第35話 人と魔族と

「いや~。田舎は暇で楽しかったんだけどねぇ」

 広場の屋台で買って来た骨付き肉を渡してきながら、スヴェンがしみじみと言った。


 香辛料や薬草系のハーブで煮込んで大鍋から出してきばかりのたもので、まだ湯気が立っている。きっととろけるくらい柔らかいに違いない。

(美味しそう。お腹空いた……)

 ヴァレリーとロザリアとは、広場についてから別れている。二人はどこかのお店に入って夕食にすると言っていた。

 まだ仕事中のジュリアとスヴェンは、さすがに腰を落ち着けることはできず、立ち食いがせいぜいだったので、同席はできるわけもなく。

「アリガト。王都の、近衛騎士さま?」

 油紙にくるまれた部分を掴んで受け取りつつ、ジュリアは溜息まじりに礼を述べた。

 スヴェンはにこりと笑ってから、肉にかぶりついていた。


 衛兵の中にあっても、妙に人目を引く男だった。

 そして、実力がある割にはろくな役職につかずにのらりくらりとしていたし、「ジュリア一筋♡」と言って特定の相手と付き合うそぶりもなく、どことなく根無し草の雰囲気も漂わせていた。

 帰る先があったから、と考えれば納得はできる。


「たしかに、この国に逃げ込んでから、急に追手が減ったとは思っていた。最近ではまったく気配もなかったし。誰かが死亡説でも流してくれて、教団が諦めたのかと……」

「それはずいぶん甘い考えだ。だけど一面では正しい。王宮のさる御方がこの件に関しては非常に興味を持っていて、君たちの保護に乗り気でね。そのうち機会があれば会ってほしい。とはいえ、強制じゃない」

 掴みどころのない話をする、と思った。

 保護はするが、会っても会わなくてもいい。ということは、王宮に連行する気はないという解釈になる。

(利用する気も……ない?)


「目的がわからない」

 話しながら、一度広場から外れる道へと入ったが、通りに並んだ店は外にまで臨時のテーブル席を設けていて、どこでも賑やかな話し声が飛び交い、どっと笑い声が沸き上がっている。

 そのうるささにぎりぎりかき消されない音量で問い返すと、すでに肉を食べ終えていたスヴェンが、骨を持て余したように自分の目の前でくるくるまわしつつ、ちらりと目を向けてきた。 


「生かすこと。目的はそれだけだ。魔族との戦争が終わってまだ三十年もたっていない。君たちの……、いや、ロザリアの存在を世間に公表するには早すぎる。魔族と人が交わり子どもが生まれるというのは、まだ一般市民の間では噂にすらなっていない。神聖教団の動きを追っていた者が、たまたま掴んだだけの情報だ。それというのも、確認されている例が少なすぎる。それだけに、扱いが慎重にならざるを得ない」

 ジュリアは何か言うべきか悩んだが何も言えず、肉を咀嚼した。

 相槌も打たなかったが、スヴェンは気にした様子もなく続けた。


「たとえば魔族の『男』が人間の『女』に望まぬ行為の果てに産ませたのであれば、おそらく人間側は『侵略』の一形態だと解釈するだろう。魔族だって、人間の『女』が魔族の『男』を誘惑し、人間にはない魔族の力を血の交わりから得ようとしたと考えるかもしれない。もちろん男女逆でも話は変わらない。かつて魔王を滅ぼした聖剣の勇者ルミナスや、その仲間たちのような一部の強靭な戦士を除き、人間が魔族に勝つのは非常に困難なわけだ。が、『魔族並みの魔力や特殊能力を持った人間』が人間の側に立って魔族と戦ってくれるのなら……」


 そこで、スヴェンは言葉を切った。

 街路を駆けて二人に追いつき、笑いかけながら酒瓶をすすめてきた娘に愛想よく断りを入れ、振り切ってから再び話を続けた。


「そういった超人を『量産』して、今度こそ魔族を根絶やしにしようと考える人間も現れるだろう。手っ取り早く人間の女を何人もあてがって、子どもを生ませるような」

 ぞっとするような話に耳を傾けていたジュリアは、ひっそりと息を吐いた。

「争い合っていた二種族から、愛し合う者たちが現れた――という単純な話にはならないということですよね」

 戦争が終わったからといって、取り決めは「互いの領分を侵さない」であり、積極的に交流を持つという状況にはなっていない。

 友好関係を結ぶには、程遠い間柄なのだ。

 しかし、ジュリアの諦め交じりの一言に対し、スヴェンは「そうねぇ」と曖昧な微笑を唇の端に浮かべた。


「その辺に関しては、王宮の方で秘策があるみたいなんだけどね。まあ、よくある話なんだけど、戦争していた国同士が、和睦を結んだついでに王族間で結婚、みたいな。要するに立場のある人間がどかーんと大大的に『魔族と人間で結婚します♡ 子どももできました♡』ってむちゃくちゃ仲良さそうに発表しちゃったりしてさ。しかも、『あ~これ、政略結婚じゃなくて恋愛結婚みたいだよ~?』って感じで」

「つまり、この国の王族が魔族と結婚し、なおかつ二種族間の間に子どもができることも明らかにしつつ、イメージ戦略に打って出るというわけですか?」

 何やらものすごく景気の良い調子で言われたので、ジュリアは思わず聞き返してしまった。

 スヴェンはもはや苦笑を浮かべつつ言った。


「そのつもりの人が、いるんだよね、今。もしかしたらその時にロザリアに何かお願いすることになるかもしれない。ならないかもしれない。ただ、その後だったら、ロザリアは『異端』だとか『理に背いた生き物』なんて言われないだろうさ」

「ほんとに?」

 即座に問い返してしまった。

 骨を持て余したまま、スヴェンはうーん、と伸びをし、のんびりとした調子で言った。

「わかんね。神聖教団がどうしても認めないっていうなら、戦争になるかも。認めないっていうのは、この国の王族と魔族の結婚や、そこに生まれた子の話な。矢面に立つのはその人たちだから、ロザリアはあえて巻き込まれなくてもいい。あと、ジュリアは本当の兄妹じゃないんだよな? 血の繋がりは……」

 一瞬、唇を噛みしめてから、ジュリアは頷いてみせた。

 

「俺は人間です。ロザリアとは教団にいるときに知り合いましたが、もともと俺はそんなに教団に『染まって』いなかったみたいで。ロザリアの世話をしていた俺の母が、ロザリアをかばって死んだときに、しがらみもなくなったので一緒に飛び出してきてしまいました」

 湿っぽくならないように、早口で言い終えてから、軽く咳ばらいをする。

 あまり思い出さないようにしている光景がよみがえってしまいそうで、急いで言葉を探した。


「言っていることは、だいたい理解した、と思います。それで、スヴェンや……ヴァレリーが俺とロザリアの動向を探っていた。というか……」

 焦っていたせいで、不用意に繊細な話題に切り込んでしまった。しかし今さら後にはひけない、と。

 非常に言いづらい一言を、ジュリアは気合で絞りだした。

「あなた方が、俺たちを見守っていたというわけですか」

 顔を見る気にもならなかったが、スヴェンからは別段からかう様子もない「そうだねぇ」という返事があった。


 人の少ない方へと進んできていたが、気付くとジュリアにはよく見覚えのある景色が広がっていた。

 もう歩き慣れてしまった道。


「……家が近いんで。ちょっと立ち寄ります。ゴミ捨て」

 食べ終わってしまった骨を軽く持ち上げて言うと、スヴェンも「オレの分も」と軽く請け合ったので、ジュリアはさっさと歩く速度を上げた。

(まだヴァレリーたちは帰ってないよな)

 ということは、ラナンが一人で残っているはず。

 そう考えたら、急に顔が見たくなってしまった。

 ラナンにもしたことをない打ち明け話を、成り行きとはいえスヴェン相手に口にしてしまったことが妙にこたえていたのだ。

 この上、おそらくまだ何も知らないだろうラナンに、ヴァレリーから明かされるのはどうしても嫌だった。

(せめて、この仕事が終わったら話すので、後少しだけ待っていてください、と)

 それだけでも言っておきたいと。


 気持ちが急くままに店舗兼住居の前まで走りこむ。

 店舗のドアには魔法で封印が施されていそうだから、まずは声をかけて開けてもらおう。

 そう思って、ノックしようとしたそのとき。


 妙な予感がして、ドアノブに軽く触れてみた。

 なんの抵抗もなく、ドアはすうっと簡単に開いた。



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