レベル12


「なんだよ! 結局、まともな選択肢がなかったじゃん! モザイク処理っていったい何なのさ!」


 いろいろ不満だったゲームシステムであるが、プレイヤーギルドの対応には満足だった。

 初回来館特典として、(表情を赤らめた)シーラさんから『回復ポーション』を貰ったのだ。


 それに、あんなアドバイスでも貰えなければ、今頃、奴隷、もしくはマッパで路頭をさまよっていた可能性がある。

 1、または2、を選んだ場合は、GMによるアカウント停止処分、もしくは官吏に捕まるか、とにかくGAME OVERだった可能性が高い。

 ちなみに、『シーラさん』とはあのエルフ嬢の名前である。


「そこのお兄さんっ!」


 大通りに出ると、突然、背後から声をかけられた。


「ギルドを出た直後のお声掛けトラブル……テンプレかよ!」


 そんな悪態をついたものの、リアル世界のナンパ・勧誘阻害スキル『ガン無視』は最悪の手段。

 再び選択肢で煩わしいが、ここは何でもアリのゲーム世界。まずは冷静な状況判断が必要だ。


 1、『有能なニュービー(新人)へのパーティ勧誘。三十%』

 2、『ベテランプレイヤーが調子こいたニュービーにかつを入れに来た。六十%』

 3、『ただの恐喝。十%』

 4、『やっぱりガン無視。全力で逃げる。緊急回避』

(*発生確率は山鳥タクミのゲーム上の経験則です)


 声をかけてきた人物は、商人風の若い女性だった。

 装備を見た限り、弱そう。高レベルプレイヤーとは思えない。

 だから、2、であっても怖くない。

 アグリのリアルステータス(元格ゲー世界一)ならば、1、が順当か。


「いやいや、勧誘とかありえませんって、だってあなた農夫でしょう?」


 そうだった。元格ゲー世界一の肩書は、VRMMORPGの世界では通用しない。

 生産職の『農夫』では、パーティ勧誘もないだろう。


「ということは、3、かよ……面妖な……」


 この歳でやりたくないが、護身スキル『恐喝ジャンプ』(普通の垂直飛び)を繰り返す。

 子供時代はこのスキルと『逃げ足』で、過酷なリアル世界を生き延びてきた。


「ほら、ジャラジャラお金の音はしないでしょう? からっけつですよ?」

「違うわよ! 恐喝なんてしてません! って私は昭和のヤンキーですか!」

「やっぱ、4、が正解だった?(レベル一のすばやさで逃げ切れるだろうか……)」

「それも違います! 志願兵から生産系の農民にジョブチェンジしたんですよね? それなら不要になった武器やアイテムを買い取りますよ?」


 これもリアル世界でのあるあるだった。

 卒業を間近に控えた大学四年生に、リサイクルショップが執拗に買取り攻勢を掛けて来るのと同じ状況なのだ。

 ただ、売れるものがあるのなら、売ってしまいたいのはこちらも同じ。

 三度、選択肢が表示された。


(どれを売ろうか……)

 1、『草刈り鎌』。

 2、『布の服』。

 3、『回復ポーション』。

 4、『おにぎり』。


「4、でどう?」


 今度は、こちらから提案してみた。

 『農夫』の『おにぎり』は無限ポップする。売るにはもってこいのアイテム。


「いやいや、勘弁してください。こっちも転ヤーなので、そんなの売れませんって!」


(だろうな……)とほくそ笑むアグリ。

 実は布石。次案が買い叩かれないための策。


「じゃあ、1、はどう?」


 『草刈り鎌』という名称はどうかと思うが、割としっかりした鎌だ。リアル世界のホームセンターで買うとなると、10000円くらいはしそう。

 コレを売ってアグリの好む斬撃系の武器、(剣か刀)を買う腹積もりだった。


 行商人は手に取って一瞥いちべつした後、突き返す。


「これも買い取れませんね」

「なんで? 割と出来の良い農具だよ。まだ新しいし」

「農具だからですよ。農具は農民しか装備できません」


(マジかよ……)

 しかし、納得できた。家財道具のすべてを売りに出したアグリの元キャラが、なぜ『草刈り鎌』を売らなかったか。

 売れなかったのだ。


 そうなると売るものがない。

 2、は売るとマッパ確定だし、3、はいざという時に残しておきたい。モンスターの急襲にあってマッパで死ぬとか、絶対に嫌。たとえモザイク処理されていたとしても。


「いやいやお兄さん、農夫は生産職でしょう? 城壁内で戦闘はありませんって!」

「つまり俺の布の服を買い取りたいと? エッチ! ドスケベ!」


 そもそもアグリの防具『布の服』はかなりの使用感。これも転売には不向きだろう。

 つまり、アグリの所有物だからこそ、ということか。

 山鳥タクミも格ゲー世界一になった直後、控室から着用済みTシャツやタオルが根こそぎ盗まれたことがあった。犯人は元カノだったが。

 それともこの女商人、公衆の面前でアグリを脱がせたいだけなのか。


「変態だ!」

「いやいや、お兄さんのその思考の方が変態ですって! 私が欲しいのは3、です」

「し、知ってたし……」


 女商人は教えてくれた。

 現在、ロットネスト王国は敗戦直後。回復ポーションの供給が間に合っていないそうだ。

 大変危険なため、レベル一の農民だと、『第三城壁』から外へは出られない。

 だから、『おにぎり』で十分。回復ポーションを常備する必要がないそうだ。


「つまり結構な値段で転売できるということか……」


 とにかく、アグリは交渉の主導権を握った。


「で、いくらで買う?」

「三十ガルズでどう?」


「三十~?」と不満顔を作ったものの、アグリはまだこのゲーム世界の物価を知らない。だからこう提案してみた。「物々交換しない?」と。

 アグリが欲しいのは斬撃系の武器。「銅の剣」「鋼の刀」などは序盤の定番か。


「銅の剣ですって? アレの売値は百二十ガルズよ。それに農夫だと装備できないわよ」

「装備できないのかよ……じゃあ、何か他に武器はないの?」

「さすがに三十ガルズで買える武器はないわね。それなら情報なんてどう?」


 そして、女商人は教えてくれた。

 基本、レベル一からスタートしたプレイヤーは、城壁内の(お手伝い系)クエストを数回クリアして、装備を整え、レベル二以上になってからパーティを組み、討伐系クエストに参加するという。

 これが結構な手間で、時間もかかる。


 しかし、抜け穴があるそうだ。第三城壁には崩落個所があり、そこを抜ければレベル一でも城外へ行けて、モンスターと戦えるとか。

 しかも、『ネイチャーウェポン』と呼ばれる武器の入手場所まで教えてくれるらしい。


「その話、乗った!」


 そして、『回復ポーション』をアイテムストレージから取り出し、差し出した。


  ☁

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