レベル4
再びステージ裏。今度は子供ではなく、スーツ姿の男性が俺を待っていた。
まるでRPGの中ボスのごとく。仁王立ちで。
「あー、タクミ君、チョリース!」
「あっ、お世話になっております。山根さん!」
俺に勝利し、敗者復活戦を勝ち残ったモヒカン男であったが、次の試合で第一シードの選手にあっさり敗北した。
小学生プレイヤー――ケイタも同じ第一シードの選手に敗れ、三位に終わった。
ステージ上では、これから始まる表彰式に向けて、実況と解説による小気味よいトークが続いていた。
そんな中、俺はスタッフ通用口から(敗者らしく)ひっそりと、ではなく、こっそり帰路に着こうとしていた。
なぜならこの人物が、会場内に潜伏していることを予期していたから。
『ネコメホールディングス・マーケティング部部長』――山根氏。
中ボスと称したように、手ごわい人物。
そして、現状、最も会いたくない人物でもあった。
ネコメホールディングスは、お菓子やソフトドリンクを製造している会社。
『猫のように夜中もパッチリ』をキャッチフレーズに、エナジードリンクやカフェイン入りサプリメントの販売を開始。
それらがゲーマーや夜行性ネット民にウケて急速に業績を伸ばしつつあるこの地方に拠点を置く中堅菓子製造会社である。
SNS上では、契約社員やパートさんを社畜のように扱う『ブラック企業』と評されているが、プロゲーマー山鳥タクミにとっては大切なスポンサー企業。
もちろん俺のTシャツにも、この会社のロゴがでっかくプリントされている。
ちなみに、この山根氏、社長の
本来なら中ボス扱いではなく、起死回生のバフを授けてくれるボーナスキャラ扱いを受けて当然の山根氏であるが、この一年間の俺の成績に不満があるらしく、会場に居合わせる度に「また負けちゃったね~」「猫娘でなければ勝てた?」「次のアップデートで猫娘が強くなると良いね~」などと、ネチネチ嫌味を言いに現れるのだ。
俺が『キャットウーマン・ファリス』からキャラチェンジできなかった理由は、この人物の存在を杞憂していたから。
こっそり家路の理由も、そういう事情であった。
この大会でも協賛企業の一つであるため、会場内に潜伏していると確信していたが、最悪のタイミングでエンカウントしてしまった。
否、この人物の抜け目のない性格ならば、この機会を待っていた、と表現すべきか。
「君に超楽勝した小汚い服装の小学生と、時代錯誤の超ウザいモヒカン男に超あっさりストレート勝ちした第一シードのハデハデな服装のイケメン香港人プレイヤーって、誰だか知ってる?」
(その質問が既に超ウザい……)
白々しい質問だとも思った。
知っているもなにも、リーは世界屈指のプロゲーマー。
この大会も招待選手の一人。『ネコメホールディングス』からの招待で。
仲間内から聞いた話によると、今夜は駅前ホテルでファンイベントと歓迎会、明日は格ゲーが上達するセミナーとサイン会の予定とか。
俺が世界一になった時にはなかった厚遇である。
それだけ『ネコメホールディングス』が躍進している証明なのだろうが。
「まあ、有名な選手ですから……」とお茶を濁す。
「実はね……そのリー君の活動をネコメホールディングスがサポートすることに決まりそうなんだ。その契約のために来日してもらったのさ」
思わぬ追加情報に驚いた。
『ネコメホールディングス』は、近年、東南アジアにもマーケティングの触手を伸ばしつつある。
そのため、香港に拠点に置くリーをマーケティングの看板に据える企業方針は間違っていない。
しかし、リーは世界ランカー。
既に数多くの中国系企業をスポンサーに有している。
そしてなにより、リーの契約金はべらぼうに高いことで有名だった。
山根氏の率いるマーケティング部の年間予算では到底賄えるとも思えない、とまでは言わなかった。
「まあ、そういう話もあり得るでしょうね。ネコメのエナジードリンク、海外で評判が良いですから……」とだけ返答した。
(夏の香港遠征は中止だな……)とも考えた。
一介のゲーマーが企業方針に異議を唱えたところで、デメリットしかない。
スポンサーが試合数に応じた必要経費やギャラを出し渋り、活動を制限するのは契約社会では
俺がリーより上位になれば失ったものを取り戻せるし、その自負もあった。
「でもね、彼って超お高いんだ。上から特別予算を組んで貰ったけど、業績が上がらなければ僕の立場も危ういくらい」
「でしょうね……」
(親族経営で、社長の甥なんだから関係ないでしょう?)とも考えた。
日本のプロと異なり、海外選手との契約は代理人を必要とする。
言葉や法律の壁が存在するためだ。
代理人手数料の相場は契約総額の五%から十%と法外な上に、一流選手の契約となると、代理人は手数料の上乗せを狙って吹っかけてくる。
『ネコメ』のように海外実績の乏しい企業では、代理人の言いなりとなるケースが多い。例に違わず、相当ふんだくられたのだろう。
「うちとしても勝負所。的を絞ろうと思う。コレ、君との新しい契約書なんだけど……」
チョコレートやソフトドリンクでお馴染みとなった『ネコメ』マークが描かれた封筒から一枚のコピー用紙を取り出し、こちらへと見せつける。
甲だ乙だと小難しい文が並んだスポンサー契約書であった。
先月、「草案……」という言葉と共に目を通していたので、読まずともその内容は知っていた。
「来月が契約満期で、自動更新の予定だったけど……やっぱり無しね。小学生に負けているようだと当社の宣伝にもならないから……」
そして、ビビビと破く山根氏。
「えっ、ええっ……!」
「来週までに契約解除の詳細を書面で送ると思うから」
「ちょっと待って下さい! 先月の話では契約は現状維持でって……」
「先月の話ではね。でも、君も、この成績で現状維持できるとか思ってないよね? 小学生に負けるくらいだし」
「それなら……来月のソウル大会の結果で決めて頂いても……」
「リー君がその大会に出場するから、君の参加は見送られたよ」
「そ、そんな……」
俺の反論が潰えたとみるや、山根氏は素早く踵を返し、会場の人ごみへと姿を消した。
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