが上手くなるゲームってことですか? それこそ教育系ですよね?」


 教育系とは、VRMMOの特性を生かした教育ソフトの略称である。

 お茶の間から学習環境が得られるというだけでなく、主にVRMMOの時間効率を利用するのである。

 神経直結型VRMMOの世界は、リアル換算で二倍から三倍もの時間密度を有している。

 視覚、聴覚を必要とせず、ノートなどを取る必要もないので効率が良いのだ。

 その時間密度を利用して、学校で行う大半の授業、セミナー、英会話などを行う。セーブも可能なので、理解できるまで何度も同じ講義を受けられる。

 学習塾など、ほぼ百パーセントこのバーチャル学習方式を採用している。


 ただし、ゲーム業界に関しては今更の話。

 コマンド入力を前提とした格ゲーやパズルゲーム、カードゲーム以外はほぼすべてバーチャル化(VR化)されており、ゲームそのものがその時間効率の影響下で行われている。

 いまさら効率的とは表現し難いし、実際、ゲームも上達しない。


「もしかしてそのVRMMOの時間効率が更に数倍に高められているとかですか?」

「そういうことではないらしいよ。タクミも知っていると思うが、ゲームスピードを上げたところで、プレイヤーの脳内処理速度が伴ってなければ上達は困難だ。しかし、噂では判断速度や反応速度、格ゲーなどで必須の入力の正確性まで向上するらしい……」


(そんな教育系ソフトが実在するならば、俺もプロゲーマー廃業には至らなかった……)と続けようとしてかぶりを振った。


「タクミ、そのリアルクエストを続けろ。情報収集も怠るな」


 予想通りのセリフが返って来た。

 師匠はそういった好奇心の持ち主なのである。


  ☼

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