第12話 一緒に寝る?
「お、そうか。じゃあ今日は久しぶりに一緒に寝るか」
ヴァレリーは破顔して片目を瞑り、
「べべべべ、別にいいけど。いいけどさ。僕のベッド狭いからね!!」
焦っているせいか噛んでいるし、頬は上気しているし、目が少し潤んでいる。
ジュリアといえば、ヴァレリーを締め上げたいのはやまやまだが、一方で恥じらいと可憐さを爆発させてしまったラナンからもったいなくて目を離せないでいる。
もはや「尊い……」と言わんばかりに頬を染めてぼうっとラナンを見つめていた。
毎日目にしている存在にそこまで入れ込めるのか、と傍で見ていたロザリアが問いたくなるほどの執心ぶり。
「ラナンのベッドなぁ。どうせ自分で組み立てたミニマムサイズだろ? 俺はどれだけ身体を折りたためばいいんだ」
「できるだけ小さく……かな」
「幅も足りないだろ。お前いっそ俺の上で寝るか? 並んでは無理だろ。潰しちまう」
「僕は床でいいよ……」
口ごもって俯くラナン。
その辺で、ようやくジュリアが我に返った。
「できるだけ小さくなるお手伝いしましょうか? ちょっと出刃包丁持ってきますね」
また馬鹿なことを、とロザリアはキッチンに向かいかけた兄にくぎを刺した。
「家の中でやらないでよ! 昨日の血を洗い流すのも大変だったんだから!!」
あ、と何か思い当たったようにジュリアが振り返る。
「不勉強だからよくわかっていないんだけど、血が噴き出さない方法とかあるのかな?」
ラナンが椅子を蹴倒しそうな勢いで立ち上がり、ジュリアに歩み寄る。
「何言ってんの!? いい加減にしなさい!!」
至近距離で可愛い顔に詰め寄られたせいか、尊さの限界を迎えてしまったらしく、ジュリアはふらりとよろめいた。
咄嗟にラナンが両腕を伸ばして抱き留める。
「どうしたの?」
は、あ、あ、あ、あ……と悩まし気な息をもらしてから、ジュリアもまた反射的に腕を伸ばしてラナンをしっかりと胸に抱きしめていた。
「なに!?」
「媚薬が……媚薬が悪いんです……」
性懲りもなく言い訳したジュリアを見ながら、ロザリアは小さな声で呟いた。
「まだ言ってる……」
目を輝かせて面白そうに見ていたヴァレリーは、ロザリアに視線を向けて笑みを浮かべながら声をかけた。
「あの子が昨日強盗を叩きのめしたお姉さんだね?」
低く深みのある美声。
カップを両手で抱えてちろっと一口お茶を飲んでから、ロザリアは慎重に答えた。
「そう、です。血の気が多くてすいません」
ヴァレリーの、ジュリアを見る目は興味津々といったところ。
ロザリアは黙したまま、そのまなざしの意味するところを考え、お茶をゆっくりと飲み干した。
* * *
「ヴァレリーは幼馴染というか、兄弟みたいなものだよ。一緒に寝たっていうのは、小さい頃、大人の仕事が長引いたときに、同じ部屋に子どもたちが集まって一緒に寝たことがあるっていうだけ。いつの間にかこんなデカくなっちゃって。狭い家の中で見ると本当に圧迫感あるよね」
取り乱して「そもそもお師匠様この男と寝たんですか」と叫ぶジュリアをラナンとロザリアで締め上げて、一息ついて後。「もう、なんの話していたか忘れちゃったなぁ」とぼやきながらラナンが事情を説明する運びとなった。
「そういう話って、お風呂も着替えも一緒だったって続く定番のアレですよね?」
「うん。定番のアレが何かわからないけど、話の腰折るのそろそろ本当にやめようね?」
叱られ続けたジュリアは湿っぽく鼻をすすりながらぼやき、保護者で養育者であるラナンが、噛んで含めるように言い聞かせる。
「とはいえ、おチビちゃんもいるし、あんまり遅くまで話し込むわけにもいかないな。お茶も空だ」
飲み干したカップを置いてヴァレリーが言うと、ラナンも頷いて同意を示した。
「そうだね。子どもたちはそろそろ寝ないと。身長伸びなくなっちゃう」
おチビちゃん……!? 子どもたち……!?
と、ロザリアとジュリア揃って激震が走ったような驚愕を浮かべて声に出すも、大人二人には華麗に無視された。
そのまま、さっさと支度して寝なさい、と二階に追い立てられる。
(ここは一度ひきましょう。二人だけの会話にも興味があります)
片付けしますよー? などとぐずぐずしているジュリアを、ロザリアが引きずって二階に上った。
そしてそのまま、二人揃って二階の床に数か所施した様子見の小穴から一階を覗き込む。
大人二人はお茶をいれなおすこともなく、のんびりと会話をしていた。
「ヴァレリー、色々言い訳していたけど、本当は心配して今日のうちに来てくれたでしょ」
ラナンが笑いを含んだ声で言うと、ヴァレリーは髭をいじりながら「うむう」と言い訳がましく答える。
「ああ……、いやその。『評判の美人姉妹』もどんなもんかよくわかってなかったけど。想像以上の美人だ。確かに狙ってる奴多そう。そりゃ襲撃もされるよなぁ」
「そうだね。綺麗な子たちだ。いつまでも僕の手元に……、というわけにもいかないんだけど。頼れるのが母の工房くらいだから迷っている」
「お師匠さんは構わないだろうけど、うちの工房の若いのは大騒ぎだろうな。二人に魔法は教えているのか?」
「ごく簡単なところをね。魔導士になりたいかどうかもわからないし。『保護者』って難しい」
「『子持ち』の悩みか」
二人で顔を見合わせて、くすくすと和やかに笑っている。
「仲良さそう……」
「ちょっと、泣かないでね。下に鼻水垂れたら盗み見気付かれるよ?」
沈痛な面持ちの兄に対し、ロザリアはキツイ口調で言うも、自分自身動揺しているのを感じていた。
今まで浮いた噂一つなかったラナンに、降って湧いた男の影である。
男性であるラナンの元に、幼馴染で兄弟感覚の『男友達』が遊びに来たわけなので、本来は気にするところではない。
しかも彼はどうやら、強盗に入られたラナンの身を案じて予定を変更して来ているらしい。その漢気を指摘されても誤魔化そうとしている、小憎らしいまでのシャイさ。
悪くないのだ。
何も悪いところがないのだ。
そしてまた、まことに遺憾ながらどの角度からみても
その色男が、躊躇いがちにラナンに切り出した。
「この話は、もう少し詰めてからお前に話そうと思っていたんだが……。いい機会だから言っておく。この家の防犯対策に関してはもちろん手を貸すが、対策は対策でしかない。実は俺は工房から独立して、近いうちにこの街に来る予定なんだが」
そこで、ラナンがおどけて言った。
「僕と競合するの?」
ヴァレリーは苦笑してから続けた。
「お前とは得意分野も違うし、共同経営もありだ。そうは言っても、それだとこの街で先に地盤を築いたお前を利用するようなものだから、仕事自体はお互い一切干渉しない方針でいいと思う。じゃなくて生活の話」
「生活?」
ぴんときていない様子で聞き返したラナンに対し、ヴァレリーは迷いを払うように言った。
「俺と一緒に暮らさないか?」
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