第11話 知己

「こんな時間に来客なんて変です。ジルだ。媚薬の効き具合を確認しにきたんですよ。殺してきます」


 極めて短絡的な見解を述べたジュリアが、すっと歩き出す。

 すでに足音を一切立てない、戦闘を意識した所作であった。

 まなざしは冷え切っており、顔からは表情が抜け落ちている。

 それを「あらー」と開いた口を手でおさえて見ていたロザリアであったが。


「だめだってば!! 決めつけすぎだから!!」


 見送りかけていたラナンが、我に返ってジュリアの腕に取りすがる。


「何がですか。女所帯に媚薬を放り込んで夜に来る奴なんて生かしておく理由ありますか」

「お……女所帯とか言ってるけど、家主は僕だよ!?」


 しん、と場が静まり返った。


 ジュリア→女性を装っていた男子。

 ラナン→男性??

 ロザリア→子ども


「た、たしかに、強盗やならず者の標的にされやすい構成なのはたしかねっ」


 ロザリアが場をとりなすように声を上げるも、ラナンを見下ろしているジュリアは、いまにも「そうは言ってもお師匠様本当はー!」と言い出しそうな気配が濃厚である。

 その間、ノックの主は綺麗に無視されていた。 


 コンコンコン。


 再びのノック。

 続いて外から声がかかった。


「ラナン。俺だ。ヴァレリーだよ。来るのが遅くなって悪いが、起きているなら開けてくれ」


 ジュリアが、くいっと眉を寄せた。聞いたことのない男声だった。

 一方、ラナンはすぐに何か思い当たったようで、すがっていたジュリアの腕を放り出してドアに向かう。


「うっそ、今日来てくれると思ってなかった。ごめん、いま開ける」


 ジュリアの顔が色を失って、強張る。

 来訪者は知己でもあるのか、ラナンはそそくさと鍵を開けている。

 ドアを開くと、開いたドアと同じくらいの身長の人物が立っていた。


 * * *


 ラナンより少し年上に見えるヴァレリーは、二十代半ばといった若さの長身の男であった。

 濃い茶髪に、同色の髭を顎から耳にかけて残している。目は深い青で、明るい表情の似合う男ぶりの良さ。

 鷹揚な話し方が嫌味ではない程度の兄貴風を吹かせていた。


「ヴァレリーは、母の魔導士工房で働いている魔導士だ。僕の兄弟子でもある。今日所用でこの街に来ていて、昼間ばったり会ったんだ。強盗に入られた件を話したら、近いうちに家の防犯対策してくれるって言ってて……」


 円テーブルでお茶とお菓子を囲んで、ラナンが事情を説明をした。

 なお、小さな家には余分なものはない。椅子は三脚。

 ジュリアは腕を組んでヴァレリーの背後に立っている。


 当初、「立たせておくなんて申し訳ない、俺は床でいい」と申し出たヴァレリーは、言葉通り床に胡坐をかいて座り込んでしまった。

 何を思ったのか、ジュリアは普段なら絶対に見せない可憐な笑み(※女性バージョン)をふりまきながら「まさか、お客様にそんな扱い! お師匠様に叱られます!!」と大げさなくらいにシナを作って言っていたのだが。


「僕別にヴァレリーはそれで構わないと思うよ? というか僕が床でいいんじゃない?」


 と、ラナンがとぼけたことを言い、ジュリアは一瞬だけこめかみに青筋を立てた。


「いいわけないですよ。だいたい、昨日の今日でそのへんまだガラスの破片でも転がっているかもしれませんよ」

「それもそうだね」


 素直に頷いたラナンに対し、ジュリアは身を乗り出して言った。 


「そうだお師匠様、私の膝の上に座ってもいいですよ。ここが一番安全です」

「ジュリア、何馬鹿なこと言ってんの?」


 即座に却下。

 平然としたふりをしているラナンであったが、声はひっくり返っていた上に、ほんのりと頬が染まっていた。

 その後もしょうもないやりとりを重ねたあげくに、家主、お客さん、最年少が座るという結論でジュリアが立っていることに決まったのであった。

 背後を取っているのをいいことに、時節恐ろしく鋭い視線を注いでいるのだが、ヴァレリーは気付ている様子もない。


「本当は今日は帰って日を改めるつもりだったんだけど……。用事が長引いてな。ついでに、お前の家の周り、夜間はどんな雰囲気か見ておこうと思って。人通りは全然ないな。お前も夜は家から出ないんだろう?」

「そうだね。特に子持ちになってからは遅くなるような仕事は極力避け……、ヴァレリー?」


 お茶を噴出してしまった兄弟子に対し、ラナンがきょとんと首を傾げる。

 一方、笑いの発作を起こしていたヴァレリーは、濡れた口元をぬぐってから弾むような声で言った。


「子持ちってなんだよ子持ちって。おうおう、それで少しは落ち着きが出たのか?」

「その言い方なんだよ。僕は昔から割合落ち着いているよ」

「否定はしないよ。ただちょっと抜けてるだけだよな」

「ヴァレ、ジュリアー!」


 咎めるようにラナンが友人の名を呼んだ瞬間、ジュリアが構えた手刀をヴァレリーの脳天に落としかけた。ばっちり目撃したラナンが叫ぶ。

 後ろに目がついているわけでもないだろうに、ヴァレリーはひょいっとかわしてみせた。


「なんだ、いま風を切るような音がしたか?」


 わかっているのかいないのか判然としない、余裕のある物言い。

 一方、ラナンはほっと胸をなでおろしながらお茶を一口飲んだ。そしてヴァレリーに目を向けた。


「怪しい人影とかなかった?」

「見つけていたら締め上げてる。だけど対策とるなら早い方がいいかと思い直してな。だし泊めてくれとは言わないが……、それこそ昨日の今日だし、ドアの前で門番してもいい。防犯対策は明日の朝一でやろう」


 ジュリアがすうっと目を細めた。

 ラナンが慌てたようにテーブルの下でヴァレリーの足を蹴る。


「女所帯ってなんだよ。家主の僕をなんだと思っているんだ」

「ん? あー……そうだったな。うん。そうだそうだ。お前いま、んだったな」


 何か非常に意味深な発言をしたヴァレリーに対し、すねた目つきになったラナンは啖呵を切った。


「ほんと、いい加減にしてよね。僕とヴァレリーは『男同士』なんだし? ヴァレリーを姉妹には近づけるわけにはいかないけど、監視もかねて僕の部屋で寝てもいいんだからね!」

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