第25話 下心はどこに
すんなりとしたジュリアの姿勢の良い後ろ姿を見ていたら、意味ありげなスヴェンの微笑みが目について、思わず顔を逸らしてしまった。
他の誰にも似ていない容姿に、独特の空気感のある
ラナンはスヴェンが少し苦手だ。というか、本音を言えば大いに苦手だ。そもそもイケメンというのがいけない。世の中なめてるんだろ、と思っている。偏見である。
心が狭い。
という自覚は、うっすら、ある。
ただ、いつもジュリアに睦言を吐き、ロザリアを甘くたらしこもうとし、「
(なんであんな男に、ベタベタ触らせているのかなジュリアは)
少女の頃のジュリアは、それこそ剃刀みたいな切れ味で、決して一定以上人を寄せ付けない警戒心があったのに。男だと明らかにして、腕が立つ事実も隠さなくなった今の方が、なぜかぼんやりして距離を詰められまくっている。
(「男だから大丈夫」なんて思ってるんじゃないだろうな。というか、そこにつけこまれているだろ。「男でもいい」「むしろ男だからいい」だって世の中にたくさんいるっていうのに。よりにもよってこんな男所帯で働くだなんて……)
いつまでもジュリアを手元に置いておけるとは思っていなかったし、いずれこういう日が来るとは思っていたのだが。
「魔導士ラナン。あなたの腕が確かなので、いつも助かっていますよ。いずれ武具の手入れができない若い者も増えていくでしょうなっ」
至近距離から声が降ってきて、うっ、とラナンは肩をすくめた。
横を歩く衛兵部隊隊長の、腹の底まで響く声。
この距離なので、聞こえているので、もう少し音量控えてくださいと心の中で願い出る。
さらに、ばしっと大きな手で背中を叩かれて、口から臓器が飛び出るかと思った。
「僕も……。定期的にお仕事を頂けるので助かっています」
咳込みながら、なんとかラナンは返事をした。あまりの衝撃に浮かんでしまった涙を、慌てて指の先でぬぐい取る。
隊長の名は確か、リーダス。癖の強い濃い茶色の髪と、同色の瞳。「豪放磊落」という概念を擬人化したかのような人物で、常に破顔している印象が強い。そのせいか、思いのほか人懐っこく話しやすい。それが、右頬に傷のはしる粗削りな強面でありながら、野卑や粗暴といったならず者感とは一線を画す要因にもなっているようだ。
とはいえ見た目はさすが前線に立つ戦闘職だけあって、鎧をまとわずともそのもの筋肉の塊のように分厚い胴体であり、近くにいるだけで放熱しているかのような熱気を感じる。
いかにも荒事には関わりないと言わんばかりのなよなよしいラナンとは、同じ「男」であっても明らかに異質な存在であった。
それでいて、変に見下すこともなく気さくに接してくれるのはありがたくもある反面、普段耳にすることのない大きな声には、どうしてもびくついてしまう。
「いやはや、あなたのように優秀な魔導士は、いずれ王宮に招聘されてしまうのでは?」
隊長は愛想よく続ける。
「それはないかと。王宮には研究者を兼ねた魔導士が今でも何人かいるはずです。よほどのことがない限り、市井の地味な魔導士なんか雇用しませんよ」
むしろ、ヴァレリーのような実戦系の魔導士の方が、危機管理や防衛上の問題から必要とされそうだ。
(特に、対魔族との戦争が終結した今、人間同士の結束が崩れている。近いうちに衝突する国も出て来るはずだ。魔導士の戦争投入はどこの国も視野に入れているだろう)
ヴァレリーが遠方への護衛業務を今後は請けないというのは、その辺に理由があるように思う。
他国へ足を踏み入れれば、そのまま帰ってこれなくなるかもしれない。協力を要請されて拘束されるならまだ良い方で、国元へ返せば脅威になると判断して殺されてしまうこともありそうだ。
そもそも、すでに国外へ出ること自体王宮から禁止されている線も十分にあり得る。
どういう稼ぎ方をしてきたのか、すでに隠居を決め込んでいるのを見る限り、なんらかの契約が成立して年金のような形で国から報酬を得て、囲われているのかもしれない。
(魔族の脅威も伝聞でしか知らない世代だからね……。人間同士で争うより良かったなんて言えないけど)
人間にもいろいろいるわけだし。
先日家に押し入って来た強盗なんかは、どんな理由があれ野放しにはできない存在だと思うし。
結局のところ、日用品だけでなく、武具に関わる魔法の研究も進めている自分だって、間接的ながらも人と人の争いに与している。
それに、何をどう抗っても、魔導士などという稀少な存在に拠らず、魔力のない人間でも発動できる大量破壊兵器はいずれ開発されるだろう。
いくつかの部屋の前を通り過ぎ、隊長の執務室へと案内された。
「武器庫にある在庫の点検はよろしいですか?」
「ええ。とりあえず非番の者の分と、さっき修練場で模擬試合をしていた者の分をここに集めてあります。今回は祭りが近いので、念のためなので。大規模な補修はまた次の機会に」
「わかりました」
ここ数年の蓄積で、ラナンを迎える側も魔導士の使いどころに慣れてきている節がある。
(この分だと、今日は思ったより早く終わりそうだな)
夕方までかからないかもしれない。
その見通しが甘すぎることに気付くのに、さほど時間はかからなかった。
今日の隊長さんはやけに親切だなとは薄々感じていたが、魔法にかける集中力が切れないギリギリのあたりで何度も世間話をふられ、過剰にお茶や茶菓子を出されて休憩を挟まれ続け。
この街の出身でもなければ、ここ数年祭りに出歩いたことのないラナンに祭りの話をふってくること数限りなく。
(わからないって言っているのに)
遠まわしにも直截的にも興味がないのをさんざんアピールしているのにまったく通じず、これはどういうことなのかと悩み疲れた頃合いにて。
「それで、ラナン殿は祭りの日はどのように過ごすのかな?」
と、聞かれるに至ってようやく自分が何か誘いを受けていることに気付いたわけであるが。
すでに想定していたよりも時間はだいぶ遅く、日も暮れてしまっていたので、これ以上足止めを食らいたくない一心でラナンはきっぱりと言い切った。
「家でお酒でも飲んでゆっくりしています。出歩く気は全然ありません。誰とも」
「家で?」
驚いたように片眉を持ち上げて聞き返してきたリーダスに、ラナンは疲労の滲んだ顔に笑みを浮かべて頷いた。
「ええ。同居人たちも出かけるみたいなので、一人で羽を伸ばしていると思います。外の喧噪が甚だしいようでしたら、耳栓でもして早めに寝るんじゃないかな」
きょとんとして聞いていたリーダスは、やがて笑みを取り戻し、厚い唇を舌で舐めて言った。
「そうでしたか。それもいいかもしれませんね」
これで解放されるという一心で、ラナンはその言葉に「ええ」と頷き、にこりと愛想よく微笑み返した。
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