レベル2
俺の動揺もおさまらないまま準々決勝が始まった。
小学生プレイヤーケイタは正統派キャラ『ヴァンパイア・マエストロ』に対し、俺は持ちキャラのにゃん娘――『キャットウーマン・ファリス』。
下馬評と女流プロによる解説ではなんと互角。
元格ゲー世界一の操る『ファリス』であるにもかかわらず。
「弱体化したファリスでは辛いでしょう。ここはサブキャラに変えるべきです!」
(チヒロの奴……好き勝手言いやがって!)
ゲスト解説のコスプレ女流プロににらみを利かせる。
しかし、あながち的外れの指摘でもない。
コスプレ解説者の言葉にもあるように、
なにせ、『キャットウーマン・ファリス』はこの一年間、満足なアップデートを受けていない。
完全なネタキャラ、お色気キャラと化していた。
だが、二年前、俺はこの『ファリス』だけで世界の頂点まで上り詰めた。
世界中に知れ渡った俺の二つ名『PUMA(ヤマネコ)』も、このファリスがあってこそ。
そしてなにより、現在のスポンサー『ネコメホールディングス』も俺のこの二つ名を気に入って契約してくれている。
ちなみに、『felis(ファリス)』とは、『ネコ属』という意味である。
おいそれとサブキャラ――イヌに代えるわけにはいかないのだ。
地方大会レベルでオロオロとキャラ変更していては、俺の二つ名が廃る。
同属、そして戦友でもある『ファリス』は裏切れない。
カーソルを再び『ファリス』へと合わせた。
「さあ、準々決勝! レディ……ファイト!」
『キャットウーマン・ファリス』が弱いとされる理由はいくつかある。
第一に、必殺技の攻撃力の大幅な低下と必殺技使用後の硬直時間の増加。
さらに、いくつかの基本技のスピードも見直された。
それによりコンボ(連続技)の難易度も上昇した。
ニューバージョンが出るにしたがい派手になっていく傾向の強い格闘ゲーム(格ゲー)において、これらの弱体化は致命的と言っても過言ではなかった。
ネタキャラ路線――弱体化が噂されるようになってから、eスポーツ競技における『ファリス』の利用率は大幅に低下した。
次作では、デリート(キャラ抹消)の噂まである。
対する『ヴァンパイア・マエストロ』は、必殺技使用時の無敵時間の延長、属性防御力の強化などなど、ニューバージョンの恩恵を大いに受けている。人気キャラでもあるし。
しかし、勝つ手段がゼロというわけでもない。
小柄な体型により『あたり判定』は最小クラス。俺の全盛期から健在だった空中戦の強さも残っている。
リーチが短く、対戦相手が飛ばなければ何もできない、とも言うが。
レバーを素早く二回入力、小ジャンプで相手の懐へと飛び込んだ。
俺の経験と反応速度を前面に押し出した真向スピード勝負。
所詮は地方大会の準決勝。しかも相手は小学生。これだけで十分勝負になるかに思えた。
「なっ、なんだと……!」
そんな俺の目論見など見透かすかのように、『マエストロ』は俺のスピードについて来た。
『マエストロ』は決して遅くはない。
だが、『ファリス』に比べれば早くもない。
『ファリス』のスピードについて行くには、俺の戦術を完全に先読みするか、動き出しの数フレームで状況判断を完璧に行う意外にない。
まさか俺の思考を読んでいるなんてことはないだろう。
世界には存在する。
徹底的に対戦相手を研究し、未来視と言えるほどの先読みを可能とした猛者が。
もしくは、驚異的な動体視力と判断スピードを有し、僅か数フレームの予備動作を目視し、これから発動する必殺技を完全に見切ることが出来る達人が。
過去には、アーケードコントローラーのガチャガチャ音で、先行入力した連続技を聞き分ける変態もいた。
過去に参加した地方大会において、俺に拮抗できるレベルの反応速度を持つ日本人プレイヤーなど見たことがない。
下馬評が低かった初出場の世界大会も、『反応速度』の評価だけは『AAA』だった。
そして、この反応速度で俺は世界を制した。
この小学生の反応速度が、俺と
「懐に飛び込んでの、爪とぎラッシュ! ヤマネコが主導権を握ったぞ!」
「遠距離攻撃を一切持たないファリスでは、その戦い方しかありません!」
コスプレ解説者に言われるまでもない。無茶は百も承知。
ゲーム開発会社も勝負のマンネリ化を避けるための努力を怠ってはいない。
弱点には対抗策を。
欠点には補強を。
ハメ技には脱出策を。
常に、アップデートを繰り返してきた。
この『ファントムセイバー』もつい一ヶ月前、最新アップデートが行われたばかり。
それが『爪とぎラッシュ』直後の対戦相手の硬直時間の延長。
待ちに待った末のアップデートだった。半年間でたったこれだけの進化。
それが僅か、十フレーム(六分の一秒)の時間延長。
「俺は、絶対に見逃さねぇ!」
『爪とぎラッシュ』が当たれば大ダメージ。
たとえ防御されても、画面端まで追い込める。
反応速度の遅い相手ならば、追撃からの投げ。
勝利までの完璧なシナリオ。
画面端まで追いやれば脱出不可能。
苦し紛れの大ジャンプ逃げなど、俺の反応速度で叩き落す。
想定通り『マエストロ』は防御を選択した。
俺は追撃のための連続技の先行入力を始める。
ここからは
俺は相手の硬直時間が解ける瞬間を見計らい攻撃を上乗せする。
これは早すぎると防御が自動継続されてしまう。
遅すぎてもカウンター技をねじ込まれてしまう。
相手がカウンターを仕掛けたくなるタイミングに通常技を重ねる。
ここは才能と経験を併せ持つ者だけがなせる作業、のはずだった。
「なにっ!」
対戦開始時の杞憂さえも吹き飛ぶほどの
そして、絶望にも等しかった。
完璧につないだはずの通常攻撃に、相手のカウンター技がさく裂。
俺のにゃん娘が上空に跳ね上げられた。まるでつむじ風に舞う枯葉のように。
こうなってしまえば、もはや死に体。
まな板の上のニャンコ。
『マエストロ』の追撃が始まった。
絶望でよく覚えていないが、難易度AAとされるコンボからの超必殺技。
弱体化著しい俺のにゃん娘では耐えられるはずがない。
ボーナスダメージまで加算され、気づけば、『KO』の赤文字と、エロっぽく衣装をはだけたにゃん娘がゲーミングモニターの中央で屈していた。
「タイミングは完璧だったのに……なんで? アップデートは?」
「タクミ、その技は使えないよ! 年末でもその使えない連続技で負けたのをもう忘れたの!」
そんなコスプレ解説者の声で、俺の意識はリアルへと戻される。
昨年末のトーナメントでも同じ展開で負けたのである。
しかし、これは全国の猛者が集まった大会ではなく、地区予選。
しかも相手は小学生。
「ちくしょう!」
コスプレ解説者相手に歯噛みした。
⚡
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます