最終話から始まる作者とファン
カダヒロ
最終話 第1話
放課後の喧騒をどこか別世界に感じながら、目の前の光景に意識を向ける。
夕陽が差し込む教室で自席に姿勢良く座り、思い詰めたような表情で窓の外を見る女子が一人。
腰まで流れる艶やかな黒髪に、凛とした瞳。すっと通った鼻筋と小さめの唇。正しく清楚美人で、本を持たせれば文学少女。
本来なら話しかけるのも躊躇ってしまう少女──南さんがオレンジ色をバックに座っている様は、世界の終わりを静かに待っているかのよう。
幻想的な情景に気後れしながらも、彼女に声をかける。
「南さん……これで最終話になると思う」
慣れた手つきで彼女に原稿用紙を数十枚手渡す。
機械的作業のように彼女は早速パラパラと読み始めた。
彼女の手にするそれは、ラノベの原稿。ラノベと言っても書籍化しているわけでもなく、ウェブ小説投稿サイト用のものだけど。
高校二年の夏、ひょんなことから彼女がウェブ小説を毎日読むくらいには興味を持っていることを知り、思い切ってラブコメをいくつか投稿している事を話した。その後すぐに、意見が欲しいと協力を要請したのだ。
今思えばとんでもない奴だ。どんなことでもいいから接点を持ちたいと考えてたとは言え、かなりヤバい。
けれど当時の彼女は恋愛やラブコメより純文学や歴史を好んでいるらしいが快諾してくれた。
以降、彼女には僕のラノベ作りを手伝ってもらっていた。
手伝い、と言っても一緒にお出かけしたり感想や女性視点の心情を教わる。もしくはストーリーに悩んだ時に相談する。とかそんなことだった。
実際それでウェブでのPV数と感想も増えたし僕も楽しかったので感謝しかない。
「……はい。今回も良くできていると思います」
無言で受け取った彼女は五分ほどで読み終え、いつものように感想を伝えてくれた。
とてもありがたいんだけど……言葉と表情が合っていないような。
「南さん、あの……」
高三の夏にして、今回で実に数十回目の添削。
さすがに毎日彼女に時間を取らせるのも悪いし、僕だけの勝手な都合でしかないのでなるべく回数は減らしている。
投稿したものを数話ごとに渡す。南さんの意見を聞き、投稿したものを修正。デートなどの実地調査の際は、勇気を出して誘う。そして感想後に修正。
それくらい簡潔な流れにしても彼女の時間を削るのには変わりない。
いくら僕が楽しいからってこれ以上甘えるわけにはいかなかった。
だからここで「今までありがとう」と告げて終わりにしようとしたけど、
「ハッピーエンド、ではないんですか?」
どこか怒りもしくは呆れを滲ませた声音で南さんは異を唱える。
彼女にしては珍しく、ストーリーに多大なる不満があるようだ。
バットエンドではないにしても『悲愛』というのは確かに嫌だと言う人はそれなりにいるとは思う。事実僕も悲愛は苦手だし。
理屈では理解していても、彼女の苛立ちが分からなかった。
いい雰囲気の流れに逆らった結果、もしかしたら低評価の嵐になるかもしれない。そう指摘されたら強く言い返せないんだけどさ。
ハッピーエンドにしようとしても何だか笑い合っている二人が想像できなくて……。
単純に僕の考え方が悪いんだと思う。ネガティブというか卑屈だから。
言い訳しか思いつかず、彼女の鋭い視線に語気が弱くなる。
「ど、どうしてもハッピーエンドが思いつかなくて、ですね……」
「そういう時こそ私に相談では?」
「え、えっと……そう! 南さんには十分力になってもらてたから、これ以上は、さ」
こめかみに手を添えながら南さんは「何を今更……」とこれ見よがしに呆れた。
その通りですいませんとしか言えないんだけど、そうも言ってられない。
「めでたく最終話を迎えたので、せっかくです。告白のシーン、再現してみましょうか」
名案と言いたげにパンと手を鳴らす南さん。
先程と打って変わっての作り笑顔がやけに怖い。
「えっと……?」
「するんですか? しないんですか?」
「……し、します」
こんな事を言う人だっただろうか。疑問に思うのも仕方ない。
体験した事をラノベに書いたりはしてきたが、その逆は初めてだ。
普段の南さんらしからぬ提案で驚いたが、僕から言い出せそうになかったから助かった。
「じゃ、じゃあ……やります」
「……はい」
改めて深呼吸、心を整える。
南さんも意識を切り替えるためか、胸元に手を添えて目を閉じる。
そして目を開けた彼女と目が合う。思いの外据わった目で余計に萎縮してしまうが……やるしかない。
一思いに口を開いた。
「南沢さん! 僕は君のこと──」
「何ですか、北くん?」
「えっ? ……いや、今の僕は北山だよ」
「わざわざ北くんがここに呼んで人の名前を間違えるとは」
「いやだから、今は南沢さんと北山だって」
「私は南です。そしてあなたは北くんです」
「そうだけどそうじゃないって。南沢さんだ──」
「南です」
「だか──」
「南です」
「……」
「南さんと北くん、ですよね?」
「………………はい、そうです」
やっぱり怒ってるの……?
決して譲らないという意志がビシバシ伝わってきたので、思わず了承しちゃった。
どうしよう。
いきなりの指摘で更にハードルが上がってしまった。
だけどここまでくれば後に引けないし、引かせてももらえないだろう……もうどうにでもなれ。
「南さん、一年の時から好きでした。僕と付き合ってください」
台本通りのセリフと共に頭を下げて教室の床と見つめ合う。
人生初の告白に喉もカラカラで。南さんへと差し出した右手が緊張やら振られる恐怖やらで震えているのが分かる。
自分の作品も僕達の関係も終わらせる。
自己満足かつ自分勝手にもそう決意しての告白。
結末が分かっているシーンの再現とは言え、僕にはこれが限界だった。
「……」
「……」
しかし数十秒しても南さんから返事が返ってこない。
「……」
「……」
おかしいなと顔を上げるも、彼女は僕に背を向けていた。
もしや、笑われているのか弄られるのかな。たまにSと言うか小悪魔な側面を見せていた南さんならありえる……。「私が公式のファン第一号ですか?」と揶揄うような笑みで言われた日はさすがに家で悶えさせてもらった。
割と想像できてしまい軽く泣きそうになっていると彼女がこちらに振り返った。
この仕打ちはあんまりなんじゃないかな? と、文句を言おうとしたがダメだった。彼女の真剣な顔を見たら口を挟めなかった。
「……北くん」
「……は、はい」
当然、僕は振られる。
名前は僕達のものでも再現は再現。
決められていたとしてもどうしても準備ができていない。
怖さから目を瞑り衝撃に備えていると、果たして彼女から返事が来た。
「私も北くんが好きです」
「………………へ?」
予想と百八十度違う返事が来て、気の抜けた反応と間抜けな顔を晒してしまった。
開かれた視界には静かに涙を流す南さんがいる。
夕陽に染まる教室で美少女が微笑みながら泣いている。
訳も分からないずただ困惑している僕は、そんな彼女も綺麗だなという場違いな感想しか出てこなかった。
「さあ北くん、どうしますか?」
「……」
「返事……聞かせてくれませんか?」
南さんが自分のスカートをギュッと握るのが見えた。
どういう覚悟を持って彼女が涙を流していたかは推し量れないし、知ることもこの瞬間は叶わないだろう。
しかし、自分の返事くらいは分かる。
この場において、言葉の重さを正確に理解出来ずとも真剣なのは伝わってきた。
どれほど自分に自信がなかろうと、ここまでされて何も思わないほど僕は男を捨てたつもりはない。
まだ整理し切れていない感情で胸中がごった返しているが、これだけは確実だと胸を張れるものがある。
「僕も……あなたのことが好きだ。作者とファンじゃなくて……」
「……」
「えっと、情けない形だけど……りょ、両想いなのも分かったので……」
「……はい」
「だからその……」
「……」
拭いても流れる涙を拭きながらも南さんは真の意味で応じてくれない。
きっと僕に言って欲しいのだろう。
やっぱり意地悪だな。でもそんな南さんが好きなのだから文句は言えない。
僕は自然と笑いながら口にする。彼女が欲している言葉を。
「──僕と恋人になってください」
「はい……よろしくお願いします」
照れや小悪魔を一切感じさせない、満開の笑顔。
「こ、こちらこそ……」
初めて真っ直ぐ向けられたそれを認めて、漸く彼女と結ばれたのだと理解した。
鼓動の高鳴りはそのままでも頭は次第に冷静になる。
改めて考えると今のこの状況はとてつもなく恥ずかしい。
同じ結論に南さんも至ったようで、お互いに顔を逸らす。
それが何だか嬉しくて。おかしくて。
示し合わせたかのように同時に笑い合う。
「そろそろ下校しましょうか」
「そ、そうしましょう」
今度はラノベ作りのためではない、一緒の下校。
隣を歩く南さんはいつも以上に足取りが軽くて、僕も彼女のことを言えないほど浮かれてる。
今だに何が何だか腑に落ちない点がある。展開に理解が追いついておらず、これが本当に現実かも怪しくなってきた。
一瞬後に突然夢の終わりがやってくるかも……。
ネガティブ思考の僕としては考えずにはいられない。この先のことを。
けど……今はいいや。
今だけはどうか何も考えないで欲しい。この一時だけでいいから。
未来への不安や懸念を一切感じたくない。今この瞬間の幸福は今の僕にしか得られないわけだから。
幸せ一色を感じるのに忙しいので十分だ。
「北くん、これからもお願いしますね?」
「も、もちろんです。こちらこそ、よろしくお願いします。南さん」
僕達の作品は確かに終わった。完結した後に続くことはない。
しかし、僕達はこれからが本番だ。
今までの僕達は始まりの始まりであって、すでに始まっているわけではなかった。今日初めてスタートラインに立って、これから二人で一緒に一歩目を刻むのだから。
何だか言い訳がましいけど……そうだよね、南さん?
「はいっ!」
ほら、この笑顔が証拠だ。
最終話から始まる──そんな物語もあって良いと思う。
最終話から始まる作者とファン カダヒロ @20200523
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