第3話 拾って育てた弟子に襲われています。(3)
ラナンがジュリアとロザリアの美人姉妹と出会ってから、二年が過ぎようとしていた。
家に子ども二人だけを置いておくこともできず、仕事先に連れ歩くようになったのはある意味避けられない流れだった。
ラナンが依頼を受けるのは、一般家庭や家族経営の小さな店が主なので、少女たちを連れ歩いて危険な場所ではないのが幸いした。
あの雨の夜から幾日かたった頃。
ロザリアの熱が下がらず、やむを得ず家に置いているうちに、姉のジュリアにはすっかり見抜かれてしまったらしいのだ。
この魔導士は危険ではない、と。
『私は自分たちの容姿にどの程度の価値があるかは理解している。行く場所がないとはいえ、受け入れてくれる場所があるのも知っている。行きたくはないけれど、出て行けと言われたらそうする。私としては、判断力のある自分はともかく、妹は巻き込みたくないと思っている。だけど、体を売る場所に行って、この子には手を出さないで欲しい、というのはまず無理だろう』
自分の価値を知っている。
そんなことをさらりと口にするジュリアに、ラナンは言葉もなく圧倒されてしまっていた。
(絶対、訳ありの訳は、すっごい「訳」だよね……。ただものじゃなさすぎるよね……!)
市井の魔導士である自分には、おそらくどうにもできない事情を秘めているに違いない。
戸惑うラナンに対し、ジュリアは寝台に横たわったロザリアがよく寝ていることを確認し、言ったのだ。
『あなたが望むなら、私はあなたの相手をする。但しその場合、どこかへ行けとは言わせない。妹と二人でここで暮らす代価として私を与えると言っている。もちろん、妹に手は出すなよ』
寝台の横の椅子に腰かけたまま、身に着けていたシャツに手をかけ、いまにも脱ごうとしていたジュリアに、ラナンは焦って声をかけた。
『いいから! そんなこと望んでないから、やめて! できれば訳ありの訳くらいは教えて欲しいけど、聞いたら引き返せないっていうなら聞かないし! とりあえず、出て行けとは言わないから。部屋も余っているし、二人増えても食べて行けるくらいの収入はあるから、ちょっと落ち着いて!?』
言っている最中にもなぜか服を脱ごうとしたジュリアに対し、ラナンはしまいに騒ぎながら近づいて手首をぐっとおさえた。
『脱がないでよ!』
『いやしかし』
『何がしかし、なのかわからないんだけど!? いいって言ってるんだからやめて!! ここは僕の家で僕がやめてって言ってるんだからそういうのは』
喚いたところで、立ち上がったジュリアに手を振り払われ、そのままの動作で口をふさがれた。
ジュリアとラナンの身長はほとんど変わらず、間近な位置で見つめ合う形になる。
『ロザリアが起きるから、騒がないで。わかったよ、あなたは私の身体に興味がない』
『いくら美人でも、君はまだ子どもだからね……。僕だってそこまで落ちぶれちゃいない』
そこで、なんとなく話がついてしまったのだ。
古びてはいても居心地の良い家に住み着いた二人は、何かと家の中の仕事を覚えて手伝おうとしてくれる。姉のジュリアに至ってはラナンを「お師匠様」と呼んで、仕事先でも助手のように振舞うようになった。頼みこまれたので、少しずつ魔法を教えてもいた。
しかし、それまで浮いた噂の一つもなければ、実際恋人もいたためしのないラナンのこと、当然のように、行く先々でちょっとした騒ぎになったり、冷やかされた。
金糸のような髪を長く伸ばした姉のジュリアはすらりと細身で背が高く、当初は十四歳でラナンとほぼ変わらない身長だったのに、半年から一年で追い越されてしまった。十六歳になろうという現在、その中性的な美貌はすれ違う者の足を止めさせるほどに際立っている。
一方、癖のある蜜色の髪の妹・ロザリアは、きらきらと輝くエメラルドの瞳にばら色の頬でいつも愛くるしく笑っている。八歳という、絶妙にあどけなさを備えた年齢のせいもあり、見る者をどんどん虜にしてしまう凶悪なまでの可憐さだった。
そんな二人を、魔導士のローブに埋もれるほど小柄で男性としては頼りないラナンが連れ歩いているのである。
冷かしてくる相手はまだマシなくらいで、じっと昏い瞳で窺ってくる相手はおおいに警戒せざるを得ない。
(いろんな意味で良くないのは僕もわかっているんだよね……。二人は綺麗すぎるし、年頃だ。縁もゆかりもない僕と暮らしているというのは外聞も悪い。とはいえ、行く場所はないって言うし、素性も教えてくれないし。どうしたものか)
誰か信頼できる相手に預けるのが一番だよな……と考えて、思い浮かぶのは一つ。
ラナンの生家。
女傑と言われる母が取り仕切っている魔導士工房。家業は順調で、家族以外にも多くの徒弟が一緒に暮らしている。中には女性もいるし、仕事を覚えながら生活するにはうってつけの場所だ。
いずれ話を通してみるのもいいかもしれない。
そう思いながらも、二年近く踏ん切りがつかないのは、二人の素性がよくわからないせいだ。
詮索する気はないが、訳ありの訳がおおごとだった場合、実家に面倒事を持ち込むことになる。それはラナンとしても本意ではない。
独り立ちすると決めて、家を離れたのはラナン自身の決断だった。今さら迷惑はかけたくない。
(なんて、二人の処遇に関しては悩みながらずるずると来てしまったけど)
いつか。そんな悠長なことを言っている場合ではないと気付いたのは、ある夜のこと。
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