レベル3


 キャラクター特性の強いこの格闘ゲーム『ファントムセイバー』において、使用キャラによる有利不利は勝敗を大きく左右する。

 一度でもプレイすれば誰もが理解できるというものだ。


 先ほど、俺がモヒカン男をほうむったように、『フェリス』(アジリティ《スピード》系キャラ)がパワー系大型キャラ『ズーティ』を画面端に追い込み圧倒するなどはその典型でもある。


 格ゲー(一対一の格闘ゲーム)をやったことがないならば、じゃんけんの三すくみのような図式を思い浮かべてもらっても構わない。ただし、腕の差があれば、グーがパーに勝利することもある。プロの競技レベルとなるとかなり厳しいと言わざるを得ないが。


 そのような理由もあり、大会中、頻繁なキャラ変更を運営側が認めてしまうと、ゲーム開始前の前哨戦ぜんしょうせんばかりが注目を浴びてしまい、対戦内容への関心が薄れかねない。

「このキャラじゃあ勝って当たり前」「この対戦はもはやチート」なんて白けた意見が飛び交うと、観戦者がいなくなる。大会への評価そのものを台無しにしかねない。


 そのためeスポプロ主催大会では、持ちキャラオンリーをという不文律があり、ほとんどのプロプレイヤーがそれを順守していた。

 トーナメント一回戦の抽選で決勝までの有利不利が明確になるのも、見る側の一つの楽しみということである。

 もちろん他の大会などでは、一種類のみの登録というものも多くある。こちらは主にネット大会だが。


 それに、今回の対戦相手――この小学生に、俺のサブキャラ(ガロー)へのチェンジは有用だとも思えない。


 この小学生の反応速度の速さもさることながら、一本目に受けた連続攻撃で、俺のファリスの必殺ゲージは虹色に輝いていた(満タン)。

 サブキャラに変えてしまうと、この必殺ゲージが『0』へと戻ってしまう。


 この悪い流れを変えるには一発勝負が効果的。早々に、この必殺ゲージを投じて、対戦を優位に進めなければならない。

 有体に言えば、先にダメージを与えて、逃げる。もしくは守りを固める。

 そうすることによって、対戦相手を心理的に追い込むことが出来る。

 上手くいけば、焦ってミスしたり、隙の多い大技を出してくるかもしれない。

 持ちキャラの特性ばかりが注目されがちの格ゲーだが、心理戦も超重要なのだ。

 小学生相手に心理戦、大人気おとなげない、とも言うが。


 小攻撃からの超必殺技へのコンボ。

 コンボ(連続技)をガードされても、主導権は握れる。

 そして、時間切れの判定勝ちで逃げ切る算段が立った。


「使えない! タクミ、その超必殺技も使!」


 二本目開始直後、俺の繰り出した超必殺技に対し、コスプレ解説者が声を上げる。

 俺はというと、(チヒロの奴め、ワザと連発してやがるな……)と、俺の嫌いなバッドワード――「使えない」をあえて連発する解説に、苛立いらだちを覚えていた。


 しかし、そんな苛立ちは一瞬で霧散する。

 にゃん娘が繰り出した超必殺技が、マエストロの通常カウンター技で跳ね返されたのだ。

 マエストロは、必殺ゲージの25%を消費した必殺カウンター技。

 それに対し、ファリスはフルゲージを消費したの超必殺技。

 前方完全無敵とは、背後から攻撃されなければ、あたり判定がないという意味。

 そう、これも弱体化の一端だったのだ。

 しかも、俺の知らないアップデート。

 前方完全無敵が半無敵へ。

 通常技こそすり抜けるが、必殺ゲージを使用されれば、逆にダメージを貰う。


「これは導入されたばかりの新しいアップデートの影響ですね……」

「いや~ファリスのあの悶絶顔、ますますエロくなってましたね~」

「格ゲーにエロ要素なんて要らない!」

「そんなこと言いながら、チヒロさんの悪魔っ娘コスプレもエロいですよ?」

「そんなの知らない!」


 そんな実況と解説の小気味よい会話を横に、俺だけは……。


「マジっすか……!」


 と、フリーズしていた。


 二戦目も似通ったゲーム展開となり、俺――山鳥タクミの準々決勝敗退が決定した。


  ☂


 何が何だかわからぬまま、ステージを後にする俺――山鳥タクミ。


 観客席からは、「タクミは終わった」「小学生に負ける世界チャンプ」「ファリスはお色気担当」「負けっぷりがエロかった!」なんて嘲笑までもが聞こえてくる。


 腹は立ったが、言い返せない。

 小学生に負けたのは事実。

 これ以上の恥の上塗りだけはできない。プロゲーマーとして。


 すると、先にステージを降りていた対戦相手が待ち構えていた。


「なんだ? なぜここにいる?」


 不愛想に尋ねる俺。

 一般に、勝者はステージに残って勝ち名乗りとインタビューを受ける。

 これは決まりではない。

 しかしそうすることで、Tシャツや帽子にプリントされた所属チームや個人スポンサーの宣伝になる。

 プロゲーマーの勝利には宣伝や広告が付き物。プロとしての責務。


「僕、ああいうの嫌いだから……」


 恥じらいとも謙遜ともとれる表情を見せる小学生ゲーマーケイタ。

 しかし、すぐに気づく。

 ケイタには、個人スポンサーがついていない、と。

 上着は地元のファッションブランド『しまなみ』だし、赤い帽子も地元プロ野球チーム『赤マンボウ』のもの。そのいずれもが、色あせ、くたびれていた。


「ところで……お兄ちゃん、新しいアップデートを知らなかったの?」

「新しいアップデートだと?」


 大学卒業を間近に控えた俺には、就活というブランクがあった。


「どうやら知らないみたいだね」


 ケイタは教えてくれた。

 なんとに、カウンター技にも新しい優先順位が組み込まれたという。

 『ファリス』の超必殺技よりも『マエストロ』の必殺カウンター技の方が優先順位は上。

 つまり、同時に技を出せば必ず『マエストロ』が必ず勝つ。

 一本目の爪とぎラッシュ後の連続技も同じ理由から負けたらしい。


 しかし、ファリスの弱体化はいまさらのこと。

 絶望にさいなまれることもなかった。

 そのという時間は、超必殺技のあたり判定が発生するまでの時間、およそ二~四フレーム(三十分の一~十五分の一秒)という極めてわずかな時間。

 その刹那せつなの時間に状況判断を行い、カウンターをやってのけたケイタに敬意を示した。


「完敗だな……」


 ゲームに年齢など関係ない。

 これはビデオゲームだけに限った話ではない。

 囲碁や将棋、カードゲームにも当てはまる。


「もうファリスを使うのは止めた方が良いよ。まだ敗者復活戦があるよね?」


 先ほど、俺がモヒカン男に伝えたセリフを残し、ケイタは走り去った。


  ☁


 敗者復活戦二回戦。


「ヒャッハー!」

「イエティのアッパーカットでファリスが再び宙に舞った!」


 新たな弱点が暴露されたファリスに勝ち目はなかった。

 モヒカン男も全国区でないとはいえ、プロゲーマー。同じ手は通用しない。

 しかも、キャラクターを『ズーティ』から、その兄貴分『イエティ』へと変えて俺を待ち構えていた。


『イエティ』の必殺技はカウンター主体。

 俺のにゃん娘には最低最悪の相性だった。

 小学生の助言通りキャラを変えれば、勝機を見いだせたかもしれない。

 観客席からも、「白けるぞ!」「プロがファンを失望させるな」「ヒャッハー叫ぶな!」「ウザい!」とモヒカン男のキャラチェンジに対して非難の嵐。


 しかし、このモヒカン男のリアルキャラクター特性は、精神力の強さ。

 地方大会程度のヤジやプレッシャーでは、眉一つ動かさない。

 恥ずかしいゲームコスプレで、彼の精神は鍛えられている。


 それならば、俺もキャラを変えて挑むのがベストであったが、この『ファリス』を使わざるを得ない大人の事情があった。


 結局、接戦にもならずに勝負は決した。


「帰りに寿司、おごってやるぞ。ガハハ!」と、ドヤ顔のモヒカン男。


 もちろん丁重にお断りした。


  ☂

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