レベル8


「ここってどこだよ……」


 人工声帯機能の確認を兼ねて、つまり独りちりながら周囲へと目を配る。

 全く覚えのない空間だった。

 窓から煌々こうこうとした陽が差し込み、穏やかな雰囲気が感じられる一方で、あまりに閑散としすぎてかえって気味が悪い。いきなり山賊とか誘拐犯とか出てきそうな雰囲気。


(屋内か……でも廃屋?)


 ゲーム世界の中にいるのは間違いない様子。


(いきなり銃撃戦とか始まらないだろうな……)


 目に止まるような家財道具は一切なく、扉は朽ちかけていた。

 忘れられた納屋とか、倒壊寸前の廃屋とか、とにかく閑散とした木造家屋の中だった。


 さっそくこの廃屋で家探やさがしを始めた。

 見るからに何もないのだが、ゲーマーならばこの行動心理は理解できるだろう。

 家探しはRPGの原点、醍醐味なのだから。

 ベッドも箪笥たんすもクローゼットもちゃぶ台もない。あるのは備え付けの流し台とレンガを積み上げただけのかまどのみ。調理道具やお皿、カットラリ《ナイフ・フォーク》の類は壊れているか、さび付いていた。

 実用可能なものは、無限に水が湧き出る『水がめ』くらいか。


「なんだ、コレ?」


 そして、壁に貼り付けられた『お鍋のふた(?)』を覗き込む。

 特段、(これを防具として使おう)とか考えたわけではない。昭和時代のRPGではあるまいし。

 なぜかその丸い金属片だけが、ピカピカに磨き上げられていたのだ。

 覗き込んで、「あ~なるほど……」と理解が行き届いた。

 鏡である。

 ここの家主は、鏡の代用として『お鍋のふた』を使用していたのだ。

 そんな小さな発見よりも、別の事実に気付いた。


「これが……この世界の俺のアバターか……ロン毛かよ……」


 正直、野郎のアバターなんぞに興味ない。

 しかし、自分のアバターに無関心というわけにもいかない。

 第一印象が超重要なのは、リアル世界もゲーム世界も同じだからだ。


「どうなんだろうな……」

 というのが中の人――山鳥タクミの評価だった。


 オーク顔(豚顔)に映っていた。

 ただしこれは鍋のふたの表面が微妙に湾曲しているためで、特別、醜悪というわけでもない。だから評価から除外した。

 目鼻立ちは悪くない。世界観に合わせたのか、西洋人顔にも見える。見た目年齢はリアルステータスと同様、二十歳前後。


 頭髪は両肩に届くほどのロン毛で白。

 元は銀髪だったかもしれないが、そんな面影を残さないほど日に焼けていてボロボロ。まるで海岸に打ち上げられ悪臭を放つヒジキ。思わず「髪くらい洗えよ、元キャラ!」とツッコミを入れてしまった。


 頭髪だけではなかった。装備中の『布の服』も酷いありさま。戦闘か何かで焦げ付き、返り血まで浴びていた。

 これで前歯の一つでも欠けていれば、乞食こじきか野盗か落ち武者のテンプレだ。

 ただし、視点がFPS(一人称視点のシューティングゲーム)と同じく、手足しか見えないのであまりこだわっても意味はないのだが。


(どうせなら、ファリスのようなにゃんが良かったな……三毛猫カラーとか……)


 ここまで精巧につくられたVRMMORPGの世界で、ネカマ(*外見が女性で中の人が男性。主にゲーム用語)でプレイするのもどうかと思うが(変な男に付きまとわれる可能性が高い)、それほどにこの『アバター』が酷い外見だった。


 とりあえず、水がめの水で顔と髪を洗った。

 ついでに、ボロ雑巾に等しい『布の服』も一緒に洗濯した。


 残念ながら、顔と髪を洗ったくらいでは、このキャラクターのイメージアップにはつながらなかった。

 濡れた『布の服』を着た直後だけは不快感を覚えたが、一瞬にして不快感や水で濡れた服の重みは消え去った。

 この点に関しては、いかにもゲーム世界のご都合主義、といったところか。


 こざっぱりした所で、今度はステータスウィンドウをチェック。

 名前は『アグリ』。

 職種は『志願兵』。

 所持品は、『草刈り鎌』『布の服』『おにぎり』。

 所持金は、『0ガルズ』。


 これでは兵士でなく、農作業に出かける農民にしか思えない。


(そういえばピコピコの奴、元農夫とか言っていたな……名前も変えてないし!)


 シミュレーション系以外で、農民を主人公としたゲームと言えば、初代フ〇ミ〇ン版『いっ〇』。

 昭和時代に百万本売れたとされる超大ヒット作。

 主人公『ごんべ』は鎌をメインウェポンとし、忍者や幽霊とバトルして、悪代官を捕らえる。そんなアクションシューティングゲームだった。

 難易度はかなり高い。

 あまりに難しくて、フ〇ミ〇ンを代表するク〇ゲーとして、ランキングに入るほど。

 農民が農具で忍者と戦うのだから難しくて当然であるが。


 山鳥タクミの長いゲーム遍歴でも、農民をテーマとしたアクションゲームといえばこれしか思い浮かばない。


(昭和のゲーム観で初期装備を決めてないだろうな……ピコピコの奴……)


 とにかく、このルックスとステータスでゲームスタートを強行したピコピコ(アグリの中に搭載されている、アバターの言動を制御するサポートAI)を呪わずにはいられなかった。


  ☁


「ところで……ここはどこなんだ?」


 まだ乾ききっていない白髪をポニーテールに結わえ、朽ちかけた扉から外に出る。

 すると、鋭い声が耳朶じだを叩いた。女性の声だ。


「何者です! と思いきや、ではありませんか……」

「え~と……どなたでしたっけ?」


 「ご主人」と呼ぶからには元キャラでもあるこの家の主『アグリ』の知り合いか。しかも、その女性、セリフ通りの様相だった。

 なんと、(アキバ風でなく)英国風メイド服。


「嫌ですわ、ご主人。たった数日で私をお忘れに?」そして「オホホ」と笑う。


 この笑うメイド、一見かなりの地味女だが、良く見ると手足は長く、少しマッチョ。若くて目鼻立ちも整っている細マッチョ。


(大切だから二回マッチョ言いました!)


 年の頃はアグリより少し上。着衣の裾を染みで汚し、苦労してそうでそれを顔に出さない所など、山鳥タクミのストライクゾーン。

 ただし、この会話ログからもNPCで間違いない。

(ちょっと残念……でも、俺の元キャラの彼女? 通い妻?)などと思考を巡らしていると、視界の上端付近に注釈と思しき文字列が過った。


『カミラ(隣人)』


 アバター内蔵AI(ピコピコ)の仕事のようだ。

 ほのかに湧いた淡い期待をバッサリ刈り取りに来た。

 世界観的に十八禁展開など、ぜんぜん、微塵も、期待してはいないのだが。


「え~と、隣人のカミラさん?」

 そんな身も蓋もないテロップを棒読みした。


「嫌ですわ、やっぱり呆けていましたね」


 そして、再び「オホホ」とお上品に笑う。

 どうやらこのカミラさん、アグリのがAIから入れ替わったことに気づいていない様子。

 というか、これもNPCに内蔵されているAIによる配慮だろう。世界観を壊さないための。


「ところで本日はどういったご用件で?」

「嫌ですわ。留守の間、家の管理を私にお任せになったではありませんか。だからこうして日に一度、屋内の空気の入れ替えに……そういえば、もう兵役は終わられたので?」

「それは、それは、ご苦労様です」とまずはねぎらった。


 NPCでも隣人は大切にしないと。


「ところで……家財道具が何一つ残されていないのはどういう理由でしょう?」


 素朴な疑問でもあるが、資金源の確保という意味もあった。

 農民装備の上に所持金ゼロ。これでは冒険が始まらない。


 冒頭では、所持品をすべて売って好みの装備を整える。賛否両論あるだろうが、これが山鳥タクミのRPGのセオリーだ。

 大抵、この手のゲームには、武器のカテゴライズ別の熟練度やスキルが用意されている。

 つまり、『草刈り鎌』の装備で敵を倒すと、農具スキルを覚えたり、農民の熟練度が上がってしまう可能性がある。

 それが原因で、所有スキルの上限に達したり、緊急時に慌ててスキルの選択肢を誤ってしまうなどあってはならない。

 ただ単に、農業が嫌い、という意味もあるが。


「嫌ですわ。農民から志願兵に成り上がる際、全て売りに出されたではありませんか。なんでも転職に軍資金が必要だとか……」


(元NPCの分際で、金でジョブチェンジとは……)という怒りをなんとか押し止める。


「うっかり忘れてました。しかし困りました……次の兵役までしばらくの間、この家に住まなくてはならないのに……」

「大丈夫ですよ。夜はまだ温かいですから。寝藁ねわらでも敷けば寝るには十分です」


(うん、カミラさんとは何もなかったのね……)


 少しだけ甘い展開を期待したわけだが、過去に何もなかったのだろう。

 カミラさんがワイルドなだけかもしれないが。


 寝る場所は確保できた。

 この家でHPの自然回復も可能だろう。今後のログインは、この場所から始まると思われる。

 しかし、問題は山積していた。

 大抵、初回ログイン時は、ヘルプ機能や説明好きお助けキャラ、もしくは『初心者の館』的場所が存在するのだが、この廃屋でも、カミラさんでもない様子。

 世界観やゲームシステムを知らなければ、シナリオは進められない。

 高額な装備を整えた後、「実はギャルゲーでした!」「ターゲットの女の子へのプレゼントが先です!」とかだったら目も当てられない。

 ピコピコは「リアルクエスト」と言っていたので、クエスト系、つまり戦闘がメインのRPGだと思うが、ログイン時のセリフから、親切に教えてくれるとも思えない。


「あっ、そういえば……」とカミラさん、ポケットをまさぐる。「これを預かっていたのでお持ちしました!」

「俺宛ての手紙……ですか?」


(ははーん、これでチュートリアルか?)と封を切ると、中から便箋びんせんが一枚。

 見たところ、ラテン語のような達筆な文字が並んでいたが、ピコピコによる自動翻訳が機能して視界下部に日本語で表示された。ここだけはテーブルトーク式に。


『この手紙を受け取った者は速やかにガルズ五十の税を納めたし。さもなければ大いなる災いがそなたに降りかかるであろう。ロットネスト王宮税務課』


「大いなる災いって……ただの税金の督促状とくそくじょうかよ!」


「それって前期の年貢分ですね」とカミラさん、全く嬉しくない情報を追加した。

 ゲーム世界なのだから「無税で良いだろ?」という疑問もあるが、「NPCが納め忘れた年貢をなぜ俺が!」という憤りの方が強かった。

 これもピコピコの嫌がらせの一部だろうか。


「無視したらどうなります? 強制徴用とか?」

「志願兵を徴用したところで意味がありませんから、基本はステータスの格下げですね。もしくは、滞納した税金分の強制労働でしょうか?」とさらりと酷い返答。

「ちなみに農夫の下のステータスというと?」

「奴隷です」


 このゲームの制作者は農民をバカにしているのだろうか。まだ『士農工商』の建前のある江戸封建社会の方がマシな気がする。


「あっ、でも今の俺って志願兵だから……」

「志願兵の下もやっぱり奴隷です」とおもむろに首を振るカミラさん。


「何やっても結果は一緒じゃんよ!」


  ⚡

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