第13話 おやすみ
顎に拳をあて、やや
間を置いて、ヴァレリーがしずかに話しだす。
「考えるだけ考えてみてほしい。姉妹のうち、姉さんの腕が立つという話も疑っているわけじゃない。ただし、襲撃を受けて撃退できるのと、襲撃自体されにくくなるのは話が別だ。俺は旅の商人の護衛につくこともある実戦系の魔導士だし、一緒に暮らせば用心棒として牽制の効果もある」
「そうか。ヴァレリーの請け負う仕事ってそういう内容だよね。じゃあ、長期に渡って家を空けることもあるのかな」
「あるかもしれない。現状、あまり遠方までの仕事を請け負う気はないが、条件次第だ。そういう意味でも、留守を預かってくれる相手がいるとありがたい。俺にもメリットがあるから提案している」
「なるほどねー……うん。そうか」
どうにも歯切れ悪く、ラナンは相槌を打った。そのまま再び沈思黙考にふけってしまう。
「気乗りしないか?」
急かすでもなく、慎重な口調で問うヴァレリーに対し、ラナンは前髪をくしゃくしゃとかき乱してからがばっと顔を上げた。
「僕には正直、メリットしかないんだよね。ちょうどこの家も手狭になってきて、どこか落ち着き先を考えていたところだ。姉妹に関しても、僕一人じゃ守り切れないかもしれないから、こう言っちゃなんだけどヴァレリーみたいな腕の立つ魔導士がついているのってありがたいし。……僕はね、工房でいろんなひとと暮らしていたから、他人と暮らすのも慣れているし」
「なんだ? 姉妹の貞操の心配でもしているのか? 俺が手を出すとでも?」
ずばりと言われて、ラナンは「だめだよ」と口の端に苦笑を上らせてから、呟いた。
「ヴァレリーの心配もしているんだ。僕はこういう生き方を選んだ時点で一人で生きていくことに抵抗はないんだけど。ヴァレリーはどうなの?」
「どう、とは?」
「だから。姉妹がいる以上、家に恋人連れ込むのは遠慮して欲しいし? そもそも、一応魔導士の師弟という建前があるとはいえ、男女が一緒に暮らしているって人の興味もひきやすいっていうか……。ヴァレリーおとうさん、結婚遠のくよ?」
茶化すように片目を瞑って笑ったラナンに対し、ヴァレリーはふん、と余裕綽々の笑みを返した。
「いいぜ。全員嫁に出すまでおとうさんしてやるよ。みんな俺の元から巣立って幸せになれよー」
「さすがにそれは。ロザリア今何歳だと思ってんの。それこそヴァレリーは自分を後回しにしすぎだよ」
言いながら、ラナンは立ち上がると、木盆に茶器を集め始める。
その様子を見つめて、ヴァレリーはぼそりと言った。
「お前こそ本当にそれでいいのか?」
「ん? そうだね。成り行きとはいえ『お師匠様』だし。おとうさんの座もヴァレリーに譲る気はないよ。うちの姉妹は二人とも見た目も中身も可愛いからねー。行き遅れの心配はないだろうけど、周りが成人するまで放っておかないんじゃないかな。そっちが心配。それはゆるさない」
さばさばと言い終えて、キッチンに盆を下げに行く。
ヴァレリーは食べ残っていた焼菓子類を、テーブルクロス替わりに広げていたチェックの布に軽く包んでラナンの後を追った。
「適当に片づけたから、上の方に置いておくぞ。明日食っちまおう」
背伸びもせずにひょいっと棚の上に包みを置いて、ラナンを見下ろす。
「あ、そうか。明日はヴァレリーの分の食事もいるね」
「その辺で買ってきてもいいし」
ヴァレリーは、のんびりと言いながら、流しに溜まった茶会の名残に目を向ける。
「今から片づけるのか?」
「明日にする。今日はもう休もうかなって。ヴァレリー、狭いけど僕のベッド使っていいからね」
「いや、無理。身体半分もおさまらないだろ。その辺の椅子にでも座って適当に寝る。二階には行かないから安心しろ」
そう言いながら、懐からクリスタルの小瓶を取り出し、ラナンの手に押し付けた。
「眠りを助ける薬。うちの工房で扱ってるものだから変なものじゃない。今日の商談に持ってきたサンプルの残りだ。使っておけ」
「これ、かなりハイクラスの薬に使う容器だよね。僕に?」
生家の魔導士工房の商品であるのを確認し、ラナンはきょとんと聞き返した。
ヴァレリーは急に眠気にでも襲われたようにあくびをし、目元を指でぐいぐいおさえつつ「そう」と気の無い返事をする。
「なんで?」
まったく理由に思い当たっていない様子で、ラナンが重ねて問う。
ヴァレリーは溜息をもらして、言い訳がましくぼそぼそと言った。
「お前、昔から物音とか駄目だっただろ。妙に敏感っていうか。昨日の今日だし、保護者の責任感もあるだろうし、風の物音でも起きて確認するだろうなと。今晩は俺が全部見ているから、きちんと寝ておけよ。もし何か気配がしても、俺だ。俺の気配はお前にとって邪魔じゃないだろ」
「あー……うん。それはね……。さすがヴァレリーってくらいその通りだし、明日以降のことも考えたら、寝られるときに寝ないといけないのは重々承知……。なんだろう、見透かされた」
極力プライドを傷つけないような、嫌味にならないような。
昔から変わらない兄貴分の気遣いに、ラナンは表情を作り損ねて泣き笑いのような表情になった。
そのまま、止める間もなく涙が
ばっちり見えてしまっただろうに、気付かなかったふりをしてヴァレリーはキッチンに背を向け歩き出す。
「ありがと。助かる」
「おう。気にするな」
短い返事を聞きながら、ラナンは胸の前でクリスタルの小瓶をぎゅっと握りしめた。
その頃。
二階の床に張り付いて下の様子をうかがっていた姉妹と言えば。
「『俺の気配はお前にとって邪魔じゃないだろ』」
完全に呆然自失の体で呟くジュリアに対し、ロザリアが首を振りながら重々しく告げた。
「無理よジュリア。幼馴染で頼りになるお兄さんなんて、ジュリアに勝ち目がありません。今日のところはもう、寝てしまいましょう。考えるのは明日で」
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