Phase 2 ジャンル転向?

レベル5


 プロゲーマーとしての地位と名声を失ったあの日本選手権地区大会から、一ヶ月が過ぎた。

 山根氏によって刻まれた爪痕は、心に深く傷を残し、癒えてはいない。


 などと、表現すると些か大げさに聞こえるが、俺――山鳥タクミはプロゲーマーとしての立場から離れ、本来の大学生生活に勤しんでいた。


 実際、あの程度の心の痛みなら、当の昔に克服できている。

 山鳥タクミは逆境に強い。

 すごろくゲームなどでありがちな『ふりだしへ戻る』を引いてしまっただけ。

 もしくは、心血を注いだRPGのセーブデータが消えてしまっただけ。

 落雷でPCのデータがすべて飛んでしまったことに比べれば遥かにマシ。

 自転車にまたがり、「どちくしょ~!」と叫びながら、300kmほど海岸線を走れば、簡単に忘れることが出来る。

 ちなみに、地区予選で早々に敗退してしまったため、余った時間と体力で実家(九州)まで行ってきた。自転車で。


 もちろん学生生活もおろそかにできない。

 これまでサボっていた研究やレポートの作成に追われ、卒業までの単位をかき集める毎日が続いていた。

 だから「気づけばもう一ヶ月」という表現が正しいか。


 あのゲーム大会は三月の春休みだった。

 そして今は四月の下旬。

 ゲーム業界はゴールデンウィークから始まる初夏イベント期へと差し掛かろうとしていた。


 大学四年目ともなると、多くの者が『就活中』もしくは『就職内定』のステータスにある。

 『ネコメ』という個人スポンサーを失い、プロゲーマーとして落ちぶれた俺も、他人ごとではない、というわけだ。

 ぐだぐだと俺のリアルスキル『愚痴』を繰り返したころで話は進まない。

 だから、現在のステータスを明確にしておこう。


 就職内定は、『0・ゼロ・皆無』。


 ヤバいなんてもんじゃない。

 ダンジョン最奥で、回復アイテム0、MP0、さらに毒状態。

 このまま時間経過でHPまで尽きれば、三年間でため込んだ経験値、金、ドロップアイテム、かき集めたお宝までがすべて無に帰してしまう。

 もちろん死に戻りなんて便利な攻略法がリアル世界に用意されているはずもない。


 実は、俺は昨年十一月の時点で内定を貰っていた。

 中堅ゲーム制作会社の開発部門で、得意分野をそのまま生かせそうな職場だった。

 しかし、今年の冬になって開発部門が海外資本によって買収され、拠点を上海へと移した。

 今後制作されるゲームは、中国語と英語へと変わるため(日本語は字幕のみ)、開発部門の全員に中国での生活と英語教育の義務化が提示された。

 新規の採用もTOEFL『アカデミック7』以上が義務付けられるなど、「ネイティブかよ!」とツッコミを入れたくなるほど無茶な要求を突き付けてくる始末。


 当然、俺の内定も取り消しとなった。

 プロゲーマー経験から、海外生活に不満はないのに。


 それが原因で、就活の再開に出遅れた。

 いまさら、言い訳にしかならないが。


 だから、俺は、自らの手でリアル世界の『リセットボタン』を押した。

 まだ諦めるには早すぎるようにも思えたが、『大学休学』を選択したのだ。


 俺も一目置く有名国立大卒の元プロゲーマーの先輩から、「就職浪人はフリーター同然の扱いを受けるから留年がマシ、予算があるなら海外留学するか、大学院へ進学しろ」とアドバイスを受けた結果であった。


 しかし、問題が発生したのはその後。

 昨年度の確定申告に申告漏れがあったと指摘を受けたのである。

 eスポーツ選手を始めとした自営業者は、基本、納税が一年遅れて来る。

 その上、俺は世界を舞台に戦い歩いていたため、さらにもう一年遅れて税金が追いかけてきたのだ。

 今年が成績不振だからといって減額などしてはくれない。

 反映されるのは来年以降。

 一年くらいなら楽勝、と思われた貯金があっという間に消えてしまった。

 税務署の官吏かんりは融通が利かないのである。


 別に、山鳥タクミは引退表明を行ったわけではない。

 個人スポンサー『ネコメホールディングス』を失ったことにより、中国、北米、東南アジアへの遠征費用の資金繰りが困難になっただけ。

 幸いにして、俺の住む臨海地区では年に二度、eスポプロの大会が行われている。

 賞金が安いここと、大会の注目度が低いことがネックだが、その大会を足掛かりに全国、そして世界への切符を手に入れれば、スポンサーも自然と戻って来る。

 二年前がそうであったように。


 春の日本選手権地区大会では負けてしまったので、次の大会となると九月。それまで、就活を続けながら、モチベーションを保てるだろうか。


 プロゲーマーを廃業するとしても、就活とバイトだけに次の一年を費やすのもどうかと思う。

 単純労働の時給ならば、日本開催のeスポプロの大会の賞金をコツコツ集めるのと大差ない。

 賞金だけだと安定に欠けるが、空き時間にゲーム動画やゲーム攻略サイトを運営すれば、それなりに収入は得られる。

 三年前のプロスタート時も、彼女と協力してなんとかしのいでいた。


「う~ん、どうしよう……」


 将来についてあれやこれやと思案しながら、『臨海町アーケード』からアパートへと戻って来た。


「臨海町アーケードは別の意味でデンジャラスゾーンだな……」


 両手の食材を見て嘆息をついた。


 実は、山鳥タクミ、この町内ではちょっとした有名人扱いで、アーケードを通る度に住民達が「世界チャンプ」と声を掛けてくる。

 俺も、昔、羽振りの良かった頃の癖が抜けきれず、ついつい買い過ぎる。

 この日も鮮魚や青果を大量に抱え込んでいた。


「これまでの賞金で学費は払い終えたけど……このままだと生活費が……」


 一年はあくまで目安。一年で就職先が見つからない可能性だってある。


「安かった魚は切り身、貰ったトマトもピューレにして冷凍。果物はフードドライヤー。葉物を優先的に消費して……師匠への食糧支援を増やすか?」


 しかし、当面の問題はお金や食べ物より生活サイクルだ。

『大学休学中』のステータスにゲーマースキルが付帯すると、ほぼ100%『引きこもり』へと発展する。

 小規模のゲーム大会ならばネット上で行うため、外出の必要もない。

 テレワークみたいで便利そうであるが、存外に待機時間も長いため、食料調達もネットに頼るようになる。もちろん割高だ。

 体を動かすことは好きだが、ジムに通う余裕まではない。

 なにより、近所で多発している怪奇事件が気になって、早朝や夜間の外出もままならない。


「う~ん」


 アパートの入口で途方に暮れる山鳥タクミだった。


  ☁

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