レベル18
「ああっ、美味しかった!」
朗らかに声を上げるシルヴィ。
アグリも満足だった。
HPも『ワートホッグの肉』で満タンにまで回復したし。
「でも、このゲームが限りなくリアルを追及しているといってもゲーム世界よ。そこまでこだわる必要ってあるかしら?」
確かにそうだ。ここまでこだわる理由はない。『毒』表示が出なければ。
VRMMORPGを知らない人から見ても
「だからこそ、だと思います」
そして、持論を展開した。
「ただの遊び、ゲームだからこそ、些細なことも真剣に取り組むべきだと俺は考えています」
「それってつまり、リアルの知識や経験にもつながるから?」
「それもあるかもしれません。シルヴィさんだってゲーム世界で知り合った友達が、リアル世界で赤の他人に戻るとか考えたくはないでしょう? それと同じです」
実際、ゲームから学べることは多い。
雑学に限った話ではなく、社会、倫理、法律、道義心、そして友情も。
世間から散々叩かれている『懸賞系プロゲーマー』も、当然のように、法律や世情の変化には敏感だ。しっかりと稼げているプレイヤーほど周囲との協調性、人間関係に細心の注意を払っている。そうでなければ、MMORPGの世界では生き残れない、とも言うが。
でも、一番の理由は、人格無視の「ゲーム脳」呼ばわりが嫌いなだけ。
プロゲーマーというステータスだけで、世間からバカにされたくはない。
「ねぇ、知ってる? このゲームのシステムが、何を基準に初回ログイン者の転生先を選定しているか?」
「NPCへランダム転生じゃないんですか? AIの気まぐれ(嫌がらせ)とか?」
「フフフッ、ニュービーはみんなそう考えているみたいね。それで仕切り直しを試みて、アカウント認証キーを失効したプレイヤーも多いみたいよ」
「つまり、違うということですか?」
「そうでしょう? リアルの君とそのアバター、色々と一致していると思わない?」
(そうか? 俺はこのキャラが嫌いだぞ……)
極貧スタートとか、『志願兵』とか然したる問題ではない。
最下層スタートはある意味でRPGの醍醐味。後々強くなれば良いだけ。
それならば、なぜあれほど嫌だったか。
それはきっと『元農夫』という表記に尽きる。
農業は実家の稼業。嫌いだった父親が山鳥タクミに継がせたかった職種。
それが嫌で、田舎から逃げ出すように上京し、『中卒労働者』、『通信教育の高校生』、『大学生』、そして『プロゲーマー』、『格ゲー世界一』という地位にまで辿り着いた。
もちろん、こんな裏設定(プライベート)、重すぎて初対面のシルヴィには言えないが。
「でも、どこからそんな個人情報を?」
「君が使用しているバーチャル端末は何?」
「ええっと……TACT社の初期型だけど?」
「わたしと同型ね」と頷いたシルヴィに驚きはない。「使用したソフトは覚えている?」
「一般流通したものは全て。教育系も含めて俺の知る限り」
この端末はいわく付きの代物。
『ゲーム脳』論議と処理速度の遅さですぐに発売停止となり、新型に移行した過去がある。そのため発売されたタイトルはさほど多くない。
ゲームコンソール製造終了前後の版権料引き下げ時にありがちな、ギャルゲーやクソゲー、リマスター版の集中市場投入を除けば。
それでもさすがに驚いたのか、「ぜ、全部なの?」と目を丸くするシルヴィ。
「TACT社の販売戦略で、娯楽系より教育系ソフトが多かったわよね?」
ゲーム業界初の神経直結型端末という事情もあって、実用系や教育系ソフトが多くラインナップされていた。
例えば、『宇宙飛行士になろう』(無重力とロケットの超加速が体感できるシミュレーター)や、『神の使途』(宇宙創世をテーマにした生産系シミュレーションゲーム)、『ジ・オーケストラ』(あらゆる楽器を簡単に使え、楽譜の読み書きができなくともア・カペラや鼻歌から思い通りに作曲できる音楽ソフト)などが登場した。
半教育系の『お茶の間オリンピック』(お茶の間でオリンピック競技が選手レベルで体験できる体育会系ソフト)なども出た。
社会問題を引き起こした『電子風俗』の参入はその翌年。
これらのソフトは、新型ゲームコンソール発売時のラインナップとしては、あまりにありがちで、コアなゲーマーからは「つまらない」「マンネリ」と酷評された。
しかし、『TACT』社にとっては莫大な益を生む結果となる。
これまで「ただの余興」「時間つぶし」「子供の遊び」で終わっていたビデオゲームが、この端末を契機に教育、医療、スポーツ、軍事にまで入り込んだのだから。
その一つに、「ゲーム脳」談義を引き起こした『電子風俗』も含まれるが。
その影響は、パーソナルコンピュータ、携帯電話、スマホなどの登場時と同じく、歴史的デジタルイノベーションに等しかった。
実際、「時代が変わった」「黒船来航」「黒じゃなくてピンクだろ?」「失業しちゃう」と叫ばれた。主にプロゲーマー、ゲーム業界、風俗業界で。
「私の初めては、ジ・オーケストラ。アレって凄く面白かった! マイベストね!」
「マイベスト? ダルいだけだったよ。神の使途はそこそこ楽しめたけど」
「神の使途こそ、ゴミゲーよ。アレって海外のプラネタリウムPGのパクリよ」
「そ、そうなの?」
シルヴィのベスト『ジ・オーケストラ』とは、人工声帯エンジンのプロトタイプと言われている。
その時の気分をメロディに変換するという機能が、感情を言葉へ変換する、といった具合に進化した。
ちなみに、山鳥タクミのマイベストは、『宇宙飛行士になろう』の同人パロディ『寄生虫になろう』だった。
ゲームシステムや独自の世界観や重力感はそっくりそのまま。宇宙を人体に変えて、寄生虫になったプレイヤーが皮膚や口から人体へ入り込み、その人間を乗っ取る、という鬼畜のようなテーマのゲームだった。
動脈の中で繰り広げられる白血球との闘い(強制スクロール型シューティング)がとてもシュールで面白かった。『沙〇曼蛇』のようで。
ゲーム談義が尽きないところだが、話を戻す。
「つまり、それらのソフトのプレイヤーデータが流用されていると?」
「そう考えるのが、妥当じゃないかしら?」
確かに、教育系ソフトには娯楽系にない初期設定が多い。
その一つが年齢や性別、身長や体重までホストサーバーに登録することだ。
『お茶の間オリンピック』では軍隊さながらの健康診断と体力測定を、『神の使途』では長々と心理テストをやらされた覚えがあった。
それらデータの蓄積さえあれば、プレイヤーの性格や身体能力はもちろん、家族構成、親の職業さえも知られていて不思議はない。
そして、このゲーム世界で、それらデータに基づいた元キャラを作り上げ、転生させた。
ダイレクトメールで一人一人プレイヤーを募る理由にも納得が行く。
二十二歳の元農民という環境設定以外にも、山鳥タクミの身長体重、得意な戦闘パターン(アジリティ重視)までもがいかんなく発揮できている事実の証明にもなる。
ゲームへの好奇心は尽きないところだが、ご機嫌な歓談はここまでとなった。
シルヴィも
ご機嫌の理由は、『ワートホッグの肉』をたっぷりとアイテムストレージに詰め込んだため。
アグリも真似したが、シルヴィの三分の一にも満たない量で、リミットとなった。
「なんだか悪いわね。討伐に手も貸してもいないのに……」
「いえいえ、こうして不法出入国を見逃してもらったのですから。安いものです」
「口止め料のつもりじゃないって! この見返りは必ずするから!」
そんな会話を最後に、シルヴィと別れた。
☼
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