第4話 拾って育てた弟子に襲われています。(4)
皆が寝静まった深夜。
妙な胸騒ぎがして起きたラナンは、寝台横の椅子にひっかけていた魔導士のローブを夜着の上からかぶって、共有空間であるリビングへと足を向けた。
そこに、見慣れない男が数人入り込んでいることに気付いて息を呑んだ。
(泥棒……!?)
驚いて後退った拍子に、ドア枠にがたんと足がぶつかって男たちの注意を引いてしまう。
常夜灯にしている、灯りをしぼった魔石灯の光の下、ラナンの倍はあろうかという屈強な男が三人いるのは確認できた。
「おっと、噂の美少女か」
「よく見ろ、それは魔導士の方だ。男だぞ」
「んん~? いやしかし、ずいぶんと綺麗な肌してやがるぜ。顔もなかなか」
じゅるっと舌なめずりの音が聞こえて、全身に鳥肌が立つ感覚があった。
すぐに気になったのは、同居人二人のこと。
(この三人で全部か? 他にはいない? 僕がここで引きつけておけば、二人は逃げられるかな?)
「金目のもの、探している?」
声が震えないように気を付けながら言うと、男たちはいっせいにどっと笑った。
「それはそれで出してもらうがな。他にも探しているものはある。この家、二階があるな。そっちか?」
リビングから上へと続く階段に目を向けて、男の一人がにやにやと笑う。
「なんのことだ」
精一杯その場で踏ん張って言うと、鳥の巣みたいなもじゃもじゃの黒髪の男が、のそっと一歩踏み出してきた。
「とびっきりの美少女がいるっていうんで来たけど、オレはあんたでもいいぜ。可愛い顔してやがる」
目の前に立たれて、恐怖で足がすくんだ。いまにも膝が笑い出して立っていられなくなるのではという気がした。
(だけど、ここで僕ができるだけ引きつけておかないと。これだけ声を立てていれば、ジュリアなら何が起きているかわかるはず。二階から飛び降りてでもロザリアと逃げて……)
「ぼ、僕でもいいってなんだよ。僕はあんたなんか嫌だけどねっ」
精一杯の強がりは、三人の大爆笑を引き起こしただけだった。
「まあ、そうつれないこと言うなよ。楽しもうぜ。いっぱい泣かせてやるからよっ」
鳥の巣頭が、さらに近づいて手を伸ばしてくる。
その瞬間を狙って、ラナンは腕を突き出して掌から炎を迸らせた!
じゅわっと肉の焦げる匂いと黒い煙が上がった。
だが、それだけだった。
「おお、痛ぇ。痛ぇが、あんた魔導士のくせに攻撃系はろくに持ってないって噂は本当らしいな。こんな子ども騙ししか使えねぇの。可愛いねえ」
「やめっ」
焼け焦げた手が、容赦なくラナンの手首を掴んで引きずり上げる。
つま先が床にかする高さまで持ち上げられた。
生温かく、酒の匂いのする息がふぅーっと顔にふきかけられた。
「力加減間違えたら、折れちまいそうだな。細っせぇ。ほら」
ぎちぎちと力が込められて手首の骨がきしむ。
掴まれていない方の手を伸ばしたらすぐに捕まってひとまとめにされ、さらに力が加えられた。
「あ……っ。は……」
あまりの痛さに息が止まった。足をばたつかせることもできない。
涙まで浮かんできた。
それが男たちの目にはどううつったのか。
なんとか空気を取り込もうと浅い呼吸を繰り返しながら目を向ければ、どの男も瞳に嗜虐的な光をぎらつかせていた。
「あの……っ、あああっ痛ッ」
声を出した途端に力を強められ、呻きとともに目に溜まっていた涙がこぼれおちる。
「ん~、なんか言ったか? 聞こえねぇなあ」
揶揄する声に、他の男の笑い声がかぶさる。
(ここで時間さえ稼げば……ッ)
朦朧としながら室内に目を向けたそのとき。
何か、予想もしなかったものが視界をよぎった。
それは、うつくしい金糸の髪をなびかせた、ネグリジェ姿のジュリアであった。
(んん!?)
動作には音が伴っておらず、誰も気付いていないが、髪がなびく程度の速さで移動しているのは確かで。
ラナンの驚きが男たちに伝わるより、ジュリアの決断は早かった。
下卑た笑い声を響かせる男二人は無視し、さっと移動してくると、手にしていたナイフを振り上げる。それは、ラナンをとらえていた男の喉元に後ろからあてられた。
「その手を離せ。殺すよ」
涼しく硬質な声が響く。
「な……に?」
くいっと喉にナイフがめりこみ、薄く血が浮かぶ。
「んーしろー!」
後ろー! と、まともな声を出せないまま叫ぶと、ジュリアからは、一瞬何やら生真面目な視線を向けられた。明らかに「わかってますけど」と言う目だった。
その通り、ジュリアの立ち回りは一切の無駄も淀みもなく、背後から迫って来た男二人を軽くいなしていく。繰り出された腕は外側から払って、返す下段の突きでナイフを腹部にめりこませ、もう一方の男には強烈な蹴りを叩きこむ。
ラナンを拘束していた男が加勢に転じた際、ラナンは床に落とされたものの、咄嗟に力の抜けた手でなんとか男の足にしがみついた。
「邪魔だっ」
一喝とともに、蹴り飛ばされて薬品瓶の並ぶ棚に突っ込み、降って来た瓶に身体を乱打される。そのまま落ちた瓶は次々と床で割れ砕けた。
「お師匠様!」
乱戦の中にあったジュリアが叫ぶ。
「だいじょぶ、危険な薬品は、ない……」
掠れた声でラナンは答えたが、ただでさえ激高していた様子のジュリアの瞳の温度が恐ろしく下がったのがわかった。
凍てついた目で男たちを見回し、宣言する。
「この家で死人を出したくないから手加減していたが、気が変わった。全員冥府に送り届けてやる」
結果的に。
死者は出なかったものの、すれすれまでジュリア一人で三人を追い詰めることとなる。
圧勝だった。
引き渡した街の警備に正当防衛を疑われるほどに、それは完璧な戦いぶりであった。
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