レベル7


 脳に刺激が走った。

 二日酔いのような偏頭痛、風邪のひき始めのような倦怠感。

 しかし、それらは五秒にも満たない時間で、違和感さえもすぐに霧散した。


 精神的苦痛や閉塞感を和らげるサポート機能が作動したのだろう。

 神経直結型ゲームの初回ログイン時にありがちの処理だ。俺の神経と端末のリンクが上手くいっている証拠でもある。

 しかし、問題はここから。

 これが開発途中のゲームで、何らかのエラーやバグを有していたならば、処理不可能な『ゲーム酔い』が生じる可能性がある。

 この端末が二年で姿を消した理由も、処理速度が間に合わず、『ゲーム酔い』を多発させたためだ。

 すると突如視界が暗転。

(失敗か?)と思いきや、視界の中央にテロップが流れた。


『HELLO《ハロー》, A《ア》 NEW GAMER《ニューゲーマー》・あなたのハンドルネームを意識入力してください』


 どうやら神経接続の一部、『意識同調』が成功したようだ。

 この挨拶も用意された定型句でなく、アーティフィシャル・インテリジェンス、つまりAIの仕事らしい。


 これからはキーボード入力が不要となり、『歩く』『曲がる』『走れ』と強く意識するだけで操作が可能となる。

 もちろんプレイヤー同士の会話も声を使わない意識入力となる。

 すべての行動においてハンズフリー。そしてリアル世界と変わらないほど、自由度も高い。

 アバターの言動をサポートする内蔵AIが存在するためだ。


「しかし名前か……考えてなかったな……」


 スマホ系ソーシャルゲームは、(面倒なので)すべて『ヤマネコ』。

 ただ、これからは使えない。

 厳密には使えないことはないが、他のプレイヤーに元プロゲーマーの素性を晒したくない。「廃業?」「引退だろ?」とか詮索されたくない。


「じゃ、タクミで」

『ERROR・リアル世界と関連性のある名前は使用できません』

「なんで?」と俺、つまりタクミのアバターは尋ねた。

『ここはRPGの世界ですから』

「リアルを持ち込むな、役になり切れ、ということか?」


 RPGとは、ロールプレイングゲームの略称である。ゲームに興味がある人なら誰でも知っていると思うが。

 大まかなシナリオや特定の世界観があり、その世界の中でプレイヤーの配役が冒頭から割り振られているゲームのことだ。

『勇者』『賢者』『ニンジャ』『商人』『遊び人』などの職業や、『王子』『農民』『配管工』『メイド』『村長の息子』などの役割が与えられる。


 そして、ゲーム世界でそれに準じた行動を求められる。

 分かり易く説明すると、『勇者』が『鍛冶師』の真似事をして剣を作り始めたり、『賢者』がその頭脳を利用してギャンブルに走って大儲けしたり、『遊び人』がガチバトルで魔王を倒せないように設定されている。

 そういったRPGゲームが過去に存在しないこともなかったが、一般的に「クソゲー」と呼ばれることになる。


 しかし、希少な例外もある。

『魔獣使い』が使役したモンスターを使って(課金系)水商売を始める、などという強欲プレイヤーが存在した。

 すぐに、エッチな方向のサービスはすべて行政処分、もしくはGMによってアカウント停止処分となったが。


(あれは神ゲーだったな……)


「AI、なにか名前のヒントに繋がるようなものはないか? 世界観とか出生とか?」


 日本の侍に『アーサー』はないし、貴族生まれに『ごんべ』もないだろう。ネカマになる可能性だってある。


 山鳥タクミは、昔から名前を付けるのは苦手だった。

 過去に、勇者の名前を『う〇こ』にしてそのゲームを学友に貸してしまい(セーブデータのバックアップができないカートリッジ式レトロゲームだった)、学校中の笑いものになった黒歴史があった。

「消してから貸せよ!」とその学友からも指摘されたが、レベル、HP、力、すばやさをカンストしていたため(膨大な時間をつぎ込んでいたため)消すに消せなかったのである。

 ちなみに、かしこさは種の使用過多でカンスト(255)を通り越し『7』だった。

 プレイヤー共々おバカだった。

 そのような経験則から、痛い名前だけはつけたくはなかった。


『あなたの転生先は、ロットネスト城の志願兵の一人として始まります。独身男性。二十二歳。位階は平民。生まれは農家。前職業は農夫。持ち家はアリ、1DK……』

「元キャラが存在するタイプのRPGか。しかし意外にベタな設定だな……年齢は同じ、生まれも農家……偶然か?」


 この初期設定に関してはため息しか出ない。


『まもなくイベントが開始されます。入力を急いでください。時間切れの場合は、ランダムでAIが選定します。その場合……アグリとなります』

「アグリか……結構、呼びやすいな……いや待て! それってアグリカルチャーを縮めただけだろ! ダメだ、却下!」

『なぜです? タクミの段をそのままに、行をランダムに変えただけですが?』

「なぜなら、農業は俺が最も嫌うカッコ悪い職種だからだ!」とまでは言えなかった。農業(agriculture)に従事されているリアル農家の方々に申し訳ないので。

「とにかくダメ! AIだって大阪おかん風にピコピコとか呼ばれたら嫌だろ!」


『……………………』


 バグやアクセス障害でなく、本当に考えているようだった。モニターしているCPU温度が少し上昇した。


『私にはTACT社の最新AIが搭載されております。ピコピコ呼ばわりは許せません』

「それと同じだ! 自分にされて嫌なことを他人にするな。イジメ根絶の基本だろ!」


 山鳥タクミはイジメやパワハラ、セクハラに厳しい姿勢を有している。これも経験則から。


『ですが、最新AIの性能を持ってして、あなたのハンドルネームはアグリが最適解であると導き出されました。それに対し、異議を唱えるというのですか?』

「異議じゃない! 嫌なものは嫌だと感情を表しているだけだ。人間を理解しろ、ピコピコ!」

『今後、私に対して、ピコピコ呼ばわりすることを禁じます。ペナルティを設定しました』

「汚たねぇぞ、ピコピコ! 横暴だ!」

『WARNING……あなたはゲームマスターの定める違反行為に抵触しました。ペナルティが科される恐れがあります。言動を改めてください』

「ふざけんな! そんな違反行為があってたまるか! ピコピコ!」

『まもなくイベントが開始されます。名前変更手続き終了まで残り三秒……』

「今度は無視かよ! キャラクター内蔵AIにそんな権限も、機能もないだろ!」

『パンパカパーン! あなたの名前はAIの提案により、アグリに決定されました』

「卑怯だ! 横暴だ! GM権限の乱用だ!」


『それではアグリ、をお楽しみください』


 そんなテロップが流れたのを最後に、真っ黒な視界が徐々に空色に染まり始める。

 バーチャル世界への視覚同調が始まったのだ。強制的に。


「ふざけんな~ピコピコ~!」


 そんなアバター・アグリの絶叫だけが空虚な青空に響き渡った。


  ⚡

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