レベル11


 カミラさんから教わった「すっごく目立つ建物」――『プレイヤーギルド』は、にゃん娘パブの二軒隣だった。


「位置が逆だったら良かったのに……」


 大通りに面していて、如何いかにも「初心者でも見逃しません」的な、アクロポリス風建築物。カミラさんの説明に嘘はなかった。表現に若干の問題はあったが。

 邪推かも知れないが、『にゃんにゃんストリート』は、初見殺し、もしくは初心者向けトラップの類だろう。

 某名作RPGでも、ぼったくりの多いバザーやぱふ〇ふといったトラップが存在したように。


 リアル世界が祝日という事情もあってか、兵士や戦士風の人々が大勢詰めかけていた。

 市役所と同じような長いカウンターテーブルとたくさんの窓口が並んでいた。

『クエスト受注』『武器貸出返却』『素材買取り』『賞恤しょうじゅつ窓口』『お悩み相談』などがあり、『賞恤窓口』以外の窓口には長蛇の列が出来ていた。


「これ全員、プレイヤーかよ……」


 まるで職安か就職の合同面接会のような状況に、MMORPGの恐ろしさを感じてしまった。

 山鳥タクミは、プロに転向してから格ゲー一筋だったため、こういった行列や集団に馴染みが薄いのである。


 パッと見、エリートクラスは一人もいないようだ。

 多くが食い詰めた傭兵のような粗末な恰好をしていた。アグリと大差ない初心者装備の者もちらほら見受けられる。

 そういうご時世、もとい、ゲームの世界観なのだろう。


 どの窓口に並ぶか悩んだ挙句、『お悩み相談』の列に決めた。


 並んでいる間、「相当待つんだろうな……」と愚痴を漏らす。

 しかし、意外や意外、暇を持て余すことはなかった。


「お前、ゴブリン兵何匹討伐できた?」「回復ポーションの使い過ぎで赤だよ」「オーガ討伐ってクエ報酬にあった?」などゲーム情報に関係したものから、「このゲームどうやって入手した?」「バーチャルコンソールは?」「プラグインは?」「これって市販予定なのか?」といったシステム情報さえも耳に飛び込んできた。


 それらの内容から、この並びはアグリと同じニュービー(新人・新兵)が多く、プレイヤーの多くがゲームの概要さえも知らされずにプレイしているようだった。


「次の方~!」と呼ばれて聞き耳を中断した頃には、アグリと窓口との間に人はいなくなっていた。


「俺ですよね……」


 慌てて窓口に歩み寄る。

 『お悩み相談』の窓口嬢は、萌黄色の長髪と耳長の美人さんだった。


「どういった悩みをお抱えですか?」

 そして、露骨な接客スマイルを、コトンと傾ける窓口嬢。


「おおっ!」と思わず絶叫するアグリ。


 バイト先の受付嬢、大学の女性事務員さん、いずれとも険悪な仲だったため、こういう普通の接客に感動してしまった。

 もちろん、久しぶりのエルフ族という補正効果も無視できないが。

(絶対NPCだ!)と確信を持ちつつも、ついついほだされてしまう。

 エルフが窓口嬢役などファンタジー物の鉄板中の鉄板なのだが。

 先ほど出会った(エロ系)ネコ店員も良かったが、事務作業に忙殺されるエルフ嬢も良いのだ。特に表情が硬い所など。


(困らせたくなるな……)


「はい?」と再び首を傾げるエルフ嬢。(*エルフ嬢=エルフの窓口嬢という意味。電子風俗業界とは無関係。タクミ語)

「王宮からコレを受け取ったのですが……」


 慌ててアイテムストレージから『王宮からの手紙(レア)』を取り出し、差し出した。


 ほんの一瞬だけ視線を送った後、「年貢ねんぐ督促状とくそくじょうですね」と真顔で応じた。

(ここだけ無表情?)(呆れられてる?)とも思ったが、会話の続きを促す。


「それって、俺が滞納した年貢じゃなくて、転生前の元キャラが……」


 NPC相手に「元キャラ」という表現が通用するのかはなはだ疑問だったが、山鳥タクミのボキャブラリーでは、それ以外の説明が思いつかなかった。


「なるほど……」と頷くエルフ嬢。「アグリさんには選択肢が三つあります」

「対応、早っ! ここって王宮の税務課ではありませんよね?」

「初回ログインのプレイヤーに多い相談ですから……」


 そんな愛想笑いの後に、指先を虚空に漂わせる。

 すると、会話ログらしきものがアグリの面前に表示された。

 親切に数字まで振ってあった。


 1、『アグリはすべての財産を失うが、王宮からの督促状も破棄できる。(裸一貫、相続拒否)』

 2、『アグリは速やかに指定された額の税金を納める。(社会人として当然)』

 3、『アグリはステータスダウンを受け入れた後、税金の期限延長を要請する。(怠惰、真面目に働けよ)』

(*みんなで一緒に考えよう!)


「えっ、何っすか、コレ?」

 ここがゲーム世界であるという事実さえも忘れて呆然とするアグリ。


「だから、ゲームの選択肢です……定番ですね。さあ、選んでください」

 エルフ嬢の表情は、依然として硬いまま。


「し、質問は可能ですか?」

「どうぞ、そのための相談窓口です」

「2、はどのくらいですか?」


 すぐには無理。なにせ所持金はおろか、装備も家財道具もゼロ。


「可及的速やかに。税務課の官吏かんりとエンカウントしたらアグリさんのレベルだと終わりです。超強いですよ」


(超強いって戦闘?)(取り立ての方かな?)(可及的の意味に反しない?)(エンカウントしたら絶対逃げろって示唆しさ?)などといった疑問が湧いたが、背後のプレイヤーがイライラしている様子なので質問は自重した。


「3、のステータスダウンって具体的には? 奴隷落ちじゃないですよね?」

「アグリさんは元農夫なので農夫に戻されます。ご自宅と農地もそのまま所有できます。このご時世、生産職も悪くないですよ? 死なないですし……」


 そして、『農夫』のまで教えてくれた。

 それは、あの謎アイテム『おにぎり』。

 もちろん食料以外の使い道はないのだが、『農夫』だと時間経過でアイテムストレージに自動ポップするらしい。

 しかも、『農夫』の熟練度が上がれば味が良くなり、具材も増えるそうだ。


「食べ放題……そんなゴミ情報は必要ないし……ん? 今、農地って言いました?」

「ございますよ。家は南地区に1DK、トイレは共同。農地は第二城壁南部に半エーカーほどですね」

「ビンゴだ! 農地を売って成り上がれる! 脱農だ!」

「アグリさん……」と(エルフ嬢らしい)ジト目を作る。「そのような発言は控えた方がよろしいかと……国王の勅命ちょくめいにより、現在、家や土地を売りに出す行為は厳禁となっております。分不相応のステータスアップや、夜逃げ防止の措置です」

「つまり……売る方法はないと?」

「上級職に就くことで可能になります」

「一昔前の中国かよ……」


  ☂


 中国の農民が『出稼ぎ』と呼ばれていた時代にも、同様の制度が存在した。

 戸籍に『農民』と記され、農地の売却は元より、転居さえも禁じられていた。

 そのため(一時所得を求めて)都市の工場へと働きに出ては田舎に戻るという二重生活を余儀なくされていた。

 それは『一人っ子政策』の子供にまで受け継がれる酷いものだった。

 農民の子供は一生農民。つまり職業選択の自由がなかったのだ。


 二十一世紀に入り中国の工業化が進み、高度経済成長が続くにつれ、若干だが緩和された。その子供だけは戸籍から『農民』の記載がなくなり、転居も転職も可能となったのである。

 しかし、農民の年収の数十倍とも言われる大学の学費を納めるのは非常に困難で、農民の子供の大半が農民として生涯を送らねばならなかった。


 このゲーム世界がそんな中国の制度を模倣しているとも思えないが、プレイヤーになっても『志願兵』止まりであった事実などを鑑みると、ただの偶然とも考えられない。


  ☂


「アグリさん、変わった知識をお持ちなのですね?」

「実家がリアル農家ですから……」と応じた後に決断した。

「1、でお願いします!」


 売れない家や農地などに未練はない。

 山鳥タクミは実家の稼業、つまり農業を継ぐことを嫌って故郷から飛び出したのだ。それこそ裸一貫で。


「ええっ、本気マジですか!」


 突如、慌てふためくエルフ嬢。しかも、これまで硬かった表情を赤らめて。

 背後のプレイヤーも「マジっぱねぇ!」「漢だ!」「セクハラだろ!」「魔界農村!」と騒ぎだす。


「なんで……?」

 そんな中、アグリだけが呆然と首を傾ける。


「アグリさん……」と窓口カウンターから身を乗り出し耳元で囁くエルフ嬢。「この世界の全財産というのはですよ! つまりその布の服も……レベルも低いのに真っでどうするつもりです?」

「ええっ、漢裸一貫ってそういう意味なんですか!」

「十八歳以下も大勢いるから……おパンツかモザイク処理は残すと思うけど……前例はありませんから……どうなるか……最悪アカウント停止も……」

 あまりの羞恥にとうとう言葉さえも詰まり、無言になってしまったエルフ嬢。


(俺、そういう意味で困らせたくはなかったんだけど……)


 そんな異常を察知し、『お悩み相談』窓口に駆けつけたエルフ嬢の上司から、アグリは無理やり3、を選ばされ、『志願兵』から『農夫』へとジョブチェンジさせられたのだった。


「あの選択肢、ぜんぜん意味なかったじゃん!」


  ⚡

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