第23話 仲直りができない

「祭りというのは、大まかに分けて二種類ある。一つは民衆の生活に根差したもので、農耕や牧畜などにおいて、春先に豊作を願うもの、冬になる前に収穫を祝うもの。或いは祖先崇拝的なもの、土地の因習や慣習にちなんだものもあるか。一方で、それとは全然別の流れで宗教由来のものもある。その大部分が神聖教団が関わる、聖人の記念日にちなんだもの。ときに断食や一部の食材の飲食の禁止を伴う厳粛なものも多い。とはいえ、今回のお祭りは、まさに市民のためのお祭り、冬になる前の収穫祭だ。たくさん食べて飲んで踊って音楽を奏でて、賑やかだと思うよ」


 朝食の席で、ラナンはいつもと変わらぬ声音でそう言った。

 その、淀みなく流れる説明を聞きつつ、ロザリアはパンを両手で掴んだまま固まっている。

 ちら……っと向かいに座るヴァレリーに視線を流すと、困り切ったまなざしで小さく首を振っていた。

 なお、ジュリアは先にキッチンで立ったまま食事をすませ、皆に給仕を終えると、ひとり忙しく動き回っていた。


「少し出てきます。帰りは夕方になると思います。ロザリアをお願いします」

「おお、了解。いってこい」

 事務的に話すジュリアに対し、ヴァレリーは鷹揚に返事をする。

 ロザリアがおそるおそるうかがって見たところ、ラナンはスープをすくって飲んでいた。


(これって)

 ジュリアの視線が一瞬ラナンに向かうものの、通り過ぎて、そのまま背を向けて出て行ってしまう。

 ロザリアは、溜息を吐き出すかわりに、白いパンを口にぐっと押し込んだ。

 薄々勘付いていたけれど、片付いていて欲しかった件が全然片付いていないらしい事実に向き合わされる。


「ラナンは今日はどうするんだ」

「衛兵の詰所に行って、剣に錆止めを施してくる。定期的にくるんだよね、そういう依頼」

「剣に魔法の加護と言えば昔は専ら魔法剣だったわけだが……。魔物相手じゃないなら、そんな派手な効果はいらないからな。人間を続けて切れる剣がいいか」

 苦笑交じりに言って、ヴァレリーはお茶を一口飲む。

「魔法剣できるんですか?」

 話を聞いていたロザリアが二人の会話に言葉を挟むと、ヴァレリーは特に気にした様子もなく頷いた。

「一応、護衛任務のときは魔法剣士ってカテゴリーだな」

「一応というか、世界に何人もいないレベルだよ。まかり間違えて魔王が復活したら真っ先に召集される」

 混ぜっ返すようにラナンが割って入って、笑いながら言う。


(じ……、時間が動き出している気がする……)

 先程までとは明らかに空気が違う。

 緊張感がほぐれて、和気あいあいとした雰囲気になりつつある。

 それもこれも全部あの兄が悪いのかな……と諦めの境地になりつつ、ロザリアはしみじみと言った。


「そんな強いひとがいたら、家に強盗なんか入ってこないですね」

 パンをちぎって口に運び、飲み下してからふと視線を感じて顔を上げると、ヴァレリーがロザリアを見ていた。

「……なんでしょう」

「いや……。結果的に今は俺が家にいて、ここが安全だってわかっているから、ジュリアは外に仕事を探しに出るようになったんだよな、と。ラナンは外回りに弟子の手がなくて大丈夫なのか?」

「問題ないよ。もともと、二人を家に置いておけないから一緒に行動していたんだ。ジュリアが外で稼ぎたいというのなら、止めるつもりはない……」

 スプーンを握りしめたままラナンは、赤いチェックのクロスのかかったテーブルの一点を見つめる。瞳に暗い色が下りて来る。


「ラナン……、祭りの件はジュリアから聞いているか?」

「聞いているよ。去年までは人混みを避けて家にいるようにしていたけど、二人はせっかくだし行きたいよね。さっきも言ったように、きっと賑やかで楽しいよ。ヴァレリーとロザリアで行っておいで。僕が留守番をしているから」

「留守番なんか」

 ヴァレリーが穏やかに声をかけると、ラナンは微笑を浮かべて顔を上げた。


「ここ、繁華街に近いからね。お祭り気分で泥棒に入られても嫌だし。あちこちに防犯グッズ設置してお茶でも飲んでる」

「何かあったときに、一人でいる方が危険だ。物が盗まれてもどうにでもなるが、お前が傷つけられるのは困る。出かけるならみんな一緒に」

 真面目な調子で言ったヴァレリーに、ラナンはふっと含んだ笑いをもらした。

 はぐらかすときの表情だ。


「ま、別にいいけど。女の子はみんな好きな男と出かけたい日なんじゃないの? 僕はほどほどに引き上げるよ」

 言いながら立ち上がり、視線がロザリアの上を優しく過ぎていく。


(女の子はみんな、好きな男と出かけたい日、か。ああ~~、ジュリアどうしてお祭り当日仕事を入れて、私にはヴァレリーと出かけてなんて言っていたのかなぁ)

 ちゃんとお師匠様ラナンを誘っていろいろはっきりしてくればいいのに。


 出かけない出かけないと言っているラナンには、他のひとからの誘いもいまのところなさそうなのだ。

 ヴァレリーはジュリアからロザリアを引き受けてしまった手前、ラナンに用があっても子どもの前でできないことはしないだろう。

(……まさか、ヴァレリーの身動きをとれなくするために、自分は仕事入れたのかな……。たしかに二人の進展は止められるかもしれないけど、自分もどうにもできないじゃない……)

 昨晩、ジュリアから「祭りにお師匠様は誘ってない。俺は仕事」と聞いて呆れて喧嘩になってしまったのだ。

 その後ジュリアは頭を冷やすといって屋根に上っていってしまったけど……。

(夜這いしろとは言わないけど、せめてお師匠様と話し合うくらいのことはしてほしかったな。今朝の空気もひどかったわけだし)

 いつ仲直りする気なんだろう。


 食欲がないなりになんとか食べ終えて、ロザリアはやるせない溜息をついた。

「……うん。ロザリアの心労もわかるが、暗い顔は似合わないぞ。街に住んでいたのにここ数年の祭りを素通りしていたなんて実にもったいない。当日はおじさんが楽しい思いをめいっぱいさせてやろう」

 いつになくゆっくりとテーブルについたまま、お茶を飲んでいたヴァレリーがおどけた調子で言う。

 このひともこのひとで呑気だなぁ、と申し訳なさと呆れの入り混じった笑みを浮かべてロザリアは答えた。

「心労というか、一つ屋根の下で共同生活を送っているんだから、大人げないことをしていないで仲直りして欲しいんですよね。稼ぐあてもない居候の私が一番気まずいんですけど」

 本当は、街に出れば何かしら子どもでも靴を磨いたり仕事を得られるのかもしれないが、追われる身の上の自覚のあるロザリアにはできない相談だった。


「ラナンもなぁ、面倒くさいところがあるからなぁ。二人に何があったか知らないけど……ロザリア?」

 お茶を軽くふいてしまったロザリアは、濡れた顔をそむけながら「なんでもないです」と答えた。


 まさか、ジュリアがラナンを襲ってしまったと、自分の口からは言えない。

 気付いているのか気付いていないのかわからないヴァレリーは、布巾を差し出してから立ち上がった。


 その広い背中をちらりと見上げて、ロザリアは罪悪感に疼く胸をおさえて、心の中で謝っておいた。

  

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