レベル9


 アグリはテクテクと『プレイヤーギルド』へと向かっていた。

 カミラさん情報によると、「親切なアドバイスをくれるお役所がある」とのこと。


 その場所はしっかりと聞いてある。

 現在地は、王都内の『南の職人区』。

 カミラさんいわく、まずは、「あっちのお城へ」――(ピコピコ情報と照らし合わせると)『ロットネスト城』へと向かうらしい。

 すると、「人がいっぱいの交差路」――『中央広場』へと出るそうだ。

 そこから「太陽の沈む方へ」――『西地区へ』向かえば、「すっごく目立つ建物」があると言う。


 この時代、こんな中途半端な位置情報でプレイヤーを迷わせようとするゲーム制作者の意図がつかめない。


(やっぱり……クソゲーだな……)


 初めて歩く『ロットネスト王国』の城下町は活気に満ちていた。

 アグリ宅の周辺は生産系プレイヤーの工房が集まっているらしく、トンテンカンテン忙し気に何かを製作する音が響き渡っていた。


 その一方、この王国は戦時下にあるらしい。

 それも敗戦直後らしく、包帯だらけの獣人や(アグリのように)泥だらけでボロボロな装備の兵士の姿も多く見られた。


「中央広場から西へ向かってすぐの……すごく目立つ建物……」


 カミラさん情報を思い返していると、ふと足が止まった。

 賑やかで景気の良い喧騒と、ド派手な装飾がアグリの気を引いたのである。


「これが……プレイヤーギルドか?」


 見上げると、『にゃんにゃんストリート・三番館』と看板が掛けられてあった。

 ネオンサインこそ時代的に見当たらないものの、あでやかなピンク色の文字や、けばけばしい色調のイラスト、それから可愛らしいにゃん娘たちの顔写真が至る所に張り付けられていた。


「違うよな……ここは……酒場だよな?」


 もしこれが、カミラさんの言う『プレイヤーギルド』であるならば、間違いなく、カミラさんは関係者――客引きだろう。


 しかし、「ココは違う」と分かっていても、背は向けられない。

 アグリの中の人――山鳥タクミがにゃん娘萌えのヘンタイというわけではなく、ゲーマーとしての本能が機能したのだ。


 リアル世界と異なり、RPGにおける『酒場』の役割は出会いと別れ。そして情報収集の場と相場が決まっている。このワンパターンぶりは初代フ〇ミ〇ン時代から変わりない。


「俺におあつらえ向きの場所だな……ネコ使いという意味で!」


 ゲーマーの本能に従うまま、ピンク色の観音扉に手をかけるアグリだった。


  ☼


「いらっしゃいにゃ~」


 アグリを見つけた女性店員が、シナシナと歩み寄って来た。

『にゃんにゃんストリート』の看板に偽りなく、ネコ族の女性である。

「こ、ここは、もしかしてにゃんパブですか?」

 『にゃん娘パブ』とは『ネコカフェ』の親戚筋。違いはというと、お酒を取り扱っている点と、客層が男性しかいないこと。それからかなりのお金を必要とすることだろうか。(*リアルネコにアルコールは有害です)


 アグリは一瞬にしてネコ店員の姿に目を奪われた。

 アグリの視線がスケベというわけではない。

 頭部のネコ耳、細く吊り上がった目、歌舞伎のような化粧、モフモフの尻尾、それらは格ゲー『ファントムセイバー』の持ちキャラ『ファリス』に瓜二つだったのだ。

 それだけではない。衣装もだ。

 あでやかできわどく、ほぼ肌着、というか人工物は局部しか見当たらない。

 もちろんネコっぽい部分(鋭い爪や体毛)も残されているが、耳や腕、足首、尻尾と限定されているので、『電子風俗』のコスプレキャバ嬢と変わりない。


「にゃんだ!」

(*ネコ族のコスプレをした女性の総称。タクミ語)


(こっ、これって……十八禁にカテゴライズされるのでは? もしかしてこのゲームのジャンルはエロゲなのか!)

 アグリの中の人――山鳥タクミが、硬派、照れ屋さん、ウブだから慌てたというわけではない。


 過去のゲームならば『全年齢指定』でありがちだったシーンや性的描写でも、バーチャル化とグラフィックスの急激な進化により、詳細に年齢区分されるようになったのである。

 全裸はもちろん、きわどいハイレグやティーバック、過度に強調された胸元、男性の股間のふくらみなども規制対象(十八禁)。

 同じような格好をした子供などいれば(いわゆるショタ、幼女趣味)、即有害指定で発禁に陥る時代。

 ただし、同人なら規制の手が緩いのは変わらずであったが。


 このゲームの素性を探っている山鳥タクミとしては、見逃せないヒントだった。

(これは同人作品を証明する証拠になるかも……違法電子風俗店か!)


「お客様~どうしたにゃ~端末がフリーズしたかにゃ?」


 そんなネコ声でアグリの意識はゲームに引き戻された。


「ハ、ハイ!(この手のゲームは免疫がないから緊張するぞ!)」


 ちなみに、山鳥タクミは、リアル世界の風俗どころかコスプレナイトクラブさえも行ったことがない。電子風俗は学友に無理やり数回だけ。

 山鳥タクミは根っからのゲーマーなのだ。


「さっきから声がダダ漏れにゃ~」

「すいません。俺、ニュービーなもので、人工声帯機能が使いこなせてなくて……」

「人工声帯機能って何のことにゃ?」ネコらしく首を傾げるネコ店員。

(このにゃん娘、NPCか?)と今度は声に出ないよう注意を払う。


 『電子風俗』と同じように、リアルマネーで課金するタイプの娯楽施設なのかもしれない。


「ここって有料の酒場ですよね?(課金者向けにゃん娘パブですよね?)」

「そうにゃ。サービスするにゃ。お勧めの席はアッチにゃ」


 そして、アグリの背中を押し始めるネコ店員。


 アグリは受け持ちと思しきテーブルに座らされた。

 なんとそこは薄暗いボックス席。

 しかもパーテーションで仕切られ、隣から区切られていた。

 文句を言っているわけではない。ここなら確実にくつろげる。

 しかし、アグリの目的は情報収集。


「あの~恐縮ですが、もっと賑やかな席でお願いします。あっちのカウンター席とか……」

「どうしてにゃ? サービスするにゃ!」


 そして、いそいそと隣へと腰を下ろすネコ店員。

 脱出口が塞がれた。

 これでいよいよ逃げられない。

(やっぱり、電子風俗のお店なの?)

 ネコ店員はどんどん距離を狭める。餌をねだるネコのように色目を使いながら。


(ヤバい……なんか色々と押し切られている気がする……!)


  ☼

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