第22話 片想い

 渋谷のモヤイ像で藤原会長と待ち合わせ。

 午前11時の約束。僕は30分も早く到着した。

 風薫る5月。渋谷の風はそんなにいいものじゃないけれど、ボクはウキウキしていた。

 会長はちょうどの時刻に来た。

 ちょっとしゃくなんだよなぁ。会長はボクを後輩としか見ていない。片想いだよ。

 彼は坊主頭を隠すために、黒のハットをかぶっていた。

「取りあえず昼飯を食おう。手打ち蕎麦屋に行きたいんだけど、いいか?」

「はい」

 蕎麦か。どんなお蕎麦屋さんなんだろう。

 渋い店構えのお店だった。会長はボクの意見も聞かずに、盛蕎麦2つと卵焼きを頼んだ。

「生ビール飲んでいいか?」

「どうぞ、お好きに。お金があるなら」

「中華のファミリーレストランでバイトしてる。多少の貯金はある」

「へぇ、ウェイターですか」

「厨房だ」

「料理できるんですか?」

「ラーメン、チャーハン、餃子、麻婆豆腐。何でも来いだぜ」

 ボクはお母さんの料理を食べているだけだ。まずい、女子力つけなくちゃ。

 蕎麦は上品で美味しかった。藤原さんが奢ってくれた。うわぁ、本当にデートだよ、これ。

 食後、ファッションビルに行った。

 ゴスロリ専門店があり、革のベルトと鎖と鋲のあるセクシーな黒のへそ出しゴシックロリータがあった。

 会長に勧められて、試着した。

 見られるの、恥ずい。でも見てもらうために付き合ってもらったんだからな。

 試着室のカーテンを開けた。

 会長が品評するようにボクをマジマジと見た。

「腰、細いな。くびれが綺麗だ」

ボクはクラッとした。腰細いなって、村上宇宙さんが言った。くびれが綺麗って。くぅ。

「悩殺された?」

「莫迦、調子に乗るな」

「この服でいいですか?」

「ああ、買ってこい」

「ちょっと過激な格好ですが、これで家事ロボットって、おかしくないですか?」

「かまわん。画面映えが優先だ。近未来SFだからそれでいい」

 会長が財布を渡してくれた。

 むふふ。うれしい。

 買い物を終え、喫茶店に入った。二人でケーキセットを頼んだ。

「おまえは辞めないでくれよ」

「辞めませんよ。ボクのシナリオで、主演女優。責任は果たします。演技がんばりますよ。姉さんにもいい音楽作ってもらわなくちゃ」

「俺は急いで絵コンテを作る。どんな画面にするか、どこでロケするか、演出はどうするか、音楽のイメージはどうか、考える。おれのSF研の活動の集大成だ。学祭で注目される映画を作るぞ。主演女優の演技に期待している。おまえ、大根役者じゃないだろうな」

「演技なんてしたことありませんが、精一杯やります」

「おまえのルックスは悪くない。無表情なアンドロイドを上手に演じてくれ。たまに少しだけ感情の欠片を出せ。それできっと絵になる」

 藤原さんがボクの目を見ている。ボクは逸らさずに彼の目を見返す。

 彼が鞄からカメラを取り出した。カメラのレンズを通してボクを視る。

 ボクは無表情になり、微かに目に力を入れる。

「マスター、ご命令を」

「アンドロイドになり切れ。気負いのないシンギュラリティAIを演じてくれ、愛詩」

「了解しました」

 ボクは村上宇宙さんに恋をしている。彼の言うがままに、女優をやるよ。

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