第8話 心配事
表面上。
いつも通り、普段通りに和やかな夕食を終えて、ロザリア・ジュリアと湯浴みも済ませた頃。
「ジュリア。少し話があるんだ」
ラナンが切り出した。
長い髪を梳かしつけていたジュリアにはさっと緊張がはしったが、ラナンは気にした様子もなく、柔らかな笑みを浮かべてロザリアに目を向けた。
「姉さんとお話するね」
ロザリアは物言いたげな視線をジュリアに投げたが、明らかに挙動不審になっているジュリアはジュリアでどんな目配せにも気付かない。諦めて、ロザリアはラナンに向き直った。
「二人で話すんですか?」
お師匠様が危険ですよ? そこのアホ兄見張りますよ? と、暗に尋ねていたが、いつもおっとり印のラナンには特に通じなかった。
「うん。あ、そうだ。二階の窓だけど、応急処置で外から打ち付けてある。陽の光は入りにくいと思うけど、侵入者避けなんだ。近いうちに魔法で何か仕掛けを考えるから、それまで待って。明日の朝暗くても寝坊しちゃだめだぞ?」
ふわっと陽だまりのような笑みを向けられて、ロザリアは浄化されかけた。そんな場合ではないと首を振って、ラナンにつぶらな瞳を向ける。
「お師匠様……、私たちのためにわざわざ」
ふるふると肩をふるわせながら時間稼ぎの方法を考えてみたが、特に思い当たらなかった。子どもは早く寝ないと身長が伸びないぞ、が持論のラナンは寝る時間に関しては厳しい。
(そこの兄さん同様、私もすくすく伸びるつもりなんですけどねー。たぶん私もお師匠様の身長は余裕で越しますよー)
とは、遠慮のないロザリアとしてもさすがに言えない。
「わかりました。じゃあ、先に二階に行っています」
「うん。魔石灯は補充しているから、昨日の今日だし怖かったら夜通し点けていてもいいから。むしろ防犯上の意味合いで点けたままのほうがいいかも」
「そんな贅沢」
「僕は魔導士だし、その辺はどうにでもなるから気にしないで。それじゃ、おやすみ。良い夢を」
最後まで完璧な優しさに包み込まれてしまって、ロザリアはひとまず退散することにした。
とはいえ、兄の行動を見張る気は満々である。二階に上がったふりをして、盗み聞きしようと即断。決意を胸に、ロザリアは微笑んで一時撤退のふりをした。
「わかりました。おやすみなさい、お師匠様。お師匠様こそ怖い目を見た後なんですし、自分の身を
少々嫌味が過ぎたかもしれないが、目を瞬いたラナンには通じたかどうか。
すぐに笑顔に戻ってにこにこ頷いてきた。
「どうもありがとう。ロザリアはしっかりしてるなぁ。だけど昨日怖い目に合わせてしまったのは、家主で保護者の僕の落ち度もあるからね。二度と同じことがないようにするよ、安心して。侵入者対策もきっちりするし」
(いえ。心配しているのは侵入者以前に、今あなたの隣にすでにいる
言いたいことの半分も言えぬまま、ロザリアはにこにことしたまま階段をのぼった。
お師匠様に手を出したら半殺しですよ兄、と胸中で決意を固めながら。
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