レベル10
アバター・アグリがピンチに陥っている間、先ほどからちょくちょく登場している『電子風俗』について説明しよう。
昨今のバーチャルリアリティ(VR)は、革新的アイデアと精巧なグラフィックスにより、教育、スポーツ、医療、警察、軍事、リラクゼーション、ヘルスケア、大衆娯楽の分野にまで進出した。
当然、大衆娯楽の一種、お水やお湯商売、つまりバーやパブは元より、ナイトクラブ、キャバ〇ラ、ソープラ〇ド、果てはS〇クラブに至るまでバーチャル化、つまり電子化が進められた。(*すべて大人の娯楽です。18歳未満の読者はスルーしてください。絶対に親や先生に尋ねないでください)
現在では、それらを総称して『電子風俗』と呼び、自宅の端末から気軽にかつ安全に楽しめるようになった。
どのような形でイノベーションを引き起こしたかというと、早い話が、神経直結型十八禁ゲームのVRMMORPG版。つまり多人数でワイワイ楽しく遊べるエロゲ。
エロゲとの違いというと、AIのアルゴリズムが女性(一部は男性)の言動を決するのではなく、本物の女性(一部は男性)がネット回線を通じて、キャラクターを動かしていることであろうか。
だから法制上の区分けは、風俗営業法(出会い系サイトと同等)となっている。
話に聞くだけなら、かなりゲテモノだ。
お酒は偽物、あの特有の雰囲気や緊張感、様々な快感(痛い、熱いを含む)は全て神経直結型端末が作り出す電気信号なのだから。
実際、第一号店が世に登場した時(山鳥タクミはまだ未成年だった)、「顧客と経営者はゲーム脳」と欧米から酷評を受けたらしい。
しかし、『電子風俗』は爆発的に勢力を広げる。
翌年には世界展開を開始。現在は本物さえも駆逐しようかという勢いにある。
平成時代に横行した宅配型(デリ〇ル)は既に淘汰され、海外でもストリートガールが消えたという。
『電子風俗』が世の男性達に支持された理由は多々ある。
一つは本物と見紛うほどのグラフィックス。
日本人特有の職人気質と言うか、とにかく高額会員サイトほど、作り込みが半端ではなかった。
ワイン、シャンパンの味から、香水の香り、下着や拘束具の肌触りに至るまで本物を忠実に再現している。
次に、店や女性(一部は男性)にハズレがない。
受付嬢から掃除係に至るまで美女ばかり(一部は美男子)。
こちらも高額会員になるほど作り込みが素晴らしく、かつてのギャルゲーのように頭髪の色と形を変化させただけ、という手抜きはない。ハリウッドスターから、昭和のポップアイドルまでそれこそ選り取り見取り。(*肖像権保護の観点から、ほくろを有していたり、耳が長かったり、一部は男の娘だったりする)
好みの差による、いわゆるハズレはあるが、リアル風俗に比べればずっとマシな方。
当然のように、不当請求、つまりぼったくりにも会い難い。
全て安心安全の電子決済。不当請求には電子マネー会社が対応してくれる。
そして、極めつけは、法と世の女性たちが、『電子風俗』の存在を認めたこと。
多くの女性が「隠れて本物の風俗に行かれるよりはマシ!」と(お金と性病の観点から)黙認し、
現在では、十八歳以上なら(高校生を除く)会員登録可能となっている。
☼
「あの……尻尾が腰に当たっているんですけど……」
依然として、アグリは苦境を強いられていた。
やはり格ゲースキルだけでは、VRMMORPGの攻略は無理なのだろうか。
「当ててるにゃ、嬉しいにゃ、サービスにゃ! 飲み物はワインとエールどっちが良いにゃ? 焼酎やドンペリもあるにゃ!」
「ドンペリは無理!」と断り、無難な焼酎に決めた。「でも、おいくらです?」
ネコ店員はメニューリストを出す気配がない。きっとそういうお店――電子風俗なのは確定的。しかも違法。
「五ガルズにゃ。でも、入店料とサービス料は別だから注意するにゃ。サービス料次第で、ムフフも検討するにゃ」
そして、首輪の鈴を隠す仕種を露骨に見せつける。
「ムフフってなに!」
これはもうハイにならずにいられない。
「あっ、でもゲームマネーはゼロで……ここってリアルマネーで課金できますよね?」
課金は主義に反するがしょうがない。
「ゼロ……?」
ネコ店員が首を傾げたのは一瞬、首輪の鈴が盛大に鳴らされた。
「えっ、なに? 何の合図?」
「これは発情した客に対する防犯ブザーと同じにゃ!」
そんな意味不明な説明をするネコ店員。
気が付けばタキシード姿の男、イヌ族の大男がテーブル脇に立っていた。
「やり逃げアンド食い逃げにゃ!」
「ええっ! 俺、何もやってないし、食べてもない!」
その証拠にテーブル上にはおしぼりだけ。お冷も出ていない。
「お客人、当店はそういういかがわしい店ではないので、お触り厳禁となっております。まずは入店料十ガルズ、お支払い願えますか?」
そして、凄みを利かせるイヌ族の男。
(語尾にワンって付けないんだ……)
などと考えていると、襟首を掴まれて裏口から放り投げられた。
☂
「オイ、兄ちゃん、こちとら必死で働いてんだ!」と凄みを利かせるイヌ族の男。
「ハイ……承知しております」
「こっちも恥ずかしいのを我慢してるにゃ!」と今度はネコ店員。「城壁の警備を職務怠慢でクビになって、仕方なく働いているにゃ!」
「り、理解しております……(恥ずかしいのは自業自得では?)」
「理解したなら、必死に働いて来い! 入店料はそれまでツケにしておいてやる!」
「サービス料もツケにゃ。月末までに払えなかったら袋にするにゃ!」
「ハ、ハイ!」
そして、裏路地の明るい方へと逃げ出した。
「待ちな!」と背後から肩をガシッと掴まれた。
「ひょっとして兄ちゃん、ニュービーか?」
「ハイ、初ログインです!」
「そっちはスラムだ。奴隷商に捕まるぞ」
そして、反対方向へと親指を突き立てる。
親切なイヌ族の方だった。
(プレイヤー?)とも考えたが、『TACT』のAIならこの程度の会話は普通に熟す。この状況で「あなたはプレイヤーですか?」と尋ねるのもかなり失礼だし。
「それから俺はイヌじゃない。オオカミ族だ、がるる~」
「す、すみません!(あっ、やっぱりプレイヤーだ!)」
今度こそ表通りへ逃げ出した。
☁
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