第14話 もじゃもじゃ
◆某月某日
夜通しジュリアがうるさかったです。泣いていたみたいです。迷惑です。往生際が悪いです。
負けは負けです。
* * *
早朝。布団にくるまったまま、ロザリアは心の中で日記に書きつける。
ジュリアと二人、追われる身であるだけに、そういった形あるものを持つことも残すこともできない。
だからいつも日々見たこと、考えたことを胸の中に刻んでいく。
ラナンと暮らすようになってからすっかり見た目は平穏そのものだが、実際には逃亡中の身の上なのだ。
(本当ならわたしはとうに死んでいた……。ジュリアが何もかも捨てて連れ出してくれたから生きている……。だから今はもうただの余生)
いろんな出来事が少し遠く、自分には関係ないもののように感じている。
毎日泣いたり笑ったりうるさい兄と、おっとりと微笑む仮初めの保護者を見ながら、この生活はいつまで続くのだろうと思ってこの二年生きて来た。
そろそろ終わりかな、と思っていた矢先に現れたのがヴァレリー。髭面で大型の生き物。
(なんであの二人は……、ジュリアとわたしがずっといる前提で話していたんだろう。いついなくなるかわからないのに。わたしの嫁入りまでって何? 何年先まで保護者をするつもりなの?)
すんすん鼻を鳴らしている兄がうるさかったのもあるが、ロザリアが寝入ったのもいつもよりは遅かった。
下の階を神経を凝らして探っていたせいである。本当にラナンには手を出していないのかと。不審な物音は何もなかった。
いつもは聞こえない男のひとの咳払いなどが聞こえるたびに、なんとなく「頼れる大人」がいるように思えて、ロザリアはいつの間にか眠りに落ちていた。
ジュリアうるさいなぁ……と薄れゆく意識の中で思いながら。
* * *
朝起きたら、姉さんが、兄さんになっていた。
(あ、決めたんだ)
ジュリアは長い髪を首の後ろで束ね、シャツにベストにズボンという簡素な服装となっていた。
普段はスカートに隠れていたすらりと長い足をさらして、朝からヴァレリーと円テーブルを囲んで向かい合って座っている。
「おはよう、ロザリア」
階段を下りたところで立ち止まっていたら、おっとりとした微笑を浮かべたラナンに、控えめに声をかけられた。
自分が一番の寝坊とは気付いていて、いささかばつの悪い思いをしつつ「おはようございます」と深々と頭を下げて朝の挨拶をする。
その流れで聞いた。
「あの二人は何をしているんです……?」
「今日の買い出しの相談かな? 家の周りに、踏むと音の鳴る石を並べたり、窓を触ると大きな音が出るような仕掛けを作るみたい。魔石を細工するんだけど、設置後のメンテナンスをジュリアができるか確認しているんだよ。初歩の魔法の応用で、魔力を流すコツがわかればすぐにできる」
言いながら、ロザリアのいぶかしげなまなざしに気付いて、ラナンは小さく笑った。
「もちろん、僕の得意分野だ。普段仕事でよくやっている。だけど、この小さな家に関してはジュリアに管理を任せてもいいかなって。後は、せっかく高位の魔導士がいるから、教わっておくのも悪くないんじゃないかなと。ヴァレリーは、基礎を僕と同じ先生に習っているけど、方向性が違うから。ジュリアとしては、こけおどしじゃなくて、実際に攻撃に転用もできる防犯装置が作りたいんだって」
(ああ、要塞さん化計画ですね)
ロザリアは納得して、了解したと頷いてみせた。
そして、何か眩しそうに見つめるラナンの視線を追う。
ちょうど円テーブルの二人に行き当たったとき、ヴァレリーが顔を上げてこちらに目を向けてきた。
朝の光の中で見るその顔には、昨日より髭が増量していた。気のせいじゃない。
「チビちゃん起きてきたのか。朝ご飯何がいい?」
「チ……チビチビって昨日からなんですか。あなたから見たらだいたいのひとがチビでは?」
「否定しないが……。寝て起きたら君の姉さんが兄さんになっていたけど、チビちゃんはどうかな。少しは大きくなったかな?」
何かとてつもなくぶしつけなことを言われた気がして、ロザリアはぎゅっと眉を寄せて可愛らしい顔に怒りを浮かべた。
「あなたの髭はずいぶんもじゃもじゃになってますけど、むさくるしいのでどうにかしたらいかがですか? お師匠様がそんなにもじゃもじゃになっているところなんか見たことが」
不自然なところで言葉を切ったロザリアの視線から逃れるように、ラナンが「お茶でもいれるね」と言いながらパタパタとキッチンに向かった。
「やっぱり男はもじゃもじゃになるのかな……どうあっても俺ももじゃもじゃは逃れられないのかな」
やりとりを見守っていたジュリアが、つるりとした顎に手を当てて呟く。
「そうだなあ。何歳頃からだったかなぁ……俺にもそんなつるつるしていた時代があったはずなんだが、今となっては」
自分の髭をさすりながらのんびりと言うヴァレリー。
「もじゃもじゃですよね。はあ。女生活も長かったし、身近にいる『男』がお師匠様みたいにどこをとっても可愛いひとだから考えたことなかった。もじゃもじゃ」
「もじゃもじゃ」
何を思ったか、ヴァレリーが今一度繰り返す。
その辺で、ついにロザリアが「うるさーーーーい!!」と叫んだ。
「朝からもじゃもじゃもじゃもじゃ、もじゃもじゃ何回聞けばいいのよ!! もう、耳の中までもじゃもじゃよ!! いい加減にしてよ!!」
少女らしい澄んだ美声でぶちまけたロザリアに対し、ヴァレリーは元凶である髭を指先で弄びながら愉快そうに言った。
「最初にもじゃもじゃ言ったの、おチビちゃんだったと思うぞ」
「っ。知らない!!」
騒いでキッチンに走りこむ小さな後ろ姿を、ヴァレリーは陽だまりのようなまなざしで見つめていた。
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